木曜日の午前・変人視察
我らが一年二組に向かう前に、一組がある。
「西條三等兵、ここにいるんだな?」
イメージの中の恰好いい軍人を真似て言うと、紅華も雰囲気を合わせてくれた。いい女である。
「ええ、ここに変な人ナンバーワン『不同大吉』がいるはずです」
不同大吉、名字は強そうだし、名前の大吉から運が良いと推測できる。
「いいか西條三等、戦場で運を見くびっちゃいかん。最終的に命と勝敗を分けるのは運なのだ」
「うん!!」
紅華が演技よりダジャレに転んだ事で雰囲気が全てぶち壊れた、もう紅華にこの遊びをするのはやめよう。
「んじゃ入ってみるか」
「うん!」
少し『うん』に夢中のようだ。馬鹿で可愛いじゃないか。
一組の様子を見るが、大きい人などいない。そこそこの人数生徒は集まっているにも関わらずだ。
「もしかして紅華、やっぱりその、大きいってのはもう一人の自分的な、モンキーバナナとかビッグマグナムが大きい人っていうわけじゃないよな?」
「それってどういう事?」
きょとんと小首を傾げる紅華を、ぬらりと大きな影が包む。
見上げた、だが厚い胸板や髭のせいで惜しくも顔が見えない。
俺が叫ぶと同時に、向こうも叫んだ。
「でっか!!」
そしてぬらりと眼鏡をかけたおっさんがこちらを見下し叫んだ。
「ちっさ!!」
中学一年生だと思えぬほどの体格、身長二メートルぐらいで、筋肉ムキムキ。
しかも髭も相まっておっさんにしか見えない、恐らくエロ本を買おうとしても、年齢を聞かれたりしないんだろうな。少し羨ましい。
不同は興味深そうに腰を折り曲げ俺の顔をまじまじと見つめる。
こっちも表情が改めて見える。小さなめがねをかけていて目は険しくも穏やかだ。
「なんじゃこりゃ、中学生の男? 小学生の女にしか見えないでござる」
キャラを作るようなござるの『付け足した感』が異彩を放っている。
ひとまず不同を無視し、俺は紅華に向かって親指を立てた。
「確かに、こいつすげー変!」
こいつとは色々語り合いたい事もあるが、もうすぐホームルームが始まってしまうので仕方なく用件をまとめて伝えた。
「不同少佐、実は君にある部隊に入って欲しくてね……」
「軍隊部でござるか、それとも金崎第一師団部? もしやディズレーリ……」
不同の驚く顔が目に浮かび、笑いが込み上げてくる。
だが俺のイメージの中の軍人は決して戦場では笑わない男なのだ。
奥歯を噛み締め俺は言う。
「オタク部に入らないか?」
やはり唖然とした。
そして眼鏡をくいっと整えて、言葉の意味を訊ねてくる。
「それってミリタリー研究部でござるか?」
「それもオタクだけど、主に女子運動部の活動を熱心に見守る部活だ」
俺の真剣な雰囲気を持ってしても、ついに不同は笑いだした。
「なんじゃそりゃ、入りたくないような、入りたいような」
「少佐、自分に正直になるんだ。どうせ格闘系の部活に引っ張りだこで困っているんだろう。だが君のような男は本当はこの部活で不埒な学園生活を送るべきだ。考えてもみたまえ、高校生でようやく結婚が可能などと言っても、女子の育ち盛りは中学、既に小学六年生の時点で完成している女子もいるのだ。今ここで女子の成長過程を見なければ、ロリコンは辛い。それにもし君がロリコンでなかったとしても、既にたっぷりと見たがこの学校には巨乳も多い、俺の推定では一昨日だけでDを二人、Eを一人確認できた」
「うむ、わかってでござる」
俺の五秒に満たない説明を紳士的かつ真摯に聞いた大吉は即答してくれた。
やはりこいつは見込みある男らしい。体格は全く違うといえど、こいつの性質は恐らく俺と全く一緒、周りからの奇妙な疎外感を何かに打ち込むことができず内に溜め、どうしようもなくなって自ら滅ぶような生活を続ける愚か者。
見た目は違えど性質はほぼ全く一緒、それでこそこの部に相応しい。
俺のバストサイズ発言のために後ろの紅華が妖怪王が如くおどろおどろしいオーラを出しているが、ひとまず部員が集まったことに喜ぶべきだろう。
「では少佐、また放課後に第二視聴覚準備室で会おう!」
紅華から距離をとり教室に俺は走った。
ホームルームは無事に終わり、一時間目の授業でノートをまたまた忘れてプリントに書き写し、紅華に頭を下げたところである。
一時間目終わりの休み時間、十分しかないがもう一人の変な人を訪れてみようと思った。
紅華にまた軍人フォームで尋ねると彼女は詳細を話す。
「一年四組一番、石目魔爪。杏みたいにいうと、ラノベの主人公みたいな奴だよ」
つまり、何の特徴もない平凡な中学生という事だろう。俺を見れば分かるが、こんなに特徴的な人間に主役なんてとてもできない。
それにしても魔爪、名字も聞いた事のないようなだけど、名前もかなり変、相当変。
ともかく、席替えもしていないので名簿の順番からすると、石目の席は左端の一番前である。
そこを見ると、机に突っ伏し、両腕で枕を作っているなんとも陰気そうで共感できる男がいた。
周りに人がいないどころではない、全員が敬遠している。まるで彼に触れたら死んでしまうかのようだ。
「この引かれっぷりは、中二病、はたまた何かを超越しているか、はたまた凄く臭いかだな」
適当な予想を立てて近づくと、教室の女子に止められた。
「もしかして石目くんと関わるつもり? ダメだって、やばいよ」
と別のクラスの女子が話しかけるが。
「あの、触らないで下さい」
小学校六年間で身につけた究極奥義『完全なる他人状態』により二言目を出させずに改めて石目に向かう。
まずにおい確認、髪の毛が乱雑に机の上に広がっているが、フローラル、臭くない。
「おはよう石目魔爪。昨日は寝不足か? さてはアニメでも見てたな?」
「俺はアニメはあまり見ない、ってちっさ」
と彼は顔を上げてすぐに言った。
「小さいって言うなよ。って、あれ?」
顔もまさしくそこいらのラノベの主人公と言うべき、少し丸みがあるかなぐらいの凡人だ。
そしてこの反応、アニメをあまり見ない発言をするからにはオタク部なんて入らないだろう。
ちなみに俺はここ数日見なかったが普段はリアルタイムで見ている! 最近ちょっとごたごたして見れないだけで家では鉄二や林檎が録画してくれて……。
それは、ともかく。
「紅華、ちょっと来い」
何故か女子と談笑を始めてしまった紅華を呼びだし、軽くデコピンを放つ。
「あんまり痛くない。で、どうしたの?」
男として『いったぁ~い、どうしてそんなことするのっ! もう……』ぐらいは言って欲しかった。
それも関係なく、今は石目の話である。
「こいつの何処が変な奴なんだ。いかにもクラスに四人ぐらいいるオタクっぽい普通の人だろうが」
「えー、それも十分変な人だよ」
「そんな変じゃない、普通のうちに入る。俺は学校に一人ぐらいのレア者が欲しいの!」
既に大吉という逸材がいるし、高畠と言う馬鹿もいるが、やっぱ五人ほしい。
俺は自らの体躯や特徴を分かっているから、一応自分も含んでおく。
「いいか、お前はもう仕方ないから別にいい。それ以外の部員で俺は損をしたくない。こんな何処にでもいるような、根暗でオタクにも何者にもなれないような奴はゴメンだ!」
「杏、言いすぎだよ」
周りのざわめきも大きくなって来たが、俺はオタク部に本気を出しているのだ。言いすぎなわけがない。
「いいや、こいつじゃ駄目だ! 全く期待させておいて何が『アニメはあまり見ない』だ、人を馬鹿にしやがって、痛い目見せてやろうか」
周りの空気に乗っかって暴言を発したのが功を奏したというか、運の尽きというか。
「見せてください!」
椅子から、膝だけの跳躍で机の上に正座をした彼はすぐに頭を少ない机のスペースに叩きつけた。
「僕に痛い目を見せてください!!」
「そうなんだよ、杏、石目くんはよく分からないけど凄いマゾなんだって!?」
紅華は意味が良く分からない言葉は使わない主義で、当たり障りないように隠して話していたらしい。
周りの奴らも『あ~あ、アレが出ちゃったか』なんて諦めムードになっている。
ためしに土下座している石目のドたまに頭突きを食らわしてみた。
「くあぁっ! いい、最高です、もっと罵倒しつつ痛めつけてください!!」
中学生でこれは引く。そりゃ誰もが敬遠する。
だが、俺は受け止めてやろう。
「ところで石目、お前みたいな豚野郎は今までただその奇妙な性質のせいで散々な日常を経験しただろう! 孤独、悲哀、そしてそれを上回る快楽! そう決して不幸とも幸せとも言えぬ過激な人生、今それを真に幸せなものにしてみないか!?」
「な、何を言っているんだ……?」
「どうせどんなところでも一人で楽しんでたんだろ? 俺たちなら一緒に楽しめる!」
石目の表情が煌々と輝く。こいつは筆舌できないくらい気持ち悪いが、面白い。
「本当に良いのか? 俺を受け入れる……?」
俺はあえて石目にそっぽを向く。
「気になるなら第二視聴覚準備室で」
そして紅華に言った。
「紅華、こういう奴見つけたらもっと教えてくれよ。面白いから」
紅華も若干引き気味で頷いた。




