青白い化け物
青々と茂る巨木。水面を起つ三つ目の白鳥。木の根元に生えている正体不明の食虫植物。そして、身の丈3メートルはあるであろうキノコ。
元いた世界と似通っている箇所もあったが、所々に違いが紛れ込んでいた。
「ウィリアム、とりあえずは安全な拠点を設営したいんだが、何か考えはあるか?」
「機動力のある我々が辺りを探索し設営場所を見つけます。その間、ジャンクの皆さんは食料などを探していただければ助かります」
「了解。5時間後にまたこの場所で落ち合おう感じでいいか?」
「えぇ、それで構いません。戦闘要員を一部置いて行った方がいいですか?」
「いや必要ない」
「了解しました」
エミュー機動連隊は拠点探し
ジャンク一同と西園寺匠組は食料の確保
其々が仕事に取り掛かった。
「太陽の位置からして現在時刻は午前10時頃。5時間後の午後3時にはウィリアム達と合流する予定だ」
「日が落ちてからが本当の勝負になりそうだね……ってシャルロットちゃん、ちょっとワクワクしてない?」
シャルロットは目を輝かせながら辺りをキョロキョロとしていた。
「す、すみません。私キャンプとか初めてだったのでつい……」
「おいおいおい、大丈夫かよ」
すると、ウェレは匠の姿が見えない事に気がついた。
「……おい、タクミの野郎どこ行った?」
「あれ?さっきまでそこで寝てなかった?」
その時、近くの茂みがガサガサと揺れ動いた。
瞬時にウェレは銃に手を伸ばし、蓮もまた警戒態勢をとった。
「―――ふぅ、採れた採れたでござる」
背の高い茂みの中から、一人の人間が姿を現した。
その両手には見た事のない形状のキノコや果物が抱き抱えられていた。
「おい!どこ行ってたんだ?」
「おっとこれは失敬。拙者お花摘みに行っていたでござる。これらはそのついでに採取したでござるよ」
「……はぁ」
ウェレは溜息をつきながら、警戒姿勢を解いた。
「ここは『異界』の中だ。何をやるにも一言声をかけろ」
「す、すみません。ですがなるほど……どうりで見たことのない植物があるわけです」
「お前、喋り方が安定しないな」
「ま、まぁ……こればっかしは仕方ないです」
匠は抱きかかえていたものを地面へと置いた。
そして、そのうちの一つ、赤いイチジクの様なものを手に取ると、ぱくりと齧った。
「おい!」
「……ふむ。これは食べれますね」
口の周りを赤色に染めながら、匠は躊躇なく食べ進めた。
「赤って確か……一番不用心に食べちゃいけない色だったような」
「あぁ、俺が軍に居た時も赤はヤバイって話だった」
すると、シャルロットがトコトコと果物の近くへと寄って行った。
「シャルロット!」
「大丈夫です! それに、私が選んだものであれば食べれそうじゃないですか?」
「……確かに」
シャルロットは黄色い果物に手を伸ばそうとする。
しかし、その途中で匠に腕を掴まれた。
「それは多分駄目です」
「え。そうなんですか?」
「はい。生物学者としての勘が駄目と言っています」
「なるほど……」
「少し離れていてください」
匠は懐から小さなナイフと取り出すと、黄色い果物に突き刺した。
傷口からは白い液体が漏れ出る。
「……やはり毒ですね」
「あ、危なかったです!」
「外皮は触れても大丈夫だったので護身用として使うつもりです」
そう言うと、匠はテキパキと手際よくキノコと果物を選別していく。
「すげぇな……初見だろ?」
「そうですね。まぁ、天才生物学者と言われているかもしれない人ですからね。これくらい容易に――――――」
茎が付いたままの白く丸い木の実に手が触れた瞬間、匠はその場で倒れた。
ビクビクと体全体が痙攣している。
「「「……」」」
シャルロット、蓮、ウェレは打ち上げられたマグロの様に横たわる哀れなオタクを見下ろす。
「―――良い子は真似しないでくださいね」
「言わんこっちゃねーな!」
「茎は持てたのでいけるかなと……」
――――――――――――
「……さてと」
一同は装甲車に備え付けてあった紙コップの中身を覗き込む。
中には湖からすくい上げた水が入っており、一見は大丈夫そうだった。
「一応、先程ボクが全身浸かっているので大丈夫だとは思いますが……」
「飲み水として使えるのかは別の話だろうぜ」
「煮沸すればいいんじゃないでしょうか!」
「そうしてーのは山々だが、湿度が高いせいで火起こしの難易度がたけぇんだよな」
体感温度は27度前後、湿度はおそらく70を超えている。
木を集め予め割って置き、太陽光で乾燥さればいけそうではあるが……。
すると、蓮が思い出したかのような顔をしながらウェレの方を見た。
「ってかウェレなら飲めるじゃん。毒効かないでしょ?」
「……いや、死なないにしても、そんな不用心に飲みたくはねーよ」
「私なら大丈夫ですかね? 最悪、皆さんが無限下痢地獄に苦しむくらいでしょうし――――――」
ウェレは躊躇なく紙コップを手に取り中身を飲んだ。
「……反応は無いし、多分大丈夫だな」
「まぁ、でも煮沸はした方がいいよね」
「おい」
――――――――――――
ウェレは一旦の状況整理を行う。
「食料と水の問題は何とかなりそうだな」
「そうだね。後は機動隊の人達が帰ってきてから考えよう」
「ウェレさん!先に食べられそうな果物を運転手さんにあげてもいいですか?」
「あぁ、問題ない」
シャルロットが果物に近づいたその時、ウェレの足元に何やら球体状の物が転がってきた。
「ん?」
視線を足元に寄せるとそこには――――――人の頭があった。
「レンッ!」
ウェレは即座に銃へと腕を伸ばし、運転手を休ませておいた装甲車へと銃口を向ける。
するとそこには、ナニカがいた。
全長2メートルは有るであろう人型の青白い化け物。
異様に長い手足に、細く華奢な体。
顔には血走った剥き出しの大きな目玉が2つ、そして根本まで裂けた口には鋭利な牙が歪に並んでいた。
口の端からは血が滴り落ちており、右手に付いた長い爪もまた血に濡れていた。
左手には首のない運転手の体が掴まれていた。
「クソがッ!」
ウェレは躊躇なく銃の引き金を引いた。
押し出された弾丸は化け物の頭を正確に狙った。
しかし、化け物は首を90度に曲げ弾丸を躱した。
ウェレはすかさず2発、3発と着弾位置をズラしながら撃つ。
「……チッ」
化け物は運転手の遺体を盾にしながら銃撃を防いだ。
そして、掴んでいた遺体をコチラへと投げると、空いた左手で自身の頭を掴み、ゴキリと音を立てながら90度に曲がった首を直した。
「ファック!」
ウェレは地面の上を前転するように、投擲された遺体を避ける。
そして、銃撃をするべく即座に顔を上げた。
「ッ!?」
しかし、腕を上げ銃を構えようとした瞬間、いつの間にかに距離を詰めて来ていた化け物に首を掴まれてしまった。
90キロを優に超えるウェレの体が地面を離れる。
必死にその手を外そうと試みるが、人間離れした力で掴まれており、人の腕力でどうこうなる相手ではなかった。
「クケカコカキキキキケ?」
化け物は訳の分からない鳴き声を鳴らしながら、首をゆっくりと傾ける。
それはまるで、こちらの存在に疑問を持っているかの様だった。
「ウェレ!」
体に桃色のオーラの様なものを纏った蓮の飛び蹴りが化け物の首を捉える。
関節ではなく、骨の部分をへし折った鈍い音が響く。
化け物の体は大きく揺らぐ。
それと同時にウェレは拘束を解き脱出した。
「ナイス!」
「油断しすぎだよ!」
地面に着地すると同時に、ウェレは腰のホルダーにあったもう一つの銃を手に取った。
銃全体が黒色に統一された、他の拳銃よりも一回り大きいそれは、化け物の姿を捉える。
「――――――『黒ノ弾丸』」
銃口から赤黒色の弾丸が飛び出した。
それは、漆黒の軌跡を残しながら化け物の体の中央に突き刺さる。
「ガガ……グゲガギギガ――――――」
青白い化け物は、動揺の感情を見せながら地面に倒れた。
体をもぞもぞと動かしなんとか立ち上がろうとするが、段々と動かなくなっていき、終いには完全に停止した。
「……ウェレさん、大丈夫ですか!」
シャルロットは恐怖に染まった顔を見せながらも、ウェレの体を心配していた。
「あぁ、俺は大丈夫だ。他のやつは大丈――――――」
視線をシャルロットと匠に向けると、そこには失禁しながら気絶している男の姿が映った。
「――夫じゃなさそうだな」
ウェレと蓮は地面に横たわる化け物を注意深く観察する。
「こいつ【異界からの来訪者】だよね?」
「あぁ、おそらくはレベル2相当だな」
「いやぁ~、こんなのがうじゃうじゃいたら流石に面倒だね」
「ウェレさん……レンさん…………」
運転手の頭を抱きかかえたシャルロットが二人の元に近づいて来たた。
「……ここは『異界』の中だ。人は簡単に死ぬ」
「そうですね……この中で埋葬したらどうなりますか?」
「『異界』の消滅と共に、元居た世界のものは帰れる。だから埋葬はしなくていい」
「分かりました……装甲車の中に寝かせておきますね」
「あ、胴体は重いだろうから僕が手伝うよ」
蓮とシャルロットの二人は運転手の遺体を装甲車の中へと運ぶ。
そして、中にあった寝袋に入れると、丁寧に安置した。
ゆっくりとドアを閉める。
すると、遠くの方から獣の咆哮に似た音が聞こえてきた。
「……」
「機動隊が行った方向だよね?」
「そうだな。まぁ、エミューの足なら逃げ切れるとは思うが……」
「助けに行きましょうよ!」
シャルロットはピョンピョンと跳ねながら自己の主張を提示する。
「駄目だ。あまりに危険すぎる」
「そうですよね」
「いや、そこはもっと粘れよ」
地面にしゃがみながらシャルロットは毒果実を指でツンツンと突く。
その目は何処か虚ろで、虚無感があった。
「―――私、これを投げる事くらいしかできませんし」
「と言っても、それを敵の口に100発100中でぶち込めたら相当に役に立つと思うけどな」
「でも、その【代償】はおそらく……ウェレさんの銃弾が一発も当たらなくなったりすますよ?」
「よし、その辺で大人しくしてろ」
シャルロットは地面をゴロゴロと転がる奇行を見せる。
「それで?ウェレ的にはやっぱり『異界』からの脱出の方が現実的なの?」
蓮は鋭い目つきでウェレを見る。
それはまるで、ウェレが別の回答を持っている可能性を見抜いているかのようだった。
「そうだな。……ただ、『異界』の広さが分からない以上、『ボスをぶっ殺す』って選択肢は排除しない」
「正直、そっちの方が速そうじゃない? 僕とウェレは何とかなるかもだけど、シャルロットちゃんと匠は長期任務に耐えられないんじゃない?」
「……そうかもな。ただ、ボスの位置が分からない以上は――――――いや待て」
ウェレは砂浴びをしている猫の様に転がり続けていたシャルロットの首根っこを掴み持ち上げた。
「シャルロット、直感でいい、なんかヤバそうなやつの気配を感じる方角を指差してくれ」
「……方角ですか?」
「そうだ」
シャルロットは「うーん」と暫く悩んだ後、火山を指差した。
「流石にあの火山じゃないですかね?」
「よし、ウィリアム達が帰って来たら、火山を目指すぞ」
「……えっ!?」
――――――――――――
午後三時
太陽が頂点から落ち始めた頃、約束の時間がやって来た。
一同は出来る限りの食料を集めウィリアム達の帰りを待って居た。
しかし――――――
「……誰も帰って来ませんね」
「もしかして……シャルロットちゃんが『正路』を当てた影響で、ウィリアム達が『迷子』になったとか?」
「え、あっ……私やっちゃいました!?」
あわあわと慌てるシャルロット。
それを見て笑う三人。
しかし、そんな、ひと時の些細な癒しは長続きはしなかった。
ウィリアム達が向かった方向から何やら生物の足音が聞こえてきた。
「……エミューの足音だな」
「……でも一つしか聞こえないね」
訝し気な顔で一同は音の方向を見る。
すると――――――
「――――――助け……て…………」
「「「「ッ!?」」」」
そこにはエミューに騎乗した機動隊の一人が居た。
全身が血に塗れており――――――左腕が欠損していた。
傷口には何やら寄生虫の様なものが張り付き、ぐちゅぐりゅと蠢いている。
「ウェレさん!」
「あぁ!」
ウェレは太もも付近に装備していたミリタリーナイフを引き抜く。
そして、隊員の近くに駆け寄りエミューから降ろすと、寄生虫を一匹一匹削ぎ落としていく。
蓮は隊員の顔が見える位置へと移動する。
「何がありました!?」
隊員は真っ青に染まった顔で震える唇を開いた。
「……きょ、巨大なワニに追われてしまい……運よく洞窟を発見し中へと避難したのですが――――――」
隊員の体はガクガクと大きく揺れる。
そして、次第に体が風船のように膨張し始めた。
「クソがッ!!!」
ウェレはシャルロットを庇う様に飛び込んだ。
「―――巨大な蜂には……気をつkェ」
瞬間、隊員の上半身が破裂した。
内臓が周囲へと飛び散る。
そして、空気を震わせる振動音が聞こえてきた。
脳へと直接、不快感を伝播させるその羽音の主はゆっくりとこちらを見た。
「くたばれッ!!!」
ウェレは即座に体を起こし銃口を向けた。
しかし、巨大な蜂の様な生物は何をするでもなくそのまま飛び立ってしまった。
「……なんだ?」
「まずいです! 今すぐにここから逃げましょう!」
匠が恐怖を顔に張り付かせながら声を荒げた。
「ここに仲間を連れてくるみたいです!」
「マジかよ!」
ウェレはシャルロットを抱きかかえなら立ち上がり、エミューの上に乗せた。
「ウェレさん!? 私、エミューの乗り方なんて知りませんよ!?」
「タクミ! お前はシャルロットと一緒にエミューに乗れ!」
「ボ、ボクですか!?」
「そうだ! 直ぐに火山に向かうぞ!」
「くっ……やってみます!」
匠は果物を幾つかリュックに入れると、エミューの傍まで走った。
エミューの首元を撫でながらゆっくりと騎乗する。
「うお……おぉ……」
体が左右に大きく揺れる。
落ちないようにウェレと蓮がそれぞれ左右から支えた。
「もっと体をシャルロットに覆いかぶさるよう、前に倒せ」
「は、はい!」
匠の贅肉がシャルロットの背中を襲う。
「ぴやぁああああああ!」
「よし、行くぞ!」
ウェレがエミューの手綱を軽く引っ張ると、エミューはウェレと蓮の速度に合わせながら走り始めた。
「ウェレ! これは『ボスぶっ殺しコース』でいいんだね?」
「あぁ!」
一同は、この『異界』の主を討伐するべく火山を目指す。
――――――――――――
火山の隣にある山の頂上で、双眼鏡を覗き込む男が一人。
金髪をオールバックにした筋骨隆々の男は、視線の先にいる大男の動きを観察していた。
「……ウェレ・ウォーカー」
そう呟くと、金髪の男は双眼鏡から目を離した。
右目を縦に割る様にある大きな切り傷を手で触れる。
「これはこれは……面白くなってきたな」
男は左手で掴んでいた青白い化け物の頭をポトリと乱雑に捨てた。
後方、少しは離れた位置から複数の足音が近づいて来るのを感じとる。
視線を向けると、武器を持った青白い化け物達が列をなしていた。
「これはちょうどいい――――――準備運動といこうか」
右目に傷のある男は、口角を引き上げながら胸ポケットにしまっていたサングラスをかけると、不気味に嗤った。




