木曜日の朝
西條家のメイドは相当な訓練を詰まれているらしく、昨夜軽く襲ったら四肢を拘束された挙句パンツを脱がされ放置された次第である。
そういった説明を、朝食を摂りつつ懇切丁寧に紅華にしてやると、彼女は不服そうに頬を膨らました。
「それって、結局は杏が舐めたいって言ったり、舐めたからいけないんでしょ?」
確かにそうかもしれない、だが紅華とあのメイドの二人にも非があると俺は思う。
というのも、起こしに来た紅華は俺のあられもない姿を見て馬乗りになってたこ殴りにしてきたのだ。
「瑠璃華さん、あのメイドは結局今どこに?」
流石に放置できん、あれほどの暴挙をしておいて何もしないわけにはいかない。
落ち着き払って紅茶を飲み、瑠璃華さんはあたかもそれが当然の事かのように言う。
「うちのメイドさん達は、今は全員大学かバイトに行っていると思いますよ」
「兼業!?」
俺は何も絶対メイド至上主義者ではないが、メイドが兼業という事実は信じられん。
大学? バイト? メイドさん育成の専門学校ぐらいしか俺は許さないぞ。
「瑠璃華さん、バイトとはいったいどういうもので?」
「杏、学校遅れちゃうよ」
学校などもはや些細な問題だ。今は知られざるメイドの世界に足を踏み入れようではないか。
「そうですね、確か天大バーガーとか、天大カフェとか、文房具天大とか?」
ここで皆様が存じていない単語が出てきましたが、説明させていただこう。
天大とは、俺が生まれた時から存在しているとにかく凄い会社だ。
最近人工島を造って画期的な発電をしようと思ったら大失敗したというのに、そこに高校を創設して逆に成功したとも言われている。
いまやその財力は世界の半分をこえたなどと言われ、あらゆる海外の企業も飲み込みつつ成長を続けている……
……西條とよくない関係の会社である。
「あんたの夫が必死になって戦っている会社の手先をあんたのメイドはしているのか!?」
「気にしていないわ。杏さんのお父さんの会社も天大に併合されたでしょう?」
それは事実、そして確かに俺もそのことを気にしていない。なるほど、瑠璃華さんの言う事にも一理ある。
父親の会社が傾こうが、夫の会社が傾こうが、十分な安定した生活があれば問題はない。天大は持ち株会社となり会社を次々と食っているが、基本的に労働者全員クビに、なんてえげつない事はしない。まあ栄誉ある社長である西條父や、重役だった煉次さんが雇われ支部長に落ちるのは痛手だろうが。
「ところで杏。学校の変な人、たくさん調べたんだけど……」
しばらく考えてようやく思い出した。今日は木曜、今日と明日とで部員をあと二人集めないといけないのだ。
「すいません瑠璃華さん、学校行ってきます!」
「お母さん、行ってきまぁす」
「杏さんはまず、歯を磨きなさい」
登校中、相変わらず世間の目は俺の服装に疑問を投げかける。だが俺はそれを気にせず、紅華の調べた『変な人』に訊くことにした。
「まず、何人いた?」
「二人、現行犯逮捕されそうな人と、付き合いたくない人」
ジャスト二人、これは運命と言っても過言ではない。
「うちのクラスか?」
「えっと、大きいのが一組で普通っぽいのが四組」
大きいのとはなんだ、大きいのとは。どこが大きいんだ? ん? 言ってみろ! という言葉はぐっと飲み込む。
「最後に聞くが、それはもう、とびっきり変なんだな?」
「わかんない。でも大きい方は一見の価値アリ、だよ」
期待を食い尽くす不安が胸を渦巻く中、俺たちは学校に着いた。
この一週間は『挨拶しゅうかん』だとかで、校門の前に教師が集まっている。
このしゅうかんは『習慣』と『週間』をかけた高度な言葉だ。
一体こういう企画は誰が考えているのだろうか、うざったらしいことこの上ない。
一方的に挨拶を繰り広げ、こちらの挨拶は無視し、そして仲の良さそうな生徒と話し込んで……。
嫉妬ではない、生徒が教師に媚びを売るようで目ざといのだ。
なので紅華が愛想を振り撒く姿を近くからでありながら、遠目で見て俺はぶすっと歩いていたのだが、急に脇腹をつかまれ抱きかかえられたから驚いた。
「異瀬、挨拶ぐらいしろ」
永沢である。
俺の素行が悪いと担任である彼女の給与明細の数字は刻一刻と減り、また恵子さんからのクレームも心底うっとおしい、そして気にいらないチビガキ生徒を辱めあわよくば殺してやろう。
それぐらい考えてやっているのだろうか、この行為は殺意の元で行われていると俺は思う。そうでなければ何故俺はこれほど死にたい気分になっているのか。
「ところでお前と西條は仲がいいな、どういう関係だ?」
「既にDまで済ませました」
本当は何も済ませていないが見栄を張るのは俺の特技だ。
永沢は俺を抱きかかえたまま「D、Dってなんだったかな」と真剣に考えている。やはりソフトボール馬鹿は頭が回らないようだ。
「ま、なんでもいいか。じゃ、挨拶しろ」
ようやく地に足が着く感覚を味わうと、俺はあくどい笑みを浮かべ給与明細を減らそうと画策をする。
「おはヨーグルト」と言い走り出した。
やる事が小さいとは思うが、こういう地道な活動が将来実を結ぶのだ。
顧問になってくれるとか言っていた人だと言ってすぐ想起したが、時、既に遅し。
諦めて教室に向かった。




