感謝
読んでくださりありがとですっ✨️
にゃーw
僕には元気がなくなっていた。
僕は魚屋を営んで3年目。
中学を出てから魚屋の仕事をして
20年程、下積みをして
3年前に独立した。
元々、早起きが得意で小学生の頃から
魚が好きだった。
魚を捌くのが好きだったし
食べるのも好きだった。
中学時代に悪さをし過ぎて
何処の高校も受からなかった。
それはそれで良いと思い
魚屋で働いた。
親も早く働けと言ってたし。
魚屋での修行が楽しかった。
師匠というか大将というか社長が
大好きだった。
社長は高齢で痴呆が入ってきて
仕事を辞めた。
そのあと、社長の息子さんがあとを継いだ。
社長が住んでいる施設には
ときどき行く。
社長の勧めがあって
3年前に独立した。
社長の所の従業員の後輩が僕の店に
ついてきた。
社長の息子さんとも仲良く切磋琢磨して
仲が良い。
結婚はしてないが
そこはそんなに不自由じゃないけど
元カノと結婚の話しになったが
お互いが結婚を意識し過ぎて
結局は別れた。
今はフリーで遊んでいる。
そんな充実した毎日の連続だった。
毎日が楽しかった。
夜中の3時にスパっと起きてから
魚市場に行くのが毎日の1番の楽しみだった。
旨い。
絶対に旨いだろう魚を選び買い付けをするのが
1番の楽しみだった。
よっぽどに魚が好きなんだと思う。
今も魚は好きだけど、
元気がなくなってしまった。
魚屋で、いつも来ないお客様から
突然に魚の文句を言われて
殴られてから
パタッと元気がなくなってしまった。
起きれなくなった。
魚の事は好きだけど働けなくなってしまう程に
元気がなくなった。
社長の息子さんの所の従業員が僕の店に
応援に来てくれて僕の後輩の従業員と
一緒に店をきり盛りしてくれている。
待ってくれている。
僕を。
元気になる僕を。
待ってくれている。
だがそれがプレッシャーになって
いっぱい寝てしまう。
ある日、僕のアパートに社長が1人で着た。
痴呆がはいった社長が施設から
歩いて着た。
僕がお茶を出そうとすると、
「寝とけ。」
と言って、
社長は自分でお湯を沸かし
お茶を飲んで、
黙って僕の家で過し、
夕方になって施設に帰った。
それから数日がたって
社長が毎朝、僕のアパートに
魚と包丁を持って
捌いて
僕に食べさせてくれる。
朝ご飯を食べたあと
社長と散歩するようになった。
数日がたつと
自分から起きれるようになった。
社長がくる前に起きれるようになった。
社長が着て。
僕が布団から起きてると。
「お茶出せ。」
と言い、
僕はお茶を沸かせるようになった。
少しずつ元のように動けるようになった。
社長が毎朝、持ってくる魚を
捌いて、調理して社長と食べるようになった。
そのあと、社長を施設に車で送れるようになった。
ある日、社長が言った。
「お前のせいでまだ死ねんやんか。」
嬉しいような不安なような感覚がきた。
頑張ろう!
社長を安心させたい。
そう思ってからの僕の回復は早かった。
自分の店に戻れた。
後輩の従業員も、喜んでくれた。
社長の息子さんところの従業員は
「遅い!店が忙しい!」
と言って目に涙を溜めながら働いていた。
社長の息子さんに会いに行った。
社長の息子さんは
「魚に集中しろ!」
と言いながら、
祝い酒をしてくれた。
自分の店に戻ってから
社長の施設に行った。
社長はまた痴呆が出ていた。
だが、僕の事は覚えてくれていた。
僕が店に戻って2週間がたった。
社長の息子さんから電話があった。
社長が亡くなったらしい。
社長の葬儀のあと
親族でもない僕に
社長の家族が
社長の骨を拾わさせてくれた。
感謝してもしきれません。
たくさんの社長との思い出が込み上げてきて
たくさん泣いた。
みんなで泣いた。
それからの僕は
店に戻った。
社長の写真を店に飾って。
毎日、夜中の3時に起きて
楽しみの買い付けに行き
店に戻り、店をきり盛りする。
僕がこうやって店をきり盛り出来るのは
みんなのおかげだ。
社長の写真の下に1杯のお茶を置いた。
「社長、ありがとうございます。元気に毎日やってます。」
そう言って僕は魚を毎日捌いてる。
親方というか
読んでくださりありがとです♪
にゃーw




