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秘密

 二人がシーナに追いついたのは五分ほど後だったと思う。ここは無駄に広いので追いつくのにやたらと時間がかかってしまった。まだ事態は収拾していないらしく怒鳴り声が響いていた。


「シーナさん、大丈夫ですか?」


 クジュを半ば引き摺るようにしてなんとか追いつけばシーナは扉近くでどうしていいのかわからずひたすらに周りをうろついていた。何度かやめてくださいという悲痛な叫びが聞こえてきたがチェックとナイトラはそれに耳を貸していないようだった。

 クジュを離して、クジュが壁に寄り掛かったのを見届けてから部屋の中を覗けば漫画のようなタイミングで目の前を陶器がもの凄いスピードで通過していった。鼻先を掠めた陶器は減速しないまま廊下の壁に直撃して粉々に砕ける。驚きのあまり身体を仰け反らすが当の本人たちは全くこちらのことなど気にしていないようだった。


「こんっの馬鹿が! 王が騎士庇おうとしてどうする!」

「お前こそ王になんて口ききやがる! お前なんて騎士失格だ!」

「はっ、なんとでも! どうせ俺は騎士失格だ。で、それが何か?」


 喧嘩の内容は理解出来るような、出来ないような。どうやら先程チェックガナイトラを庇うような動きを見せたのがナイトラの怒りに火をつけているようだった。しかしそれだけでここまで身分を無視した大喧嘩が勃発するものなのだろうか。ウォルには理解出来ない。クジュは壁を支えになんとかドア付近まで歩いてくると中を覗きこんだ。

 部屋の中は酷い有様だった。お互いに投げつけたと思われる陶器などの残骸は部屋中に散らばっていていつ怪我をしてしまわないとも限らないような状態だ。武器まで持ち出して喧嘩をしていたのか棚には真新しい切りつけられた傷がいくつも見受けられた。しかし武器は二人の手元にはなく投げ出したように不規則に床へ破片に混じって転がっている。


「お前はいつもそうだ! 身分がどうこうって、関係ないだろうが!」

「関係ないわけないだろ馬鹿王。少しは頭冷やせ」

「誰が馬鹿だ!」


 チェックの方が不利なのかナイトラが見下すように淡々とそう返す。するとチェックの怒りに触れたのかチェックは近くの棚の引き出しを勢いよく引くと中に整頓して収納されていた宝石の散りばめられている装飾品を取り出した。手に収まるサイズの鏡を掴み出すとそれをナイトラに向けて全力投球する。ナイトラがそれを回避すればチェックは引き出しの中から指輪を取り出して投げつけた。それにも宝石が埋め込まれていたりするのだろうがウォルの位置からはよく見えなかった。


「もう、やめてください! 二人とも、お願いですから!」


 そう懇願するシーナは涙を流していた。それでも部屋の中に入ることは出来ないようでドア付近で足が止まっていた。クジュは何も言わず険しい表情で喧嘩を続行する二人を眺めている。その険しさは体調の悪さからくるのか、それとも別の何かからくるのかはウォルには読み取ることは出来なかった。


「俺は! 俺はなあ!」


 次から次へと物を手当たり次第に投げつけるチェックはそのうちに涙声へと変質していき、それに呼応するようにナイトラは投げつけられた物を避けることを唐突にやめた。それは泣きだしそうになっているチェックに対して驚いているようでもあったし他にも意図があるように思えなくもなかった。

 チェックが投げつけた物のひとつである鋏はナイトラの頬を掠め、傷を作って床へと転がった。鋏が目に当たれば失明しかねないのだがナイトラは避けようとはしていないし、チェックはその危険性を判断出来る程の冷静さは持っていないようだった。


「どうすりゃいいんだよ! 教えてくれよ! 俺は!」


 投げる物が尽きたチェックは崩れる表情を隠すように両腕をクロスさせるとそれで顔を覆った。それでも隠すことが出来ない口は零れ出しそうな泣き声を無理矢理押しとどめようとしているせいで酷く歪み、絶え間なく震えていた。溜め込んで溜め込んで、噴出してしまいそうな感情をそれでも吐き出させまいと必死に堪えているような印象を受ける。その印象と実際はたいして違いがなかったのかチェックは唇を震わせたままゆっくりと口を開いた。


「俺はお前が好きなだけなんだよ……」


 衝撃的な告白だ。ウォルは驚きの余りに周りを見渡すが喧嘩を眺めるシーナもクジュもチェックの告白に驚いた様子はなかった。クジュは驚く気力もないのかもしれないがそれにしても無反応なのは気にかかった。


「クジュ、もしかして気付いてたんですか……?」


 クジュは黙り込んだまま何も言わない。否定ならどういう形にせよ反応を見せるはずだ。それならばこれは肯定という判断でいいのだろうか。横目でシーナを見れば彼女は床にへたり込んで涙を流し続けていた。顔は手で覆われていて嗚咽しか聞こえないが泣いていることは間違いなかった。彼女を慰めるべきか、喧嘩を仲裁すべきか迷っていると喧嘩は方には変化が現れたようだった。


「どうしろって言うんだよ。離れればいいのかよ? 離れて、どうなるんだよ。離れて普通にやってけ


る自信はねえ。でも迷惑なんだろ、離れたいんだろ? 言えよ。頼むから、そう言ってくれよ!」

 血を吐くようにチェックが叫ぶ。涙声になっているせいで叫びは掠れてところどころよく聞き取ることが出来ない。それでも全体の意味を理解するには充分だった。鼻を啜りながら嗚咽を漏らすチェックはもうなりふり構ってはいられないらしい。目を何度も服の袖で強く擦って涙を無理矢理拭うと腫れぼった目で真っ直ぐにナイトラを睨みつけた。ナイトラはそれに動揺した様子も見せず着実にチェックに歩み寄る。

 チェックの発言は矛盾だらけで、冷静さを欠いていることはすぐにわかる。だがナイトラは先程から一切喋らず表情を崩さないので何を考えているのか、冷静なのかそうでないのかは判断出来ない。もしもナイトラまで冷静さを欠いているというのであれば割って入って止めなければいけないのだろう。そんな風に身構えながらナイトラの行動を見逃してしまわないように観察する。ナイトラは喚くチェックの目の前まで歩み寄ると突然両手を大きく広げた。あまりにいきなりの行動にチェックが肩を震わせて驚くがナイトラは意にも介さない。


「もう黙れ」


 ここでようやく不愉快そうにではあるが表情を歪めたナイトラはチェックの背中へ手を回すと優しい手つきでチェックを抱き締めた。あまりにスマートな動作に誰もが反応出来ずにいるとチェックは驚愕の余り泣き止んだ。空気に溶け込むような震えた声はもう聞こえなくなっていた。


「……」


 何か言いたいのだろうが声のせいでクジュが何も言えないでいる。そこまではわかったのだが流石に何を言いたいのかまではウォルにはわからない。それが歯痒い。そんなことを考えているのがクジュの方には伝わってしまったらしく気まずそうに目を逸らされてしまった。余計に歯痒い。

 チェックを抱きこんだナイトラは目線をこちらにやると億劫そうに首を動かした。その表情はひどく面倒臭そうで、そのくせチェックにうつされたのか泣き出しそうに瞳が細められている。


「クジュ様、ウォル様、姉さん。申し訳ないのですが客間で待っていてください。チェックが落ち着い

てから説明に向かいます」


 ウォルとクジュに対してなのだろう。丁寧な言葉遣いをするナイトラはこれ以上三人に踏み込まれることを拒絶していた。しかしそんなことは知らないとばかりにクジュは部屋の中で踏み込もうとする。クジュの肩を掴んでそれを阻止すれば睨まれたが気にしない。


「ナイトラさんが出て行ってほしいって言ってるんですからその通りにしましょう。話は後でも出来るじゃないですか」


 それでも止まろうとしないクジュの脇に手を差し込み、抱えるようにして無理矢理引き摺っていく。まだ体調は万全ではないらしくさほど抵抗は受けなかった。それを幸いとばかりにクジュを引き摺る。シーナに客間の場所を聞いて案内してもらう。シーナも戸惑っているようで先程までの泣き顔は引っ込んで困惑が前面に押し出されていた。


「すみません、客間はこちらになります」

「あの、シーナさん」

「はい、なんでしょう」


 わずかながら抵抗を試みるクジュをなんとか押さえこんで運びながらシーナに目をやる。最初は困惑していたシーナはチェックとナイトラから離れれば離れるほど冷静さを取り戻してきているようだった。客間が近付いてくるとシーナは弱々しくウォルへ微笑んだ。


「心配してくださらなくても大丈夫ですよ。最初から私の立ち入る隙間なんてなかったんですから」


 自虐ではないらしく諦めた様子のシーナはその一言でウォルの表情が悲痛に歪んでしまったことに気付いたのだろう。もう一度大丈夫ですからと繰り返してから客間のドアを開けた。金属が擦れ合う音を何気なく聞きながらまるで悲鳴みたいだなんて馬鹿げた感想を抱く。するとそれを見透かしたようにクジュが鼻で笑った。何がおかしいのかとクジュを見たがクジュはウォルから目を逸らしただけで何も語ろうとはしなかった。

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