サボりキング
クジュは思っていたよりも元気そうだった。
二人の帰還から一夜明けてクジュが目を覚ましたことをシーナから教えてもらった。その時のシーナは泣き腫らした跡があったのだが触れない方がいいだろうと判断して何も聞かないことにした。もしかしたらクジュが泣かせたのかもしれない。そんな疑惑を抱きながらも対面したクジュは思っていたよりも元気そうでベッドの上で退屈そうにしていた。チェックとナイトラは仕事。シーナはシーナで雑用が色々あるそうですぐにいなくなってしまった。これまでは世話役兼監視として誰かしら近くにいたのだが依頼が無事終了したのでもうその必要はないと判断されたのだろう。監視されたいわけではないのでそのことについては触れないことにする。
「元気そうですね」
「そうか?」
思ったことをそのまま口にしただけだったのだがクジュからは疑問形で返ってきた。外見よりは傷が深いのかもしれない。試しに左脇を軽く突いてみればクジュはその場に突っ伏して歯を食いしばった。相当に痛かったらしい。
「えーと、ごめん?」
そこまで痛むとは思っていなかった。あまりに苦痛に表情を歪めるので素直に謝っていいものか躊躇う。とりあえず疑問形で謝ってみればクジュに思い切り睨まれた。睨まれるほどのことをした自覚はあるのでその視線を甘んじて受けておく。
「クジュ、ベッドの上もそろそろ飽きてきたんじゃないですか? 良かったら散歩でもしませんか? 俺が支えますし」
「……」
クジュの痛みがだいぶおさまった頃を狙ってそう言ってみる。実際にはウォル自身が暇を持て余していたからこその提案だったのだがそこは黙っておく。クジュはしばし考え込んでいたが周りに誰もいないことに気付いてからは迷うことなくベッドから滑り出た。傷が痛むのか左脇を庇うように歩き出すクジュを支えることにした。クジュは意地を張る気力もないのか大人しくその支えに頼って来る。
「どこ行きます? 庭行ってみましょうか? 迷いそうですけどね」
既に内部は歩き回って見てしまっているので面白くないだろう。ウォルの提案に異議はないのかクジュは何も言わない。それならばとりあえず目指すのは玄関だろう。どっちが玄関だったか若干迷いながらも踏み出す。部屋を出て少し歩いたところでこちらへ向かってくる足音が聞こえて足を止める。このまま歩き続ければ足音の大きさから推測するに曲がり角で激突することになってしまいそうだった。
「王! どこにいらっしゃるのですか!」
「ナイトラさんですね」
どうやらチェックを捜しているらしい。仕事ではなかったのだろうか。そんなことを考えている間にナイトラは角を曲がった。そのため二人と目が合う。
「あ……」
ナイトラは二人、特にクジュと目を合わせた途端あきらかに怯えた様子を見せた。もしやクジュが何かしたのではあるまいか。思わずクジュを見ればあからさまに目を逸らされた。何か怖がらせるようなことをしたのだろうか。とは言えナイトラが怯えを見せたのはほんの一瞬ですぐにやるべきことを思い出したのか無表情に塗り替えてから口を開いた。随分と走り回ったのか息はわずかに乱れていた。
「王を見かけていませんか? 目を離した隙にいなくなってしまって」
弱り果てているのかナイトラの無表情はすぐに崩れ去って眉がハの字に垂れ下がる。その表情の変化が落ち込んだ大型犬を連想させて笑い出してしまいそうになった。だが笑っていられるような事態でもなさそうなので笑いは押さえこんだ。
「俺は知らないです。クジュも知らないですよね?」
クジュが首を縦に振ったのを見てナイトラがあきらかに肩を落とす。一体どれほどの間チェックを捜し続けているのだろうか。思わず同情してしまうがだからといって何が出来るわけでもない。
「えーと、良かったら俺達も捜しましょうか?」
「そうしてもらえると助かります」
そう言い切ったナイトラは更に眉を下げてから溜息を吐いた。猫の手も借りたいようだ。
「姉の姿もないですし、もしかすると二人でサボっているのかもしれません」
「え? ……ああ」
一瞬その意味を理解しかねたが少し考えて合点がいった。チェックはクジュに依頼をしたことにより感情の一部を失い結果としてナイトラとの関係は消滅した。そしてこれまでカモフラージュとして利用していたシーナとの交際を本格化したのだ。それについては賛否両論あるとは思うのだが本人達がそれでいいのなら何も言わないことにしようと思っている。他人の事情に首を突っ込むとろくなことがない。
「ナイトラさんも大変ですね」
「ええ、依頼を終えてもらってからはめっきりサボられる回数が増えて困り果ててます」
どうやらチェックはこれまで比較的真面目に仕事をこなしていたそうなのだがナイトラとの関係が消滅したことで仕事に対する意欲が薄れてしまったようだ。ナイトラがそう愚痴を零してから、それでも以前よりは元気そうなので感情を戻したいとは思っていないと付け加えるので切なくなってくる。ナイトラはもうクジュのことは愛してはいないのだろうが一人の人間として大切に思っているのだろう。
「それじゃあ捜してみますね」
「お願いします」
ウォルに一礼してからナイトラはまた走り去ろうとする。一瞬クジュと視線が交わったが礼をするどころか火花が散りそうな睨み合いを行ってから走り去って行ってしまった。
「何でそんなに険悪なんですか。何かしたんですか?」
「知るか」
今にも唾を吐きそうにそう吐き捨てたクジュはナイトラにウォルが言った通り、チェックを捜すつもりらしい。今までは玄関に向かっていたのだが室内を捜すことにしたのか方向転換をして歩き始める。クジュを支えていたウォルはその突然な動きに振り回されてしまうがそれでもなんとか動きについていってクジュを支え続けることが出来た。
「部屋を一つずつ見て行きましょうか」
返事はない。否定もないということは肯定でいいのだろう。せめて頷くくらいはしてくれていいと思うのだがそう抗議したところで無駄だと思うのでやめておく。面倒臭いと一蹴される可能性が高い。
「すぐに見つかるといいですね」
また返事はない。いつものことなので特に気にすることなくまた喋る。
「……あ、いた」
やはりクジュは喋らなかった。