木曜午後・高畠のオタク部五人集合
その後の休み時間も、不同と石目二人とコミュニケーションをとりつつ放課後に。
俺は逸る気持ちを抑え、紅華と第二視聴覚準備室に向かった。
相変わらず長い階段が辛く、ぜえぜえと息を切らしているが、紅華は難なく歩く。
「来たか、異瀬杏、それに西條女子!」
「もう名前を知られてしまって……」
紅華はふふんと、高畠は俺に幻滅したように言う。
「西條女子は昨日入部してくれたよ。君より早いから副部長は西條女子だな」
俺が居ない間に勝手に。
「とりあえずこれ、俺の入部届です」
「おお、受理しよう。顧問がいないから僕が受理しないといけないんだよ」
どうでもいい事を教えてくれた高畠に死んだ魚の視線を送る。
男の苦労話など聞きたくなければ手伝う事もない。
「そういえば、結局部員は集まっていないようだね?」
と残念そうな馬鹿にしたような高畠の言葉を、俺は鼻で笑ってやった。
「ここがオタク部か?」
「杏殿、来たでござるよ~」
自分で話すよりも高畠を驚かせる最高のシチュエーション。
「一年四組の石目魔爪と一組の不同大吉だ。お気に召すかは分からないが、俺は面白いと思った」
高畠は弁当を手に持ったまま唖然と、紅華は非常に苦い顔だ。
かくしてオタク部の部員は少なくとも五人、揃ったのだ!
「いや、なんとかなったもんだ」
今日はまだ木曜日、金曜日もあるのに既に五人。こりゃもう何人かはちょろいかもしれないな。
「おい、おい異瀬杏! お前は、お前は一体なんてことをしてくれたんだ! 本当に……本当にみんな入部してくれるのか?」
「ええと、拙者はまあ入るでござるよ。面白そうでござるし」
ここまでは普通だった。
「俺は、たくさんいじめてもらえるなら。はぁはぁ」
高畠すら目を剥くこの狂気。紅華は思わず部屋を出た。
そして高畠が叫ぶ。
「おい杏! 僕はオタク部部員を集めるのであって変態を求めているわけじゃないぞ!」
「も、もっと言って……」
「いやしかし、面白いじゃないですか」
結構怒っているらしい。
「面白くても、同じ部活にはいて欲しくない面白さだろう」
「いや、こういうのが部活に一人くらいいても……」
「一人くらい豚を抱えたっていいじゃねえか!」
「キモイな君は!」
「はい!」
よしよし、これ高畠がなんと言おうが石目は入部するだろう。
「それじゃ、石目、不同、明日にははんこした入部届を用意してくれよ」
そうすると石目と不同はちゃんと返事をした。
「うん、これからも期待するよ」
「では杏殿、いったい本日は何を?」
「高畠先輩、何するんですか?」
俺は不同と目を合わさずに助けを求めた。もとより彼と目など合うものじゃないが。
高畠は不服そうながらも少し考え、話を始めた。
「異瀬杏、その前に二人が本当に入部に値する人物か確認させてくれ」
「あんた入部する人間選べる立場じゃないだろ」
「僕はここを唯一楽しい空間にしたいんだ」
普段からきびきびしていてもふざけてばかりの高畠が、珍しく真剣な表情を見せた。
「異瀬杏、僕はこの学校でずっと孤独だった。今、君のような後輩もいなかったし、友達と言える人物もいない。学校も家も居心地悪く、ここ最近では君がいてくれたことだけが幸福なんだ」
普段の尊大な態度と変わって、彼は妙にしんみりし始めた。
「別に仮部でもいいし、こんな名前の部活でなくてもいい。君とバカをやれたなら」
しかしそれは、褒められた真剣さではない。
「高畠先輩、彼らを見てやってください」
そんな姿は見たくなかった、というのが正直な感想だ。
「あんたの家や学校での生活、考えなんか俺は一切知らないし、知りたいとも思わん。けどせっかく俺が選んだ人達をそんなことで追い返すのは酷いってもんだ」
「そんなことだと!」
「そんなことだ!」
しばらくにらみ合う。彼のことなど知ったことじゃないのだ。俺は俺の幸せだけを考える。そんな状況で石目の発言は不意だった。
「喧嘩するなら俺を罵ってもいいんだぜ?」
空気に合わず冷たい雰囲気が場を支配した。けれどすぐ石目は言い直す。
「別に先輩や異瀬杏がどう思おうと、俺はしばらくここで過ごしてみる。それでうっとうしいなら出ていくし、罵ってもらっても構わない。俺が嫌だと感じたら自分から出て行く」
石目の発言に高畠は何か考え込む。
そこで不同も。
「拙者も貴公らに任せるでござる。でも食わず嫌いは良くないでござるよ、高畠殿」
しばらく時間をかけて、ようやく考え直したのか、高畠はつぶやく。
「いや、決めるのは君達次第だよ。悪かった」
とだけ言って地面を見るように食事を続けた。
「……」
それから、無言が続いた。
妙にいたたまれない気持ちになって第二視聴覚準備室を出ると、紅華がまだ扉の前で立っていた。
「ん、何かあった?」
と話を聞いていなかった紅華に俺が経緯を話してやると、紅華は複雑な表情を浮かべた。それは困惑する様な怒っている様な、自分でもよくわからないといった顔。
「何を考えているんだ?」
と不思議をぶつけると、
「私はどう思われたのかなって思ってさ。だって石目くんと不同くんはそんな反応されたのに私は特に何も言われなかったもん。だからさ、私は遊び半分ですぐ辞めるって思われたのか、杏の幼馴染だから許されたのか、はたまた女子だから確保しようと思われたのか……なんか、理由はなんにせよ腑に落ちないなって」
意外と真剣に考えているんだなと感心しながら、率直な感想を伝える。
「入部許可した理由ねぇ、全部じゃねーの?」
「……あっそ!」
紅華がつかつかと早歩きで階段を下りていく様子を見て、俺も今日は高畠に後を任せようと思い、別れの挨拶だけした
「おいおい帰るのか異瀬、放置プレイかよ!」
と石目が反駁するが気にしない。
「ごめんごめん。今日は先輩がなんかあれだし、明日から本格的に行動しようと思っている。とりあえず入部届もってこいよじゃあな!」
と、言い訳を並べこの日は無理矢理終わらせた。
紅華は既に帰ったと思っていたが、校門の前で待っていた。
「あ、今日は杏ももう帰るんだ」
「帰ってなかったのか。いつまで待つつもりだったんだ?」
なんてことのない質問であるが、
「うん、いつも一時間は待っていたんだけどね」
中学四日目にして衝撃の事実に少し胸が痛くなった。と言っても実害は二日目だけだが、その日彼女は俺に頼まれた変人探しをしたうえで、一時間も校門でいない人を待っていたというのだ。しかもその間俺はぼっーっと寝て、永沢とおふざけをしていた。
「すまん紅華!」
「今度から靴箱の中身を見て……ってなに? 謝ることでもあるの?」
「いやなんでもない!」
俺は自分の気持ちだけ満足させ、彼女には何も伝えないようにした。その方が皆幸せ。
結局西條家まで他愛もない会話をして、部活の事などは一切話さなかった。
西條家では、メイドのお出迎えである。
「お帰りなさいお嬢さま」
よりによってあのメイドが丁寧にお辞儀をして、紅華だけを導く。
「おい毒島、お前は俺のメイドだろうが」
彼女は露骨に嫌そうな顔をして、俺の荷物を荒っぽく奪い取ると床に引きずり持ち運んだ。
その姿に怒ることも出来ず、ただ呆然とするしかなかった。
「き、嫌われてるね……」
笑うこともなかった。




