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泣き虫キング

 今日は早くに目が覚めた。

 時計を見ればまだ朝と呼ぶにはまだ早い気もする。退屈なのでウォルを起こそうかと考えたが「こんなに早く目が覚めるなんて歳とったんですね」と皮肉を返されるような気がしたので起こさないことにする。結局昨日と同じ服のまま眠ってしまったウォルを起こさないように慎重にベッドから出た。ベッドは別々だがあまり大きな音をたててしまえば目を覚ましてしまうかもしれない。身体をベッドから受けせた瞬間にベッドが軋んで音をたてたがそれでもウォルが目覚めなかったことに安堵する。

 早朝独特の冷気に身を震わせながら特に目的もなく部屋を出る。ゆっくりとドアを押し出して出来るだけ音をたてないように神経を集中させた。身体がなんとか通るくらいまで開けて、身体をその隙間に滑り込ませて部屋を出る。慎重にドアを閉めるがドアが完全に閉まった瞬間の金属音がやけに大きく響いてしまった。

 何も考えずにとりあえず部屋を出てきたのでこれからどうしたものかと冷えた手に息を吐きつけながら考える。ふと、人影が目に止まった。


「あ」


 ちょうど角を曲がって死角から姿を現したのは昨日出掛けたチェックだった。どうやら今帰って来たらしく昨日と同じ服を着ていた。睡眠を取っていないのか目にはうっすらと隈が出来ている。顔には疲労が色濃く浮き出ていたがクジュに気付いた途端それは笑顔に塗り潰されてしまった。


「よう、出迎えか?」


 そういった解釈が出来るとは幸せな脳をしているな、と思うのだが疲弊しているチェックに声を聞かせて更に疲れさせてしまうのも酷だろうと無言を貫く。チェックは気分を害した様子もなく歩み寄ってくる。遠目には気付かなかったのだが至近距離でその顔を見ればその顔には泣き腫らした跡があった。


「ん? 俺の顔に何かついてるか?」


 ぺたぺたと無遠慮に自身の顔を触りながら心配そうに問うチェックにどう答えたものかとしばし悩んだ後無言で目の少し下を指差せばそれで理解したのかチェックは「あー」と意味を為さない母音を吐き出した。それからばつが悪そうに頭を掻いてから目を逸らして口を開く。


「意外に泣き虫なんだよ。出来ればスルーしてもらえれば嬉しかったんだけどな」


 そうは言うがそれなら顔を洗うなりして泣いた跡を消してくれば良かったのではないかと思う。わざわざ口に出して言うほどのことでもないので口にすることはない。

 チェックは眠いのか大きく欠伸を零すと欠伸のせいで目尻に溜まった涙を拭う。


「で、どうだ? 俺の依頼、受ける気になったか?」

「……何度も言うが現実的に考えて無理だ」

「そりゃ残念。これでも一応命令なんだがな」


 脅迫か。クジュの声を聞いてしまったことで気分を害したのかチェックの足元がふらつく。体調が万全でない時にクジュの声を聞くのは酷だろう。できればクジュも聞かせたくはなかったのだが返答しないでどうにかなりそうな問いではなかったのだ。不可抗力とは言えどこうもあからさまに悪影響を受けてしまっているチェックを見て罪悪感を覚えないわけではなかった。しかしその罪悪感を押し隠してでもクジュには今の内に問っておきたいことがひとつあった。

 部屋に戻って睡眠でもとるつもりなのかクジュを通りすぎて歩き始めた背中に声を投げる。クジュの声を聞くごとにチェックが体調を損ねてしまっているのがわかるがこれで最後だ。



「アンタが本当に消したいのは何だ」



 どうにも妙だ。国民の反発的な感情を消してもらいたいという依頼内容は決して長く返答を待てるものではないはずで。それなのにチェックは催促はしてくるものの依頼を強制させる様子はない。ということはその依頼そのものがフェイクなのではないか。飛躍しすぎだとは思うがクジュはそう考えている。見当違いだと一蹴されればそれはそれで良し。ただの推測でしかないのでこうして鎌をかけてチェックの反応を窺ってみる。反応はあまり期待していなかったのだが疲弊していたためか、それとも二人きりだったためかチェックの反応はクジュの予想とは異なっていた。


「さあ? なんだろうな」


 否定をしなかった。その返しは本当に消したいものは別にあると言ってることを同義だ。そしてチェックはそれをわかった上で発言したように思えた。どう返答したものか。だがこれ以上会話をしてチェックを無駄に弱らせるのも気が引ける。そんなクジュの躊躇を察してかチェックは振り向かないまま手を耳あたりまで持ち上げると何度か軽く振ってまた歩き始める。

 ちゃりちゃりと衣服の装飾が擦れる音が廊下に響き渡った。

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