お約束のごとく
この日はいつもより遅く目が覚めた。
昨日着替えないままに寝てしまったせいで寝付くまでに時間がかかってしまったからなのかもしれない。ウォルが目を覚ました時、既にベッドにクジュはいなかった。クジュの方が先に目を覚ますことは決して珍しくはないので気に止めない。とりあえずベッドから抜け出てクジュを捜すべく部屋を出ることにした。体重をかけてドアを押し出して廊下に出る。クジュの姿はない。さて、どこに行ったのだろう。
「あの、クジュ様をお捜しですか?」
躊躇いがちにそう声をかけられて慌てて振り返れば洗濯物を大量に抱えたシーナが歩いていた。洗濯物は彼女の顔の半分を覆ってしまうほどまで積もっていた。視界が悪そうな彼女をそのまま放っておくのも気が引けて洗濯物の上半分を奪い取るようにして請け負う。
「半分持ちますよ」
事後承諾になったのはわざわざ許可を取っていれば彼女が遠慮をして手伝わせてくれないのではないかと考えたからだった。
「え、いえ! 大丈夫です! お客さんに持たせるのは申し訳ないですし」
「俺がやりたいだけなので気にしないでください。で、これはどこに持って行けばいいんですか?」
シーナの言葉を無視するようにしてそう答えた後、更に問いを畳み掛けることで彼女の遠慮をこれ以上口に出させないようにする。それをどこまで察したのかシーナは「そういうことでしたら」と言って運ぶ先をウォルへ教える。シーナと一緒にウォルがそこへ向かおうとしたところで前方に見慣れない影を見つけた。
「ん?」
影はひとつではなかった。彼等は厳格そうな衣装に身を包み、それまでしてきた苦労を見る者全員に伝えるかのような白髪をしていた。その間から時折白く染まりきっていない黒髪が覗き見える。彼等は三人。いずれも気難しそうな表情をそれぞれに作っていた。
彼等は一体誰だろうかとウォルが問おうとシーナに目をやったところで驚きのあまり硬直する。シーナは目を見開いて彼等を真っ直ぐに見ていた。わずかに開いた口からは何かが発されることはないが何か発するとするなら悲鳴。そんな印象をウォルが抱いてしまうほどシーナの瞳には恐怖が色濃く宿っていた。
「……シーナ君」
彼等の一人のがさついた唇が動く。ただ名前を呼んだだけなのにその声音には批難が含まれているように思えた。そう感じたのはウォルだけではなかったらしくシーナは勢いよく頭を下げるとすぐに上げて廊下の端へと移動した。どうしていいのかわからずウォルもそれに倣って廊下の端へ行く。
「王でしたら自室にいらっしゃると思いますのでいつもの部屋でお待ちください。お呼びして参りますので」
緊張しているのかシーナは早口でそう捲し立てる。余程彼等が怖いのかシーナは彼等を見ようとしない。彼等はそれに気分を害したのか隠しもせずに舌打ちをするとシーナとウォルの前を肩で風を切りながら通り過ぎて行く。シーナの前を通り過ぎ、ウォルの前を。
「君」
「はい?」
てっきり存在していないもののように声もかけられないのだとばかり思っていたので急に声をかけられて間抜けな声が出た。目が合ってしまわないように逸らし続けていた視線を咄嗟に彼等に合わせれば何の感情もこもっていない無機質な瞳達と目が合った。
「っ!?」
「君は客人かね?」
「……まあ、そんなところです」
厳密には拉致というか誘拐というか。彼等がどこまで知っているのかわからないので曖昧にそう返す。彼等は大して興味がないのかすぐにウォルから目を逸らした。
「そうか。それならゆっくりして行くといい」
まるでここを自分の家のように言う。そのことに言いようのない腹立たしさを覚えながらも無難な返しをする。わざわざ喧嘩を売るなんてクジュみたいな真似をするわけにはいかなかった。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
そんな心にもないことを言えば聞いていたのかいないのか彼等はウォルの前も通り過ぎて行く。彼等が澱みない足取りで角を曲がり、姿が見えなくなったところで金縛りから解けたようにシーナが動いた。
二、三歩後退って壁に身体が当たる。洗濯物を抱えた両手は小刻みに震えていた。
「シーナさん?」
「あの、洗濯物、お願いしてもいいですか。急用が出来てしまって」
ウォルの返答を聞くよりも早く持っていた洗濯物を全てウォルの持っていた洗濯物の上に乗せて、一礼をする。頭を下げたことで垂れ下がった髪を掻き上げてから彼女はウォルが口を挟む暇もなく走り去ってしまった。
「えええ……? いや、まあいいんですけどね……」
結局クジュの居場所を聞くのを忘れてしまった。そんなことを今更考えながらとりあえずこの洗濯物の山を運び終えてしまおうと歩き出す。
「おっ、と……」
ずり落ちそうになる洗濯物を抱え直して再び足を進めた。