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それから彼等は

 あれから十分ほどでナイトラは目を覚ました。

 クジュはシーナに応急処置をしてもらい、意識が戻るのを待っている状態だ。戻ってきた時には意識はあったのだが出血が多すぎたため意識が保てなくなったようだった。二人が帰還した少し後に目を覚ましたチェックが医者を呼んでくれているらしい。ありがたいことだと思う。


「おはようございます」


 目を覚ましたナイトラに笑顔でそう挨拶をすると怪訝な顔をされた。そんなにおかしな発言をしただろうか。ベッドで上半身を起こしたナイトラは辺りを見回してからようやく戻ってきたことに気付いたようだった。


「王と姉は……?」

「チェックさんはお仕事がどうしても忙しくて抜けられないそうです。シーナさんはクジュの看病をしてくれています」


 本来ならばウォルがやるべき仕事なのかもしれないが生憎そういった作業には向いていない。それに快く引き受けてくれたのでこれを無理に断るのも躊躇われた。そのためチェックの世話はシーナに任せている。その代わりと言ってはなんだがこうしてナイトラが目を覚ますのを待っていた。


「ナイトラさん、体調はどうですか? 寝ている間に俺が勝手に語りかけて浄化してたんで気分が悪かったりとかはしないと思うんですが」


 眠るナイトラにひたすらに話しかける時の虚しさと言ったら言葉では形容しがたいものだったのだがそれはナイトラにいくら言っても無駄だろう。とりあえずシーナにでも目を覚ましたことを伝えるべきだろうか。そう思い立ち上がろうとしたところでナイトラに呼びとめられた。ナイトラの手にはウォルが渡した耳栓が乗せられている。


「返します。助かりました」

「いえいえ、こちらこそクジュを守ってくださってありがとうございました」


 ナイトラから耳栓を受け取りながら心からの礼を口にする。クジュが重傷で帰ってきたわけだがナイトラが守ってくれた結果あの程度で済んだのだろう。もしもクジュがウォルの立場だったなら職務怠慢かと責め立てるのだろうがウォルはそうはしない。人を信じることは大切だと思う。だから感謝以外の感情などなかったのだがどうやらナイトラには皮肉を受け取られてしまったらしかった。ナイトラの眉間に深い皺が刻まれ、合わせる顔がないとばかりに目を逸らされる。ここで下手にフォローすれば逆効果になる気しかしない。さて、どうしたものか。


「すみません。クジュ、すごく足手まといだったでしょう? 普段運動とかしないですし反射神経も悪いですし」


 クジュに非があると言外に言うことでナイトラが自責することを回避してみる。この発言は嘘ではない。確かに守るようにとナイトラは頼まれてはいたが自分の身は基本的に自分で守らなければいけない。だからそんな怪我をしたとしても結局は自己防衛出来なかったクジュの責任だ。苦笑混じりに言った言葉の意味が正確に伝わったかは不明だがナイトラは考え込むように目を伏せてしまった。


「クジュは結構重傷みたいで今は眠ってます。お医者さんにも診てもらったので大丈夫だとは思うんですが」


 やることもないので受け取った耳栓を潰したり引き伸ばしたりして遊びながら何も知らないであろうナイトラにそう説明する。医者の話では今日中には目覚めないかもしれないそうだが遅くとも明日には目覚めるだろうということだ。医者の話を信じているので心配はしていない。クジュに関してナイトラに伝えるべきことはこれくらいだろうか。他には何もなかったか考えを巡らせているとナイトラが顔を上げた。まだ体調が万全ではないのか肌は不健康そうな色をしている。


「ありがとうございました」

「……えっと」


 いきなりの感謝になんと返せばいいのかわからない。そもそも何に対する感謝なのかがよくわからない。いくつか心当たりはあるのだがどれかがはっきりしないまま返答するのは相手に失礼のように思えた。ウォルの反応で言葉が足りなかったことに気付いたらしいナイトラは淡々と補足する。


「『好き』を消してくださってありがとうございます」

「ああ、そのことですか。それならクジュに言ってあげてください」


 ウォルは結局何もしていない。だがその返しでナイトラはあからさまに嫌な顔をする。何故そうもお互いに嫌い合っているのだろう。同族嫌悪だろうか。特に話題もないのでそのあたりを聞いてみようかと考えているとそれよりも早くナイトラが口を開いた。


「正直不安はあったんです。貴方達は『好き』が消えると言いましたがどの程度の範囲が消えてしまうのか不安でした」


 ナイトラはもう既に存在しない『好き』を捜すように胸に手を置くと服ごと握りしめた。その動作だけ見れば表情はさぞや苦渋に満ちているのだろうと予想しそうなものだがそれに反してナイトラの表情は変わっていなかった。


「好きだったっていう事実は俺の中では消えてないんです。ただそれに感情が伴わない。ただの事実としてしか認識出来ない」


 責められているのか感謝されているのかははっきりとしない。ナイトラは淡々と言うのでそこから感情を読み取ることは出来ないでいた。これより以前の発言から察するに感謝なのだろうが。


「重いと思ってる部分もあったんですよ、きっと。もう苦痛も幸福も思い出せないですけど『好き』をなくしただけでこんなにも心が軽いんです」


 それならもっと嬉しそうにしたらどうだろうか。心の中では喜びの舞いをしていたりする可能性もなくはないのでその本音は押しとどめておく。何にせよ依頼主が満足してもらえたのなら良かった。クジュが頑張った甲斐もあるというものだ。依頼したのに後悔する人も中にはいる。心にぽっかり空いた穴に耐えられなくなって返してくれと言う。その場合はウォルが単独であちらの世界に出向かなければいけなくなるのでクジュは露骨に嫌がるのだが。今回はそうなってしまわなくて良かった。


「ナイトラさん、一つ聞いてもいいですか?」

「何ですか?」


 どうしても聞いてみたいことがある。もしもこの問いに肯定が返ってこなければクジュがなんのために重傷を負ったのかがわからなくなってしまう。これまでのやりとりで否定が返ってこないであろうことを予想してこの問いを持ち出そうとしている自分はずるいと思う。それでも自己満足のためにウォルは問いを吐き出した。


「『好き』を消して良かったと思いますか?」


 その問いを受けてナイトラは一瞬きょとんとしたがすぐに無表情を貼りつけて口を開いた。動く口には躊躇がない。


「勿論」

「そうですか」


 その答えしか予想していなかったくせにいざその言葉が飛んでくるとどう反応していいのかわからなくなる。どんな感情であれ、本人が望んだことであれ、それをなかったことにしてしまうのは果たして正しいのだろうか。そんなことを思ってしまう。


「ありがとうございます。クジュにもそう報告しておきますね」


 にこやかに笑みを作ってシーナを呼びに行くため立ち上がる。早くクジュが意識を取り戻してくれないだろうか。クジュと話がしたい。シーナを目指して足を速めながらそんなことばかり考えた。

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