知らない世界へ
太陽の機嫌が一段とよい明くる日、岸壁に寄り添うまっすぐな道を、日差しによく映える白い車が爽快に走っていく。
ハンドルを握る彼女もとても上機嫌だった。
「なまこと生コンは別物~あ~あ~、ひと夏の初が浜~」
「……あの、大庭さん?」
「ん~、どしたの?」
爽やかな潮風にさらされていたはずの僕の体は、いつのまにか前方から容赦なく吹き抜ける冷風に震え始めていた。
「もしかして~、寒い?」
「は、はい。とても!」
僕は必死に腕を擦る。
車内の冷房の温度は十七度。マックスの風量に、僕と大庭さんの髪が宙を舞う。まるで水を漂うクラゲの触手のようだ。
それでも彼女は楽しげにひたすら一本道を走らせる。
「いや~今日はなんだか異様に暑いからね~もはや夏だよね~」
おっとりした明るい口調で彼女はマイペースに言う。
「いや、これはきついです。というか今日はそこまで暑くないです……というか、この車、冷房強すぎませんか?まして軽なのに…」
「改造したんだよ~。よわよわの冷房なんかじゃ外回りやってけないからね~。真夏の外回りなんてマジで死ねるよ?」
「…そうですか。…ところでさっきの歌ってなんですか?」
「え~知らないの?」
丸い目を大きく開き、大庭さんは口を尖らせる。
「まあ~無理もないか~。地元人じゃないもんね室ちゃん。あれはご当地ソングだよ~十五年ぐらい前の」
「…変わった歌ですね」
僕は足を震わせながら自分の体をぐっと抱き寄せる。
「確かに言われてみればそうかも~」
大庭さんが厚い唇を弾ませて笑った。
車が徐々に減速していき、横断歩道の前で止まった。赤信号とにらめっこしながら彼女は僕に話し続ける。
「ところでところで、どうだった?この1ヶ月」
「色々あってあっという間でした……。未だに解せないこともよくわからないこともたくさんあります」
「それはそうだろうね~。1ヶ月で理解しようなんて無理無理~」
豪快に笑い飛ばす大場さんに対し、僕は重い溜め息を吐く。