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「チェックさんの『好き』は消したみたいですからもうすぐ帰ってくると思いますよ」


 タオルを持ってきて、チェックの汗を拭うシーナを安心させるようにそう言う。その予想は本心から言ったものなので気休めというわけではない。シーナはチェックの世話に集中しているのかウォルに目をやることなく汗を拭い続けていた。


「弟の『好き』は消されてしまったんですか?」

「さあ、どうでしょう? でももうすぐ消されてしまうことは間違いないと思います」

「そうですか」


 そう呟いたシーナは残念そうだった。本当ならばシーナにとって二人の『好き』が消えてしまうのは好都合なのではないかと思う。だがシーナの様子を見る限りではそんなことはないようだった。母親のように優しい手つきでチェックの汗を彼女は拭い続ける。そんな彼女をしばらく眺めてからウォルは立ち上がった。かたまってしまった身体を背伸びをすることで慣らす。そんなウォルを見て何かがあると判断したのかシーナが声をかける。


「ウォル様、どうかされましたか?」

「いえ、そろそろかと思って」


 何が、とは言わない。勘でしかないので無暗に発言するべきではないだろう。ただの直感だ。だがもうそろそろクジュが帰ってくるような気がした。その瞬間を見逃すまいと二枚の便箋がガムテープで乱雑に貼りつけられたドアを凝視する。じわりと、視界がぼやけた。

 便箋を中心にあたたかな光がドアを包んでいく。シーナが驚きに小さな声をあげる。ウォルは発光しているドアへ歩み寄るとノブに手をかけた。それから迷いなく開ける。奥の部屋に繋がっているはずのドアの向こうは真っ黒で何も見えない。


「どういうことですか?」

「さあ、どういうことでしょう?」


 驚くシーナの言葉をほぼそのまま返す。いきなりドアが光った理由? それともドアの先が真っ暗な理由? どちらにせよウォルはその問いに対する答えを持ってはいない。持とうと思ったこともない。重要なのは知っているということだけだ。シーナへ目をやる余裕もなくドアの向こうの暗闇に手を突っ込む。暗闇は深く、腕は見えなくなる。それでも構わず更に奥へ腕を突っ込む。手先を絶え間なく動かして掴むべきものを探す。目一杯腕を差しこんで必死に探す。そうしていると指先を目当てのものが掠めた。無我夢中でそれを掴んでこちらへ引っ張る。かなりの重量のあるそれは片手で引っ張るには重すぎてもう片方の手も使い、踏ん張って引き摺り出した。


「こん……のっ!」


 暗闇からウォルによって引き摺りだされたのはクジュとナイトラだった。ナイトラは意識がないのかぐったりとしていてクジュはそのナイトラに肩を貸すことでナイトラを支えていた。クジュの方には意識はあるようだがかなり疲弊しているのか息が荒い。戻って来たクジュはまずナイトラを手放すとウォルへ寄りかかった。頬には浅く切り傷があり、左脇からは絶え間なく鮮血が流れ出ている。その赤さに比例するようにクジュの顔は蒼白になっていく。


「シーナさん、救急箱持ってきてもらっていいですか? ナイトラさんは気絶してるだけなのでベッドにでも運んであげてください」


 徐々に脱力していくクジュを支えながらそう頼めばシーナは弾かれたように部屋を飛び出した。どうやら急いで救急箱を取りに行ってくれたらしい。これほどまでに広い上に王が住んでいるのだから住み込みの医者くらいいてもよさそうなものなのだが。無傷を信じてなんの用意もしてなかったことが裏目に出てしまった。


「ナイトラさんは無傷なのにクジュが重傷って一体どういうことなんですか」

「うるさい」


 答える元気はあるらしい。それはなによりだ。

 クジュの出血は止まる様子がなくこのままではいよいよ危なそうだ。しかしクジュを支えたままでは動くに動けない。シーナが早く帰ってきてくれることを祈りながら止血出来そうなものはないかと視線を巡らせるがそれらしいものはなかった。自分の着ている服は既にクジュの血でかなり汚れてしまっているのだが構わないのだろうか。こんなことなら応急処置くらい出来るようになっておくべきだったかと後悔し始めたところでクジュが弱々しく右手を挙げた。それからそれを何度か左右に振る。その行動の意図が掴めず首を傾げるとクジュが口を開いた。


「……ただいま」


 今にも死にそうなのに余裕だな、とかあんまり動かない方がいいんじゃなかとか色々言いたいことはあったけれどウォルはそれを飲み込んで笑みを貼りつけた。


「ああ、おかえりなさい」

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