NOT以心伝心
「あ、クジュ。どこに行ってたんですか?」
「それはこっちの台詞だ。部屋にいなかっただろ」
「シーナさんに頼まれて手伝いをしてたんですよ」
呑気にウォルがそう言うので一気に疲れが襲ってくる。部屋まで戻ってきてウォルの姿が見当たらないことにクジュが動揺していると何食わぬ顔でウォルが戻ってきたのだ。長い間息を殺していたせいかクジュがかなり疲れ切っていた。おまけにウォルと離れていたので自身の声に侵されたままになってしまっている。気持ち悪さのあまり額に汗が滲む。吐き気すらも襲ってくるが吐いても楽にならないのはわかっていた。
「ウォル、何でもいいから喋れ」
一々説明するのが面倒でそれだけ言えばウォルは状況を察したようだった。ウォルはクジュにとってなくてはならない存在だった。クジュの声は特殊で聞いたものの神経を次第に侵していく。それは声の主であるクジュも例外ではなく、そうなれば一番被害が大きいのはクジュであるはずだった。しかし幸運なことにウォルはクジュとは正反対の性質を持っていた。クジュの声質が穢すことならウォルの声質は浄化することだった。
「さっきナイトラさんがクジュのこと捜してましたけど何かしたんですか?」
答えない。やはりナイトラは気付いていたらしい。そうでなければあの愛想のない人間がわざわざクジュを捜すはずがない。ウォルも何か感づいてはいるのだろうがそれ以上は聞いてこない。黒ずんだ液体の中に水のようなその声をひとつ垂らせばそれだけでその黒全てを浄化出来るのではないかと思えるほど澄んだウォルの声はクジュの中に堆積するどす黒いものを浄化していった。ただ、ウォルの声も悪影響を全く及ぼさないわけではない。クジュの声がクジュ自身を侵すようにウォルの声はウォル自身も浄化を始めてしまう。
「……もういい」
気分の悪さが消え失せたところでそう言って手を軽く振る。それでもまだ口を開こうとするウォルの口を手で塞いで黙らせた。中途半端に口を開いたせいでウォルの口からはおかしな声が漏れる。
わざわざこちらからナイトラに会いに行く必要もないだろう。用件があるのならあちらから来ればいいと思う。奴等はまだ二人を殺さない。目標を達成していないからだ。それがわかっているからクジュは布団にもう一度潜り込む。体調は万全ではないし、起きていたところであの三人のいずれかに監視されて窮屈な一日を過ごすことになるのだろう。それならば寝ていた方がよっぽど有意義だ。
どうしていいのかわからず戸惑うウォルの腕を掴んで布団の中へ引っ張り込んだ。困惑を滲ませるウォルに気付かないふりをしてその腕を離すまいと力を込めればウォルが諦めたらしく脱力した。それに満足してからクジュはこれからどうするべきかと考える。どうにも彼等は何かを隠しているような気がするのだ。それがわからない以上はどう動いていいのかもわからない。それがもしクジュの手に負えないようなものだったとしたらなんとしてもウォルだけは生かさなければと思う。そしてその誓いをウォルに気取られてしまわないように早々に目を閉じると眠りに身を委ねた。