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うっかり絶体絶命

 ここ数日は窮屈な思いをして過ごした。

 逃げ出さないようにするためなのかほぼ二十四時間二人には誰かの世話係という名の監視が張りついていた。クジュなどは露骨に嫌そうな顔をしたがウォルはさほど苦痛には感じていなかった。というのもチェック以外からは依頼の話を一切されないからだろう。クジュはナイトラを嫌っている上になんだかチェックを避けているようで、どちらかが監視につくと嫌な顔をする。でも何やら忙しいのかチェックとナイトラは片方、もしくは両者が不在であることが多かった。シーナにそれとなく聞いた話によれば民衆の不満が爆発寸前で王であるチェックとその護衛であるナイトラは多忙なのだそうだ。

 それならば何故クジュに依頼を受けるように催促をしないのか。例えばウォルを人質にとって脅すだとか、無理に従わせようとするなら方法はいくつかあると思うのだがチェックはそれらを実行しようとする様子はなかった。ウォルにはそれが不思議で仕方ない。今こそクジュを使う時ではないのだろうか。わざわざそれを指摘してこちらが不利になる必要もないかと思い口を噤んでいるのだが官邸にいる全員がそれに気付いていないとは到底思えなかった。

 そして今日は今日で何かあったらしくチェックが正装で一番豪華そうな部屋へ入って行くのを見かけた。それにナイトラとシーナが続く。特に大人しくしているなどという指示はなかったのでウォルは物音を極力たてないようにクジュの元へと急いだ。靴と床が擦れて音をたてないように足を上げて、音をたてないように足を床に下ろす。その作業を何度も繰り返してなんとかクジュがまだ寝ている部屋へと辿り着く。最近クジュはやる気がないのか自堕落になってしまっていた。


「クジュ、起きてください」


 あまり声を大きくしてしまわないように注意しながらクジュが潜って膨らんでいる布団を軽く叩く。しかしクジュが起きる様子はなくわずかに身じろぎをしただけだった。素直に起きてくれるとは思っていなかったので仕方なくの端を握る。それから下から上へ持ち上げるようにして布団をクジュから引き剥がす。布団の中で丸まっていたクジュは差しこんできた太陽光が眩しかったのか目を細めた。


「……眩しい。布団おろせ」

「起きてくださいよ」


 クジュの苦情は無視して先程見たものを話す。いつもと様子が違ったことを強調して話すと食いついてきたのかクジュが身を起こした。それでもまだ眠いのか目は半開きで眉間には不機嫌さからくるのか深い皺が刻まれている。起こされて不機嫌になるのなら自分で起きればいいのではないかと思う。


「……寝巻なんだが」

「知らないですよ。俺だって寝巻ですし」


 着替えの場所を知らないのだから着替えようがない。それに寝巻といってもほとんど部屋着に近いもので一見しただけで寝巻だと気付かれてしまうことはないだろう。要はクジュは気にしすぎなのだ。渋るクジュの手を取れば観念したらしくベッドから緩慢な動作で出てきた。

「俺達の能力が透視だったりすれば部屋の中堂々を覗けるんですけどね」


「で、また余計な代償背負うつもりか?」

「別にそういうわけじゃないですけど」


 ウォルとクジュは、特殊な力を持っている代わりにそれを使用する度に相応の代償を負う。ウォルは授かった以上仕方のないことだと割り切っているのだがクジュはそうでもないようで。未だにウォルとクジュ自身の能力を毛嫌いしている節があった。それなのに能力のことについて軽々しく話すウォルが気に障ったのだろう。それは悪かったと思う。でもそんなに怒る必要もないのではないかと思う。寝起きで不機嫌だからといって八つ当たりはやめてほしい。

 三人が入って行った部屋まで案内するためにウォルが先を歩く。そういえばこの官邸は相当に広いはずなのだがあまり人を見かけたことがなかった。今までは誰かが必ずと言っていいほど監視についていたのでそこまで意識はしていなかったのだがこうして二人きりになってみるとこの官邸の静けさは異様だった。靴と床が擦れる音さえもこの静寂の中ではひどく大きく響いてしまう。足跡を潜めていたいこの状況からすれば煩わしいことこの上ない。文句を呟くことも憚られてただ目的の部屋を目指して足を進める。背後でクジュが緊張感なく欠伸を漏らした。


「ここです」


 無駄に長い廊下を通過して突き当たったドアを指差せばクジュがもう一度欠伸。本当にやる気が感じられない。こんなことなら一人で来るべきだったかもしれない。ウォルが早くも後悔し始めているとクジュはウォルより前へ進み出ると音もなくドアへ張りついた。


「ちょっ、クジュ?」


 ドアの向こうに悟られてしまわないように声を抑えながらクジュの行動を咎める。気付かれてしまったら最後、殺されかねない状況に自分達が置かれているということをクジュは自覚しているのだろうか。否、自覚していないに違いない。クジュを引き戻そうと手を伸ばしたところでクジュがそれよりも早くドアの隙間に手をのばした。そろそろと隙間に指を差しこんでわずかな隙間を作ったクジュは顔を近付けて中を覗きこむ。

 流石に二人で覗くのは勢い余ってドアを開けてしまうなんてお約束なパターンに陥ってしまいそうなのでウォルは隙間から横へずれた。あちらの視界に万が一にも入ってしまわないようにするためだ。



 中央の豪華そうな椅子には王であるチェックが深く腰掛けていた。その横には剣に手を置いたナイトラが控えている。その少し離れたところにはシーナが壁沿いに遠慮がちに控えていた。そしてチェックの正面には腰に剣を携えた使者が跪いている。

 流石は王と言うべきかこれまでクジュはチェックに対してあまり厳格なイメージは抱いていなかったのだがその表情は固く引き締められていて、普段のだらしない雰囲気は一切感じられなかった。ナイトラは普段と変わらず仏頂面ながらも使者に遠慮のない殺意を飛ばしていた。射るような目はそれだけで使者を殺してしまいそうだ。シーナはここにいることが場違いだということがわかっているのか居心地が悪そうに目線だけを泳がせていた。


「この度は如何様か」


 普段はどこか間延びした喋り方をするくせにチェックは淡々とそう使者へ問う。その声音には一切優しさといった類のものは含まれていないようだった。いつもこんな調子なのか、それとも今回が特別なのか。

 使者は特に怯んだ様子もなく「はっ」と口にすると顔を上げてチェックと目を合わせた。


「何度か忠告させていただいたあの件について大臣より伝言を預かっております」

「やっぱりそれか」


 何度も言われ続けていることなのかそれを聞いた途端チェックがうんざりした顔を作る。シーナが申し訳なさそうに俯くがナイトラの表情に一切変化は見られなかった。主君と姉の問題だというのに随分冷めた反応だと思うがクジュにとってそんなことは大した問題でもない。

 使者はチェックが露骨に聞きたくないといった表情をしているにも関わらず続けた。子供のように感情をすぐに表情に出してしまうチェックを快く思わないのか咎めるように「王」と呼んでから使者は続けた。


「我々も王の御意志を尊重したいのです。しかし身分を越えてはなりません。これはこの国が遥か昔より遵守してきたことです。それを王が易々と破ってしまうわけにはいかないのです。どうか御理解を」


 理解を乞うように再び頭を垂れた使者をチェックは困り果てた表情で見下ろす。どう返答するべきか迷っているのかその憂鬱を凝縮したように思われる深い溜息を吐き出した。


「何度も言ったとは思うが俺は譲るつもりはない」

「……そうですか。それで国民の不満が募ったとしてもですか?」

「どうせ何してもぶーぶー言われるなら好きなようにさせろ」


 何度も同じやり取りを繰り返してきたのかチェックの言葉にはあきらかな疲弊が含まれていた。その返答を聞いて使者が申し訳なさそうに目を伏せる。


「そうですか。では仕方ないですね」


 使者は視線を落したまま腰の剣へ手をやる。それを一瞥したナイトラの眉間に皺が寄った。そしてチェックは逆に面白そうに口端を吊り上げる。よく事情を知らないクジュにもこの後の展開は安易に想像出来たがチェックはそれを楽しんでいるようだった。


「で、どうするんだ?」


 おかしくてたまらないとばかりに口許を緩めるチェックをナイトラが横目で睨みつける。それもそうだ。守るべき者がこうも緊張感を欠いていれば守りにくい。毎日こんな様子のチェックを守っているのかと思うとナイトラに同情してしまう。


「はい、それならば」


 鯉口を切った使者は先程までの申し訳なさそうな表情に無表情を上塗りした。それを視認したナイトラが剣に手をかけたのと使者が動き出したのは同時だった。


「消えてもらうまでです!」


 剣を引き抜いた使者が床を蹴って駆け出す。ナイトラはチェックを守るために庇うように前に立ちはだかると剣を引き抜く。しかし使者はそれを一瞥すると方向転換をして再び駆け出した。使者の視線の先にいるのはシーナ。最初から使者の狙いはシーナだったようだ。チェックがシーナの名を叫び、ナイトラが舌打ち混じりに使者の背中を追う。シーナは恐怖に震える足を叱咤して逃げ出すがその時点で使者はかなりの距離を詰めていた。足をもつれさせながらもなんとか逃げていたシーナは動揺のせいかバランスを崩し、床に転がってしまう。彼女の眼前にまで迫った使者は剣を振り上げた。しかしそれを振り下ろすよりも早くナイトラアが追いつき剣を構える。剣を振り下ろすのを阻止しようと動き出したところで使者は素早くナイトラへ方向転換すると振り上げていた剣をナイトラへ斜めに振り下ろした。ナイトラはすかさず後方へ飛び退いたが攻撃の全てを回避することは出来ず、剣の動きに沿って服が裂け、赤い線を作りだす。


「最初から、これが狙いか」

「王の騎士は大変優秀だと聞いておりましたので」


 ナイトラの呟きでクジュはようやく理解する。チェックを殺そうとしたところでナイトラが妨害するのはわかりきっている。だから先にナイトラを始末してしまわなければならない。だから使者はシーナを狙ったと見せかけてナイトラが来たところを素早く身を翻してナイトラに目標を定め、傷を負わせた。ナイトラの行動を予測していないと出来ない計画ではあるが使者の読み通りに動き、傷を負った。傷口は深くはないようだが血が重力に従って滴り落ちている。


「利き腕の負傷は多少なりとも貴方に不利に働くはずです」

「利き腕の負傷如きで護衛がつとまらなくなる者は騎士とは言えない。王の騎士を甘く見るな」


 使者の挑発に冷たく返したナイトラは使者に攻撃を仕掛けるがやはり利き腕の負傷は大きいようで使者に軽々と受けられてしまった。舌打ち混じりにナイトラは身を引いて耐性を整える。使者は優勢にも関わらず気は抜いていないようでナイトラを睨みつけていた。


「ナイトラ、もういい! 下がれ」

「ふざけんな。もういいってなんだ、死ぬ気かアンタ」


 チェックの言葉に対してナイトラは一瞥くれることもなくそう返した。最早王に対する言葉遣いではないのだがそれに対する疑問を投げる者はこの場にはいなかった。そんな余裕がないと言った方が正しいのか。二人が戦っている間に起き上がっていたシーナはチェックの傍まで駆け寄るとチェックに逃げるように促した。しかしチェックは首を横に振る。そして逃げるどころか睨み合っている二人の方へ歩み寄った。


「王! お戻りください! 駄目です!」


 シーナは叫ぶが恐怖で動けないのか直接チェックを引きとめることはしない。それをいいことにチェックは未だにお互いに牽制を続ける二人の間に割って入る。本来なら制止しなければいけないはずのナイトラもあまりに唐突な行動に呆気にとられているようだった。しかしすぐに正気に戻ったようでチェックの肩を掴むと強引に後ろへ下がらせようとする。だがチェックが動く様子は見られなかった。チェックは使者を真っ直ぐ見据える。


「それが国の方針なら仕方ないな。殺したいならさっさと殺せばいいだろ」


 疲弊しきった表情で言うチェックの言葉は本音だろうか。クジュの位置からは使者の顔は見えないがそれでも動揺は伝わって来た。それでも使者の任務はチェックを抹殺することだ。それを違えることはないだろう。その証拠に使者は剣を強く握り直した。そして剣を突き出そうとしたところでナイトラがチェックの首根っこを掴んで思い切り後ろへ引き倒す。


「うおっ!?」

「倒れてろ、馬鹿王」


 ナイトラは腰を落とすと使者の突きを回避する。それから剣を逆に構えると柄を使者の鳩尾に埋め込む。突然のことに使者がくの字に折れ曲がった。今の一撃で使者は意識を失ったのか体重全てがナイトラにかかる。ナイトラはそれを軽々と受け止めると刀を戻してからクジュを睨みつけた。


「この馬鹿が。アンタ今何しようとした」


 これは確実に王に対する態度ではない。しかしチェックはそれを咎めない。それはシーナも同じで、ただシーナは心配そうな目で二人を見ているだけだった。視線だけで殺してしまえるのではないだろうかと錯覚してしまうくらい怒気が含まれたナイトラの視線をチェックは軽々と受け流す。それからナイトラに身体を預ける使者を一瞥した。


「それよりもそいつどうするか考えようぜ。始末すればそれこそ問題になっちまう」


 わざとらしく話題を逸らしたチェックにナイトラが盛大な舌打ち。チェックはそれを無視すると顎に手を置いて考え事を始めた。シーナはしばらく状況に追いつけず固まっていたがナイトラの傷に目がいくと弾かれたように走り出した。


「救急箱取ってきます!」


 あまりに突然の行動で慌てたのはクジュの方だ。慌てて周りを見渡すが隠れられそうなところはないし、別の部屋に隠れようにも部屋まで移動している間にこちらに向かってくるシーナの視界に入ってしまう。どうしたものかと考えたのは一瞬でどうするべきかなんて決まっていた。


「へ? ちょっ、クジュ」


 咄嗟のことでウォルが制止しようとするがそれを無視してドアを思い切り押し開けた。同時にシーナが引き攣った悲鳴と共に足を止め、チェックとナイトラが驚愕の表情でこちらを見ている。どうやら今回は気付かれていなかったらしい。三人が直面している問題を解決する提案をしてやろうと思ったが声のせいで憚られて、振り返ってウォルに視線を投げた。まだ隠れていたウォルはそれで観念したのかドアの陰から申し訳なさそうに姿を現すとクジュの考えている提案をクジュに変わって口にした。


「お困りのようですね。皆さんご存じかと思いますがクジュはちょっと特殊なんです。よろしければ協力しますよ」


 そう言ってはみるもののクジュの考えが読めないのかウォルは不安げな視線を投げてくる。だがそれを今わざわざクジュに伝える必要はないだろう。その視線には気付かないふりをして三人を見た。

 何を隠しているのか知らないがこの機会にさっさと暴いてしまおう。こんなところにいつまでも留まっているほど暇ではないのだ。

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