断章・二人の蜜月
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また、異瀬杏のいない間の出来事ですので本文は三人称で構成されております。
異瀬杏と別れた後、毒島花と木戸香奈は喫茶店に身を置いていた。
特に場所の意味はない。座って話せる場所を探した結果そこが最寄だっただけだ。
シックな音楽が流れ、ログのテーブルとチェアという大人びた雰囲気を醸し出すカフェに毒島という存在は奇抜すぎるため、周りの注目をいくらかか浴びた。
幸い、時間にしては店の閑古鳥が鳴いていたためそれほど恥ずかしい思いをすることはなかったが、それでも毒島は申し訳ない気持ちになりはにかむ。
「ごめんなさい、こんな……」
「そのことは気にしてないよ」
席に着いた二人は、どちらから話しかけることもなく、メニューを見て、店員を待った。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「コーラ、ありますか?」
「コーヒーで」
「はい、ではコーヒーお一つ、コーラお一つですね」
店員が去った後、切り出したのは毒島だった。
「で、昨日覗いたのも香奈なんですか?」
ゆっくりと木戸は頷く。
「どうしてそんなことを? 別にそんなことしなくても堂々と見れるじゃないですか?」
当然のことである。一緒にお風呂に入れる二人が、どうして片方の裸見たさにわざわざ覗きという形式をとる必要があるのか。
木戸には、裸を見る以外の目的があったはずだ。しかしそれを言う事は憚られる。
なぜなら二人の友情を壊すことになるからだ。
「花、見逃してとも、水に流してとも言えない。悪い事して、それがバレたんだから。でも、それでも忘れてほしい……」
血をはくように、ためらいながら木戸は伝える。
「別に警察にも瑠璃華さんにも言うつもりはありません。異瀬がそんなことを言い出したら刀の錆びにしますけど。でも私は理由が知りたい、どうしてそんなことをするのか」
木戸は友情を壊さないために本心を言わないつもりでいる。
しかし毒島も、二人の関係がこれからも良好であるために、木戸の本心が聞きたい。
噛み合う事のない二人の問答は暫らく続き、店員が戻ってくる事でそれが中断した。
「お待たせしました。コーラとコーヒーです」
湯気を上げるコーヒーと、水滴流れるコーラがそれぞれの下に置かれた。
「ひとまず」
と毒島はコーラを一気に半分ほど飲み下す。
木戸は角砂糖を一つ入れ掻き混ぜるだけで飲まない。
「飲まないんですか?」
「いや、熱いから……」
そりゃ当然と、毒島はほっと胸を撫で下ろす。
この状況、悪事を働いた木戸よりも、実際は尋問する毒島の方が緊張していた。
一つは毒島にとって木戸が真にかけがえのない存在で、その彼女がどのような理由があり、どんな行動に出るかが心配だからだ。もし警察に自首するとか仕事を辞めるなどと言われると、毒島の方が困ることが多い。
もし天大のスパイだとしたら、という考えも頭をよぎったが毒島が必死に瑠璃華さんに頼み居場所を残してもらおうと考えていた。
一方黙ったままの木戸は、やはり隠してきた本心を話す時か、決意を持った。
両手を膝の上に、握り拳をグッと握り、ようやく木戸ははっきりと、しかし小さめの声で言う。
「花、人を好きになったことある?」
「え? まあ瑠璃華さんも良い人ですし、お父さんは今離れて暮らしているけど……好きです。なんて、は、恥ずかしいなぁもう」
それは木戸の意図せぬ返答、毒島は少し間の抜けたところがあるとは思っていた。
けれど二十歳にもなろうという同僚が好きになったなどと話すのに、父親を例に出す女性などいようものか。
尤も、木戸にとってはそんなところも愛らしいのだが。
「花、そうじゃなくて、恋愛の話よ」
「恋愛? ああそっちの好きですか、ないない。最近喋った男が異瀬ですし」
毒島が接する男性など父親と父の部下といった人間のみで、その上温室育ちだった毒島は俗世間のことと一蹴し、ドラマや恋愛小説すら遠ざけた生活を送っていたのだ。
『好き』という言葉は恋愛よりも食べ物や宝石に向けられるものであるという認識の方が強いのだ。
「で、今なんでそんな話を? 私は香奈の恋愛相談じゃなくて、動機の話をしてるつもりだけど」
「……それが動機よ」
木戸はそう言うが、毒島にはなにがなんだか、ピンとこない。
「も、もしや、恋愛したら友達の風呂を覗きたくなる症状が……?」
「あるわけないでしょ」
しばらく考え、コーラを四分の一のみ、腕を組んで予想を言ってみる。
だが、それは毒島にとって最悪の予想である。
「まさか……貴方って人は!」
その毒島の驚き方、怒りをも内包させた様子に木戸は心を痛める。が、
「よりによって異瀬なんかに恋を……!?」
「えっ!?」
「え?」
どうしてそういう発想になったのか、木戸はどう頭を捻っても分からない。毒島がいかに恋愛音痴かがよく分かる。
毒島は予想が外れたと察すると安心したが、またも予想が外れたことに大きな疑問を抱く。
「じゃあ一体なんですか?」
と残ったコーラを飲もうとする毒島に、不意打ちで木戸は告白した。
「花が好きなの。あなたが、好き」
毒島は平然とコーラを飲み干し言い放つ。
「うん、それは知ってます。今は香奈が好きな人の話ですよ?」
「え、ええ~?」
毒島が生きてきた世界に同性愛などというものは一切なかったのだろう。
もはや木戸は戦意喪失しただ口を開けて目の前の朴念仁を見つめるだけであった。
「どうかしました?」
どうかしているのはお前だという言葉を発する気すら出ず、しかし木戸香奈は大胆な行動に出る事にした。
「ちょっと、出かけない?」
毒島は快く応えた。
そこは、西條家と離れた場所で、毒島は殆ど知らない場所であった。
もともと新入りの彼女は西條家で働くようになって間もなく、地理にも詳しくない。そのため木戸に連れられるままそこに来たのだ。
そこは昼であっても夕方であっても、夜の街と呼ばれるような場所、いかがわしい建物にいかがわしい男がいる、およそ世間知らずの毒島には縁のない場所。
「なんだか物騒ですね。いざとなったら刀の錆びに……」
時間は結構歩いたもので夜の七時ほど、既に一度連絡はしたが、これ以上放浪するのであればもう一度連絡しようと毒島が考えている時であった。
「花、今日……外泊しない?」
「いきなり!? 瑠璃華さんに何の話もしてませんし、異瀬がいる今、家を空けるわけには……」
当然の反応だが、木戸にはそれが邪魔くさい。
「瑠璃華さんならきっと許してくれるって。それに大事な話もまだしてないでしょ?」
木戸とて私事と仕事を混同する真似はいけないし、私事のせいで仕事を中途半端にするなどもっての外である。
しかしそれでも、恋は人を変えるのだ。
毒島はしばらく反論をしたが、さっさと木戸が瑠璃華に連絡をしたせいで引くに引けなくなった。
「じゃあ、ご飯でも行く?」
「もう、知りませんよ」
それでも毒島は付き合うのであった。
結局の所、木戸の目的は最初からそこであった。
「なんだかお城みたいな場所ですね! 西條家以外にこういう場所が日本にあるんですね」
「え、ええ、そうね……」
全く自分を疑うことなく、興味津々の毒島の姿は木戸の心を何度も変えようとしたが、彼女には多少強引な方がいいと割り切り、木戸は決意する。
「自販機で玩具が売っているんですね! なんだか面白そう……」
絶対に買わせまい、などと考えつつ木戸はまた勇気を奮う。
「ところで、シャワー浴びる?」
毒島が初めての体験に多少興奮しているが、木戸のそれの比ではなかった。
「そうですね、一緒に入りませんか?」
「かっ、くっ」
既に呼吸もままならないほど木戸の心臓は激しく鼓動し、汗も流れる。
その異変にようやく気付いた毒島は心配そうに駆け寄る。
「ど、どうしたの、香奈! とても辛そうに……」
額に手を当て、苦しそうに木戸が抑える胸に手を回す。
「やっ、止めて!」
「で、でも、辛そう。医者を呼ばないと……」
「そういうのじゃないから。すぐ治まるものだから」
毒島が離れ呼吸を整えると、木戸は元気そうに言ってみせる。
「ね、大丈夫でしょ?」
気丈に振舞う木戸の姿に、毒島は一抹の不安を抱える。
「そ、それはフラグですよ?」
「フラグって……でも、別に体は平気だから」
「そう……ですね。でもシャワーは二人で浴びましょう」
「ぐ」
そうして二人はわずかなシャワースペースで体を寄せ合う。
天国のような、地獄のような時間、木戸はその長いような短いような時間のほとんどを目を閉じ過ごした。
それが終わり、木戸はめげず、服を着る前に毒島に言う。
「待って、花」
「どうしたんですか?」
何のことか分からない毒島は下着を着ようとするが。
「待って待って、服を着るのを待って欲しいの」
(言っちゃった……)
毒島も流石に言葉の意味は分かる。
パッと顔を赤くするが、それでも彼女は強い女である。
「そうでしたね……。裸が見たいんでしたね、恥ずかしいけど我慢します」
そうではないが、大体その通り。
この空間は二人きりである、そのことが木戸をどんどん強くする。
「花、きっ、ききき、君が、欲しい!」
突然の告白、その意味を理解する前に毒島は押し倒された。
「え、ええちょっと?」
「花が好きなの!」
しかし、現実は無情である。
毒島花が好きな以外全く普通なメイドの木戸香奈よりも、侍中二メイド毒島花の戦闘力の方が圧倒的に高かったのだ。
そのため、あっという間に組み伏せられた木戸は転がされ、体を少し痛めつけられた後、ベッドの隣の床で跪くことになったのだ。
急なことのため、毒島はバスタオルを体に巻いてベッドの上に座っている。
「一体、何事ですか?」
木戸は返す言葉が見つからない。一体花は私の告白にどう返事するのか、それしか考えていない。
「急に襲いかかるなんて……貴方らしくもない」
急に襲いかかる人間など普通はいないが、毒島はつい先日異瀬杏と出会ってしまったためそんな言葉がつい出てしまった。
「それでは、そろそろ昼の続きでもしましょうか?」
「え?」
「動機の話と恋愛相談ですよ?」
「もうしたよね?」
木戸は毒島が何を聞いているのか理解できず、毒島もいまだ木戸の好意を理解できていない。
もうしたと言われ、少し毒島はこの日の出来事を思い返すが、釈然とせず訊ね返す。
「いつですか? 別に裸なら……まあ、頼むこと事態難しいけれど、頼めば見せますし。でも好きな人の話はまだ……」
「だから! 私はぁ! ……花、毒島花、あなたが、男性としてか女性としてかは分からないけど、好きなの。恋愛の対象として、あなたが好きなの」
「それってどういう……」
「どうして押し倒されても分からないの?」
いい加減木戸は泣きたくなってきた。この朴念仁はどうすれば理解するのか。
しかし何度も告白し、行動にまで及んだ木戸香奈にはもう恐れるものはない。もう警察を呼ばれることは覚悟のうえなのだ。
「花、キス、しよう」
「なんで?」
「したいから」
何のことかよく分からずとも、毒島にはその木戸の変化に驚きがあった。
妙に濡れた瞳、上気した頬、自分を見る上目使い、その言葉の艶にもようやく気がつく。
そうして生まれた疑問は今までの木戸の行動を照らし合わせる事で確信に変わる。
「なっ! ななななななな……」
ようやく、木戸の想いは毒島に伝わったのである。
「き、きき、キスって、挨拶代わりのものですか?」
もう違うということは毒島にも分かっている。
「ううん、好きな人とする、キス」
しかしその確認が、一層毒島の気持ちを混乱させる物になる。
考えたこともない話だ。友人と思っていた女性から告白されるなど、普通の人間が生きていて起こることではない。
しかしそれが起きて、しかも毒島はなぜか異様な興奮を催している。
「あの、私、そんなこと考えたこともなくて、ですね……」
「いい、任せて」
ゆっくりと木戸は立ち上がり、ベッドの上の毒島に近づくが、毒島はベッドの上で後ずさる。
「いえ、でも、そんな、女同士って……」
「私の事、嫌い?」
「そんなこと!」
当然、木戸の事は好きだが、その好きとは違う。
その当然の事を伝える事すら今の毒島にはできない。
ベッドの上に乗った木戸は四つんばいでへたり込んでいる毒島に近づくが、毒島はそこから離れる事しかできない。
すぐに枕元、壁際に追い詰められた毒島は為す術なく木戸に体を預ける。
「花」
ただ一言、それを言うと木戸は左手で毒島の右手を握り、右手を背中に回すと、目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけ。
(あっ)
毒島は香奈と対照的に、目を見開いた。
腕も足も先ほどまで緊張して伸ばしていたのに、それをされた瞬間だらんと垂れ、力が全身から抜けた。
行為を終えた香奈は立ち上がると、毒島に哀愁と熱のこもった視線を送ると、そのまま部屋を出て行こうとした。
「待っ……て」
ピンと香奈の背筋が張る。
「どこに……?」
木戸香奈は、同僚を押し倒し、強姦紛いの真似までしたのだ。最後にキスだけできたから、もう身を隠し二度と毒島花に会わないで置こう、そう考えたのだ。
それを知ってか知らずか、毒島は香奈を呼び止めた。
「だって、だって、花ぁ……」
香奈は涙を流し始め、その場に座り込んだ。
「大丈夫、大丈夫です」
体が妙に浮かび上がるような気持ちで急ぐ事はできないが、毒島は香奈が逃げないと知ったうえで近づき、ベッドの上に運んだ。
香奈を寝転がすとその横に立ち、耳元で囁く。
「私は大丈夫です。香奈がいなくなっちゃう方が、辛いです」
そして隣のベッドで寝ようとしたが、その前に思い出したようにまた香奈の耳元で呟いた。
「私も、香奈のこと……」
それ以上は、言えなかった。




