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老人庭師はかく語る

 チェックが出掛ける間際に言ったように少しするとシーナが二人分の着替えを持ってやって来た。それに着替えてからシーナが用意したのだという豪華な朝食を有り難くいただいて、その後シーナの案内で庭へと連れて来られた。


「すみません。本当こちらが足を運ばなければいけないのですけど、我儘な子で」


 二人を退屈させないためなのか時折通りかかった部屋の説明をしながらようやく庭へ出たところでシーナはそう謝罪した。どうやら誰かに会わせるつもりらしい。クジュからすれば部屋に一日中閉じ込められているよりは気分転換が出来ていいのであまり気にしないでほしいと思う。それを伝えるためにはどうしても彼女を怯えさせることになってしまうので伝えることは諦めているとウォルが口を開いた。


「気にしないでください。部屋にずっといるよりは気分転換出来ていいですから」

「……すみません、本来ならお客様として招かなければいけないのに軟禁のようなことをしてしまって……」

「あ! いや! 俺はそういうつもりで言ったんじゃなくてですね!」


 ウォルのフォローは良くない方向へ解釈されてしまったらしい。一気に沈み込んだシーナにどう声を

掛けようかと考えあぐねているウォルは助けを求めるようにクジュを見たがクジュにはどうすることも出来ないので無視する。


「あ、ひどい」


 非難するように飛ばされた声も無視する。

 こうして話しながらもシーナは庭を突き進んでいく。その後を追っていくとだんだんと木々が少なく、視界の開けたところへ出始めた。三人が芝を踏む音に混じって時折何かが風を切る音が耳に届く。その正体が気にはあるが落ち込んでいるシーナに問うのも気が引けるので黙っておいた。歩けば歩くほどその音は大きくなり、更にそれに加えて気合いを込めた声まで聞こえてきた。それらから予想するに誰かが何かを振っているのだろう。


「あ」


 不意にウォルが声を上げた。木々はもう既にほとんど見当たらなくなっており、視界はかなり広がっていた。その視界に飛び込んできたのは、ウォルだけではなくクジュも思わず反応を示してしまうものだった。ウォルと違って声は出なかったが代わりに目が軽く見開かれる。二人の反応を見たシーナは不思議そうに首を傾げた。


「あれ? もしかしてもう顔を合わせてたりしますか?」

「……ええ、ちょっと見かけただけですけど」


 視界に入ってきたのはチェックが言い争いをしていた男だった。木刀を握った男は掛け声と共にそれを振り上げ、振り下ろす。それをどれくらい繰り返していたのか深い黒髪は汗を吸い込んで更に黒く染まり、首筋にべったりと貼りついていた。男は前方を射殺すように睨みつけながら一心不乱に木刀を振り続ける。余程集中しているのか三人が近付いていることにも気付いてはいないようだった。


「ナイトラ、お客さんに挨拶しなさい」


 シーナが男の名前を呼んだ。そこでナイトラと呼ばれた男はようやく三人に気付いたらしく振り上げた木刀を振り下ろそうとしたところでぴたりと動きを止めた。急に動きを止めたせいで髪に纏わりついた汗が飛び散ったがナイトラは気にも止めていないようだった。木刀を緩慢な動作で下ろしてから、流石に額から流れてくる汗は邪魔なのか服の袖で乱暴に拭う。それから億劫そうに三人の方へと首を回した。


「……クジュ様とウォル様ですか。本来は俺がそちらに出向くべきでしたね、申し訳ありません」


 最後の一言は棒読みで謝罪の気持ちが込められているように思えなかった。それに文句をつけてやろうかとクジュが口を開きかけたところでそれを先読みしたウォルがそれを制す。そして喋る役割を引き継いだ。


「いえ、大丈夫ですよ。ナイトラさんはシーナさんの弟さんなんですよね?」

「はあ、まあ。それをどこで?」

「チェックさんから聞いたんです」

「ああ……」


 チェックの名が出てきた途端ナイトラが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。仮にも王だろうにそこまでチェックが嫌いなのだろうか。そのあからさまな態度を諭すようにシーナがナイトラの名を呼ぶ。それを受けてナイトラは今にも舌打ちでも零しそうな表情でわざとらしく話題を逸らした。かすかに乱れる息を整えながら首だけでなく身体も三人の方へ向けてナイトラは口を開く。


「俺はナイトラと言います。御存じの通りシーナの弟で王の護衛役として騎士をしています」


 後半でチェックの名を出した途端これ以上なく嫌そうにナイトラの表情が歪む。乱れた息は既に整えられていて、纏わりつく汗が外気によって冷えてしまい冷たいのか首を振って汗を散らした。なんだか犬のような動作だと思う。


「毎日の日課の鍛錬で足を運ぶことが出来ませんでした、申し訳ありません」


 相変わらずの気持ちの込められていない謝罪にウォルがもう一度同じような言葉を返そうとしたところでナイトラの眉間に皺が寄った。思えば先程からナイトラの不機嫌そうな表情しか見ていない気がする。今度は一体何だろうかとナイトラを眺めているとナイトラは二人に向かって一礼すると木刀をその場に投げ置いて舌打ち混じりに駆けて行った。


「……へ?」

「すみません。多分、王から電話があったんだと思います」

「電話? この距離で聞こえるのか?」

「そうみたいです」


 クジュの声に一瞬怯んだ様子を見せたがジーナは何事もなかったかのようにそう返す。そのあたりは彼女にもよく理解出来ていないのか苦笑混じりだ。


「ちょっとナイトラだけに任せると心配なので私も見てきますね、すみません」

「お気になさらず。俺達はこのあたりでぶらぶらしてるんで。ね、クジュ?」

「……」


 クジュが無言で頷いたところでシーナはもう一度すみませんと申し訳なさそうに謝罪すると駆け足でナイトラが駆けて行った方向へ向かう。それをしばらく見送っていたがシーナの姿が見えなくなったあたりでウォルが大きく息を吐いた。


「やっと息を抜けるって感じですね。……クジュ、逃げますか?」

「いや……」


 ウォルの問いにクジュは顎に手を沿えて考える素振りを見せる。すぐに結論は出たのかクジュは顎から手を離すと首を横に振った。乱雑に切られた黒髪が少し遅れてその動きに沿って流れる。


「無理だろうな。ナイトラは相当に腕が立つように思うし、この庭も相当に広い。迷わずに逃げ出せればいいが万が一迷った場合は絶望的だ。逃げるならもっと確実な時の方がいい」

「それはそうなんでしょうけど……」


 クジュが言うことは尤もだ。正論だと思う。しかしクジュはチェックの依頼を拒み続けているのだからその機会を待っているうちに殺されてしまうという可能性も皆無ではない。今のところ相手にそういった様子はないが依頼内容からしてもチェックは相当に追い詰められているようだからそう長くは待ってはくれないだろう。いつ強行手段に出てくるかはわからない。ウォルの危惧はわかっているのだろうがそれでもクジュは今回脱出する気はないようだった。


「まあ、クジュがそう言うなら俺も従いますけど。じゃあどうします? 庭でもぶらぶらしますか?」

「そうだな」


 逃げ出さない以上特にすることもないのでシーナに言った通り庭を意味なくうろつくことにする。庭は先が見えないほど広く、チェックが王というのも本当なのだろうなと思えてくる。そんな少しずれた納得の仕方をしていると少し先の木々が生い茂っているあたりに人影が見えた。


「あ、人ですかね」


 余程退屈だったのかウォルがそちらへ駆け寄っていくのをクジュが歩いて追いかける。人影は二人に気付いたのか木々の隙間を縫って姿を現した。


「……庭師さんですか?」


 姿の現したのは老人だった。既に六十は超えているであろう老人は麦わら帽子を被り、手には剪定鋏が握られていた。そして両手には使い古されてかなりぼろぼろになっている軍手がはめられている。老人は二人を見てしょぼしょぼした目を細めると戸惑いがちに口を開いた。


「逃げないのかね」

「俺達インドアなんですよ。体力ないんです」


 ウォルがやっぱり普段から鍛えておくべきですかね、なんとぼやきながらそう苦笑混じりに返せば老人は視線を落とした。


「この国は平和だ。長らく争いもない」

「それは良いことですね」

「そうだな。しかし平和すぎるあまり国民は国の内側を攻撃するようになってしもうた」

「と、言いますと?」


 老人が言うにはこの国は平和すぎるそうだ。人間は本質的に攻撃的な一面を持っているもので、争いがないせいでその攻撃性は溜まりに溜まってしまっているらしい。その鬱憤は就任して間もない王にすべて向けられてしまっているとのことで。


「シーナには会っただろう。王と彼女は交際をしておるのだよ。身分違いの恋というやつじゃ」


 平和ボケした国民は王の発言を一言一言入念にチェックし、少しでも失言があれば揚げ足をとって責め立てることで留飲を下げているのが現状だ。そう言った意味ではチェックとシーナの交際は絶好の批判の標的でしかない。王としての自覚が足りないだとか、身分の違いを知るべきだなどといった批判が毎日飛び交い、チェックやシーナ、弟であるナイトラへも度々飛び火して三人を疲弊させている。チェックはその現状をなんとか改善したくてクジュとウォルを呼びつけたのだそうだ。そう老人は説明する。

 チェックの気持ちはわからないわけではない。国民がそんな調子なのならばシーナと別れたところでまた違う批判が飛んでくるのだろう。それならば国民のそういった感情を消してしまった方が早いと考えたのか。理屈はわかるがそう考えてもクジュにそれを実行することは不可能だった。協力してやりたいのは山々だが出来ないのだ。そんなことをクジュが考えていると説明を終えた老人が目線を上げて二人を見た。


「世間はそう言われますが、貴方達もそれが真実だと思われますか?」

「はい? それはどういう……」


 老人は意味が理解出来ないと首を傾げる二人に構うこともなく剪定鋏を持ち上げて仕事で戻って行った。ウォルが何度か声をかけて引きとめようとするが老人は止まらない。出てきた時と同じように木々の隙間を縫って消えてしまった。


「……庭師の言うことば本当なら」

「クジュ? いきなりどうしたんですか?」


 また顎に手を沿えて考えごとに没入し始めたクジュに声をかけるがクジュの反応はない。クジュはしばらく無言でいると独り言なのかウォルに聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟く。


「俺に消して欲しいものは……違う?」


 どういう意味だろうか、ウォルには全く意味が理解出来ない。クジュも完璧に意味を理解して呟いているわけではないようなのだがそれでもわかっている限りのことは教えてもらいたい。そんな気持ちでクジュに問おうと口を開きかけたところで背後から気配がした。


「余計な詮索はやめていただきたい」


 急いで戻って来たのかナイトラの息は乱れていた。それでも愛想が感じられない表情は崩していないのは流石を言うべきだろうか。どこから聞いていたのかはわからない。だが余計な詮索をするなと言う以上詮索されると困ることがあるのだろう。それが何かを問うたところでナイトラは答えはしないのだろうが。それがわかっているからなのかクジュは何を言うわけでもなく顎から手を離した。考えるのをやめたということを形で示したのかもしれない。

 それに納得したのかナイトラは放置したことを謝罪しているのか一礼してから申し訳ありませんでしたと心のこもっていない言葉を口にした。

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