▼青年と花屋の娘。
「はぁ〜。」
さっきからため息ばかり出て、やっぱり狩りに集中できない。
…ミナトは、生きているとき好きな人がいたのかな?
…ミナトは、誰かと付き合ったことがあるのかな?
…ミナトは、もう…その…“そういう経験”をしたことがあるのかな?
ミナトは、ミナトは…。
生きていたときに出会っていたら、俺達は…。
「…どうせなら、こんな力なくても良かったのに。」
数えるのが馬鹿らしくなるほどの大昔に、この村に何か凄い事があったらしくて、この村に生まれつき住んでいる者は、誰もが霊視と呼ばれる力を持っている。
だから村のみんなはミナトを視ることが出来るのだ。
でも、視ることが出来るだけで触れることはできない。ミナトが触れてきても、感触は分からない。ただ圧力を感じるだけだ。
「はぁ〜。」
《リュシオル!》
コロコロと変わるミナトの表情。
《おにーさん。》
初めて会ったときの、少し不安そうな声。
《クククッ》
悪巧みしていそうな顔でさえ愛おしく感じる。……格好は…まあ、ノーコメントで。
結局、【雪ウサギ】を捕まえる事が出来ないで、トボトボ村に帰ってきたらフローリアに、
「リュシオル。こ、この後教会の裏庭に来てくれない?」
って言われた。何かあるんだろうか?
教会の裏庭――
家に荷物を置いて歩いてきたら、既にフローリアは来ていた。…早いな。
裏庭を観察してみると…木々の葉や花々が、夕日の柔らかな日差しによって自然のステンドグラスになっていて、とてもキレイだった。
「へぇ…この時間に来る教会の裏庭って、こんなにキレイなんだね。」
「うん、私も初めて知った…。…ねぇ、リュシオル。」
フローリアは俺に向きなおり、何かを決意したように口を開いた。
「ミナトさんの事、どう思ってるの?……やっぱり、恋愛的に好きなの?」
またドキッとした。
どうしてフローリアが、ミナトに対する俺の気持ちを知っているんだ?
「そこで黙るってことは、図星なのね…。」
「…この事、ミナトには?」
頑張って絞り出した声は掠れていて、まるで自分の声じゃないみたいに響いた。
「ミナトさん、自分の魅力に気づいていないから…。」
フローリアはそんな俺の言葉を無視して続けた。
「明るいし、気さくだし、面倒見良いし、美人だし、スタイル良いし……ミナトさん本人は気づいていないけど、村の皆から慕われているわ、それこそ老若男女に。……だから、私リュシオルに伝えに来たの。」
フローリアは一旦言葉を折り、こう続けた。
「私、ミナトさんの事が恋愛的に好きなの。」
「へ?」
今の俺は、とっても間抜けな顔をしていると思う。
それぐらい衝撃的な告白だったからだ。
「だ、だから、このチューリップの花束をミナトさんに渡してね!絶対よ!」
整理のつかない頭で、反射的に花束を受け取ってしまった。
「リ、リュシオルには負けないから!」
裏庭を出るときフローリアが俺に向かっていった言葉で、漸く頭が回ってきた。
ミナトもフローリアも女の子だろ。と言う考えは今は考えないようにして、一つだけ確かなことは、
「ライバルが出来た…。」
恋のライバルがご近所の花屋の娘って…。
でも、こっちだってフローリアには負けられない。
よし、来年の春にミナトに告白してみよう。
その頃には俺もきっと大人になって、ミナトを振り向かせれると思うから。
そんな決意を胸に、俺は裏庭を後にした。
『……マジで?』
裏庭に植えてある大きな木の後ろに、さっきまで話題に上がっていた想い人が居るとも知らずに。