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顛末

 あっさり見つけることが出来たチェックはナイトラの読み通りシーナと一緒にいた。適当に入ってみた部屋の中に早速いた二人は多少変わった体勢をしていて、どう声をかけたものかと迷ってしまう。入室にいち早く気付いたシーナが眉をハの字に下げた。どうやら困っているらしい。


「えーと、どういう状況ですか?」


 一見すればわかりそうなものなのだがそれでも疑問が拭えないウォルは思わず聞いてしまう。部屋にいたチェックとシーナは恐らく逢引中だったのだと思われる。ただその体勢が少しばかり変わっていた。二人は部屋の中央に座り込んでいる。そしてチェックがシーナの身体を後ろから抱きしめ、その体勢のまま眠っていた。シーナは動くに動けないのか先程から微動だにしない。余程長い時間この体勢でいるらしくシーナはもぞもぞと足を動かしている。足が痺れているのだろう。チェックを蹴り倒してシーナを解放しようとしたクジュを押しとどめれば、クジュは悔しそうに舌打ちを零す。何故そうも攻撃的なのだろう。機嫌でも悪いのだろうか。

 とりあえず見つけたのだからナイトラを呼ぶべきだろう。わざわざ二人で移動する必要もないだろうと判断しクジュを放す。クジュも最初からそのつもりだったのかあっさり放れるとそれでも何か支えがほしいのか壁へ寄りかかった。傷が痛むのか小さく呻く。それから一瞬詰めた息をゆっくりと吐き出す。それから息を吐いたついでとでも言い出しそうな雰囲気でクジュはある問いを吐き出した。


「幸せか?」


 クジュが口を開いた途端どろどろとした何かが空気に混じってこの空間にいる人間を侵す。その不快感には未だに慣れないが慣れているふりをすることくらいは出来る。ウォルは表情を変えないでいることが出来たがシーナの眉間には皺が寄った。眠っているチェックも不快感を覚えたのか小さく呻く。それに感染したようにクジュも眉間に皺を刻む。不快感を与えてしまった罪悪感というところだろうか。ウォルは部屋を出て行こうとしていたがその問いに対する返答が気になって足を止めた。シーナは急な問いに驚きはあったようだがすぐになにごともなかったかのように笑みを貼りつけた。ただ、その笑みは困り果てたように弱々しいものだった。


「ええ、とても」


 そう断言するわりにはシーナの表情には悲しみだとかそんな感情が入り混じっているような気がしてしまう。それでもその答えにクジュは満足したのか鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。その愛想のない態度に苦笑しつつ、今度こそナイトラを呼びに行こうと一歩踏み出した。ところがすぐに何かにぶつかって進路を遮られてしまう。


「わっ……ナイトラさん……」


 いつの間にいたのか。目の前に立っていたナイトラは溜息混じりに部屋へと踏み込んでくると二人を視界に入れた。シーナが困っているのがわかったのか、二人の目の前まで歩み寄ると膝を折り曲げるようにして視線を落とす。それからシーナをがっちりホールドしているチェックの両腕を掴むと外側に押し出してシーナを解放した。シーナがチェックから抜け出したがチェックはまだ目を覚まさない。するとナイトラはもう一度溜息を吐いてからチェックの額にデコピンを食らわせた。王にそんなことをしてもいいのだろうか、なんて部外者のウォルが危惧しているとチェックが額をおさえた。どうやら目を覚ましたらしい。目を擦りながら覚醒したチェックの目の前には当然ながらナイトラがいる。


「おはようございます」

「……おう、おはよう……?」


 シーナを抱いて眠っていたはずなのに目の前にナイトラが仏頂面をして存在しているという状況に咄嗟に理解が及んでいないらしい。ナイトラの方はチェックが理解するのを待つ気がないのか口を開いて説教を開始する。


「今日は絶対に完成させていただなくてはならない書類があると申し上げたはずですよね? 何故そうやって目を離すとすぐにサボられるのですか。もう少し貴方は王だという自覚を持ってください」


 チェックが口を挟む暇もなくナイトラは説教を続ける。説教をしながらもナイトラは立ち上がるとチェックに手を差し伸べた。チェックがその手を取って起き上がるとこれからの予定をつらつらと並べたてる。一体いつ息継ぎをしているのだろうかと疑問に思ってしまうナイトラの饒舌ぶりに驚いているとそれを聞き流していたチェックが「あ」と声を上げた。


「そういえば忘れそうになってたわ」


 そう呟いたチェックはくどくどと説教をしているナイトラを無視して歩き出す。懐に手を突っ込んで何かを探しているらしいチェックはクジュの前までくると足を止めた。


「お。あったあった」


 チェックがずりずりと懐から取り出したのは分厚い茶封筒だった。そしてそれで軽くクジュの胸を叩く。クジュが茶封筒を掴むとチェックはそれから手を離す。


「依頼料。そういえばまだ渡してなかったと思って」


 中身がちゃんと入っているか確認する為にクジュが開封する。かなりの厚さがあるそれをウォルも覗きこめばきちんと本物がきっしりと詰められていた。こんなにもらってもいいものなのだろうか、という思いでチェックを見れば焦ったように手を振って見せた。


「あ、これ以上は流石に出せないからな。そりゃ命賭けてこなしてもらった依頼だけどな」


 見当違いな発言をするチェックはこの額で不満だと思っていると感じているのだろう。誤解しているチェックにそんなことはないという否定の言葉を向けようとしたところ、クジュに口を塞がれる。余計なことは言うなということらしい。


「充分だ」

「そりゃ良かった。これで不満だって言われたらどうしようかと思ってたところだ」


 わかりやすく安堵してみせたチェックは未だに説教を続けるナイトラを一瞥してからまた口を開いた。どうやらナイトラの説教はBGM感覚になってしまっているようだった。


「まあ、依頼したところで根本的な問題が解決したわけじゃないんだけどな。それでも精神的にはかなり楽になったぜ」


 そういえばチェックは身分の違うシーナと交際しているということになっていたから問題になっていたわけで、ナイトラとチェックの感情を消し去ってリセットしたところで第三者からすれば何も変わらないのだ。しかしそれでもチェックからすれば消した意味が全くないというわけでもないらしい。本人がそれでいいのならいいと思う。


「あ、そういえば」


 チェックはまた何かを思い出したらしく声を上げた。今度は何だろうかと思い当たる節がないか考えてみるが思いつかなかった。チェックが言葉を吐き出すのを待つことにする。


「俺達結婚することになったから」


 まるで日常の延長のようにあっさりとそんなことを言うものだからそうですか、と適当に返答をしてしまいそうになる。そのうち言葉の意味が脳にまで浸透してくる。驚きに目を見開けばチェックは頭を掻きながら照れ臭そうに笑った。


「流石に挙式の時まではいないだろうから一応報告だけでもしておこうと思ってな」

「それはまた……急ですね」


 いくらこれまでカモフラージュで付き合っていたとはいえ結婚とは急すぎではないだろうか。つい先日までナイトラとそういう関係だったのならばシーナもさぞかし複雑なことだろう。そう思いシーナを見るが彼女はどこか嬉しそうに表情を緩めただけだった。……本人がいいのなら構わないのだが。


「おめでとうございます」

「おう、ありがとう」


 チェックが嬉しそうにそう返したところで説教を聞き流し続けられているナイトラがチェックの首根っこを掴んだ。突然のことで驚きの声を上げたチェックに構うことなくナイトラは立腹している。


「王! 仕事は溜まっているのですよ? こんなところで油を売っている暇はありません」


 そう至近距離でそう説教をするナイトラは最初と比べて印象が変わったような気がする。これまではチェックに対して王相手とは思えない扱いが目立ったが今では小言は多いものの一応王として敬っているような気がしなくもない。感情を塗り潰した影響だろうか。良いことなのか悪いことなのかを判断することはウォルには出来ないが良いことなのだと思いたい。


「わかったよ。もうお前は口うるさいな」

「王がきちんとしてくださらないからです。きちんとしてくださればこんなに文句を口にすることもありません」

「あー、もう! わかった、わかった! 仕事するって!」


 ナイトラの説教にうんざりしているのか両手で耳を塞ぐとチェックは歩き出す。シーナの横を通り過ぎる時に彼女の頭に手を置いてから「また後でな」と声をかけたのが聞こえた。その後にナイトラが続く。

 しばらく二人の話し声聞こえていたが距離が出来たせいでだんだんと聞こえなくなってくる。それを何気なく三人で聞いていたが突然我に返ったシーナが弾かれたように動き始めた。


「あ! し、仕事がまだ残ってるんでした! すみません! 失礼します!」


 大きく二人へ一礼したシーナは頭を上げながら走り去って行く。その一連の動きを見送ってから慌ただしさに苦笑する。チェックに拘束されていて仕事が出来なかったのだろうか。ウォルと同じようにシーナを見ていたクジュは欠伸を一つ零した。


「支度しろ」

「……もう出て行くんですか? まだ怪我も治ってないのに?」

「うるさい」


 ウォルの心配の言葉を鬱陶しそうに受け流したクジュは歩き始める。ウォルの支えなど必要などとでも言わんばかりに無理をして自力で歩いていた。これはもう何を言っても聞きはしないだろう。諦めて支度をすることにしよう。支度をするために移動するクジュの足取りは危なげだ。その背中に不意に問いを投げかけたくなった。


「クジュ、これで良かったんですか?」

 クジュの返答はない。返答がなかったのでもう一度問いを重ねた。

「あれで本当に幸せって言えるんですかね?」


 そう問いかけたところでクジュが足を止めて振り返った。倦怠感の見え隠れするその緩慢な動作はやはりここを出るのはもう少し待った方がいいのではないかと提案したくなるほどに不安を煽った。だがここで何を言っても聞かない上に気まずい空気になってこれからの旅に支障をきたしても困るので黙っておく。クジュはひどく面倒そうにウォルを見てから言った。


「さあな、本人次第だろう」


 本当に関心がないのかそう言い切ってからクジュはまた歩き出す。クジュの声に侵された神経を浄化するために適当に返事をすれば眠いのかクジュがまた欠伸を零した。

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