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異瀬家の問題

 危うく我が家に帰るところだったが、なんとか通り越し西條家に差し掛かった。

 だが、そこに待ち受けていた者がいる。

「お兄ちゃん!」

「林檎!? どうしてここに!?」

 西條家の玄関先にいたのは確かに我が妹だ。

「お兄ちゃんが、家に帰ってこないから……」

 おお、おお、何と、何と愛らしい妹なのか!

 こんな事を言われてはには兄として責任を取ってやらねば、いやいや、今帰るわけには……。

 だが林檎の言葉には続きがあった。

「お兄ちゃんが帰ってこないから、お母さんが……」

 開かれた玄関扉、登場せしは鬼の恵子さん。

 瑠璃華さんが申し訳なさそうに言う。

「ごめんね杏さん、説得できなかったわぁ」

 なんで笑顔なんですか。

 さっと逃げ出そうと言うときに、林檎が俺を抱きしめ抑える。

「お兄ちゃんごめん! でも、お兄ちゃんと一緒にいたいから!!」

 分かる、その気持ちは俺にも分かるが、俺よりでかいお前にそんなに強く抱きしめられたら酸素とかそういう問題が……。

 ようやく解放されたかと思ったら、鬼婆が現れる。世の中、神も仏もいない。

「帰るよこの馬鹿!! アンタは本当に馬鹿! ったく、馬鹿なんだから、ひと様に迷惑かけて……」

「あ、瑠璃華さん! お嬢さんは帰ってますか?」

「いいえ、どうして?」

 それだけ聞くと俺は観念して、母の連続馬鹿発言を身に受けた。

 不憫そうに俺を見る妹の目が辛い。やはり妹に見下される気分はよくないのだ。

 かくして、俺の逃亡生活はあえなく終わった。


 自宅では、俺の部屋に母と父が来て、三人仲悪く正座していた。

 母が取り出す。

「杏、これ何?」

 いかがわしく舌を出し、服のあちこちが溶かされたような塗装の人形。

「それは天殻少女エレナに出てくる第一等天使エルメスのスライムダメージ塗装です」

 正直に、知っている全てを言うしかあるまい。決して馬鹿にしているわけではない。

 馬鹿にしているわけではないのに、その答えで母はお冠の様子だ。

「そんな事を聞いているんじゃないわよ!!」

「じゃあ何を聞いているんですか?」

「これは、どこで、手に入れたの!?」

「自主制作です」

「なっ!!」

 虚をつかれた恵子さんが口を閉じるも、煉次さんが口を挟む。

「でも、元の人形だってあるだろうし高いだろ? 紙粘土から作った風には見えないよ」

 年齢制限の方を叱られると思ったが、煉次さんはお金の方を気にしていたようだ。

 それならば破棄する必要はないかもしれない。一縷の希望を見出し、慎重に受け答えすることを改めて決意。

「それは親友のプレゼントです」

「こんな事をしている親友がいるのかい?」

「います!!」

 俺には親友といえる人物が紅華以外に三名いる。

 武田勤、額田鉄一、闇野恭平、小学校の時の友人で、闇野以外は同じ金崎中学。

 おそらくみんな、別の中学の闇野もきっと登校拒否しているだろう。

「ふうん、恵子さん、杏もこう言っていることだし、もういいんじゃないかな?」

 煉次さんは相変わらず寛容な態度で接してくれるが、この鬼婆はそうはいかん。

「煉次、このキャラクターは十八禁ゲームのキャラクターなのよ? そんなのを杏が持っているだけでおかしいのに、その友達が持っているわけないじゃない!」

「そうだ、そのお友達はその人形をどうやって手に入れたか分かるかい?」

 相変わらず二人の論点は微妙にずれているが、その方がこちらは助かる。

「彼も貰ったんですよ」

「誰に?」

「えっと、会社」

 闇野恭平は、ゲームブランド『一匹狼』の代表取締役兼ゲーム製作者である。

 ゲームのスタッフロールでは架空の人物の名前をでっち上げあたかもたくさんの人間が作っている風に見せているが、彼は謎の能力であっという間に話を考えシステムを組み立て、ゲームをダウンロード販売したり、催眠術か何かで大人を操ったり……と聞いた。

 全て真実を話そうと思ったが、こんなことを言っても到底信じてもらえるわけがない、それにそもそも闇野の奴が俺を信頼して教えてくれた事実である。ここで闇野を裏切るわけにはいかない!

「どうしてその子は会社から貰えるんだ?」

「親がその会社で……ね」

 どんな状況でも嘘をつくのは心が痛む。

 それでも煉次さんは納得してくれたし、母も何となく了承したようだ。

「じゃあ杏、この部屋のものは全部没収するから」

「えええええ! 煉次さんそれはないですよ!!」

 少し目じりがピクッと動いた。何かに煉次さんは動揺したらしい。

「もしかして自分がムフフしようと没収を……?」

 などと勘繰ったが当然そんなわけはない。

「お父さんって呼んでくれないんだね……」

 ああ、そっちか。

「そりゃ、実の子じゃないし」

 平然と俺は言う。

 この異瀬杏は少し複雑な家庭環境にあるのだ。

 小学校三年ぐらいの時、鉄二と俺が名付けたくせして『杏と林檎が果物の名前なのに鉄二っておかしくないか?』と、鉄二の出産を見届けたくせに鉄二が養子ではないかと、父の部屋のアルバムを探ったのだ。

 その頃から既に平均以上の知識を持っていた俺は、生まれてすぐの写真がなかったなら養子の可能性を怪しんでいいよ、という奇妙なルールを持っていた。

 そしたら林檎も鉄二も写真は確かにあるのに、俺の写真が二歳からしかない。

 気になった俺は父の部屋を探し回り、ついに見つけたのが、養子縁組証明書のコピーである。

 性質の悪いジョークとも思えず、呆然とそれを眺めていてこれが『俺とあの人達の絆』なんだと思いながらびりびりに引き裂いたのを覚えている。

 泣きはしなかった。ただ『じゃあ林檎は義妹じゃんひゃっほう』ぐらいは思った。

 多分、それだけだ。

 そういうわけで両親といえど形だけ。一応敬意を持ったさん付けで呼んでいる。

「お父さんお母さんと呼べばマイグッズは没収せずに済みますか?」

 煉次さんは気まずく口を噤んだが、その嫁は逆に大きく口を開いた。

「アンタどういう口の利き方!?」

 確かに怒るとは思った。少しイジワルしたい気分になったのだ。

「すいません、言い過ぎましたよ」

 すると恵子さんも黙ってしまい、沈黙が始まる。

 複雑な事情と気まずい関係が一層空気を悪くするが、俺にとったらこのグッズが捨てられるかどうかの方が心配だ。

 別に実の息子だろうが義理の家族だろうがどうでもよいのだ。

 育ててもらった恩は一応感じているし、何より林檎と仲良くさせてもらったことに関しては、もう筆舌できないほど感謝している。

 だが、甘えられないのだ。

 これは向こうが悪いのではない、俺が単純に二人に甘えようとすると急に冷めてしまい、親しくできないのだ。

 悶々とした空気の中、煉次さんが決意したように口を開く。

「よし、杏、別に西條さんの所に泊まっても構わない」

「あんた何言ってんの!?」

「それはどういう経路でその結果に?」

 元の話と飛躍しすぎたと思えるが、どうやら煉次さんは養子の事実を深く受け止めたらしい。

「杏も繊細な年頃だ。義理の家族という中で生活するのが耐えられないかもしれない。仲の良い西條さんの所に行きたくなる気持ちもわかる。でももし、もし僕らの元へ戻ってきたくなったら、いつでも戻ってきてくれ」

 それだけ言うと煉次さんは立ち上がり、部屋から出て行った。

 残された母と目が合う。

「……そういう問題じゃないわよね?」

 その手にはダメージ塗装のフィギュアと俺のグッズが握られている。

「ほら、煉次さんは深く考えちゃう人だから」

 なんとか笑顔を作り、恵子さんに言う。

 後に、母の説教だけはたんまりくらった。

 グッズは守られ西條家にてしばらく暮らすこととなったが、気分は晴れなかった。

「じゃ、恵子さん、煉次さん、行ってきます」

 何故か異瀬家総出で見送ってくれている。両親には素っ気なく挨拶をし、

「林檎ぉ! お兄ちゃんこれからしばらくあっちに住むけどお前の事は大好きだからな、絶対にお兄ちゃんの事を嫌いにならないでな!」

 俺が声を震わせて言うと、林檎も少し涙ぐんでくれた。

「うん、お兄ちゃん、たまに会いに行ってもいい?」

「勿論だ!」

 しばらく別れを惜しみ、互いに抱き合った。やっぱ背が高い。

 そして弟。

「じゃあな鉄二」

「酷くね! 何その態度、何その醒めた眼差し、兄ぃにとって家族は林檎姉だけか!?」

 鉄二はまだ小さいが、精神面は俺のようにしっかりしているから心配する事はない。兄がいなくなっても、それほどこたえないはずだ。

 夫婦も多少、俺の態度にげんなりしているが、一応気力を保ってくれている。

 ようやく前へ一歩踏み出した瞬間に思い出す。

「あ、その前に印鑑」

 こうして、我が家へ戻ることはなくなったのである。


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