作戦会議
「うっ……吐きそうです」
シャルロットは緊張の影響か顔を真っ青にしており、今にも食べた物を吐きそうだった。
食事を終え、店内にはシャルロット、ウェレ、蓮の三人だけが残った。
三人は一つのテーブルを囲う様に座っており、ウェレは銃の手入れを、蓮はスマホの画面を見ながらポチポチと何かをやってた。
ゲンナリとしたシャルロットを見ながら、ウェレは口を開いた。
「まぁ、何とかなんじゃねーの?」
「う〜、私まともな戦闘経験とかないですし、絶対に足手まといになっちゃいますよ」
「そこはよう、ほら、あれだ―――気合いで何とか」
「無理ですよ!」
シャルロットはテーブルの上に両腕を投げ出し、うつ伏せのまま潰れる様に上半身を倒した。
仮に私が戦場に居たとして、私が無事でも、その代わりに誰かが無事じゃなくなってしまう危険性が高い。
であるのなら、私……最初から居ない方がいいじゃん!
そもそもの話、私のギフトって使い勝手悪いよね……代償が重すぎてまともに使えないし、使えたとしても誰か巻き込んじゃうし……はぁ、やっぱり今からでも辞退した方が――――――
すると、店のドアを何者かが開けた音が聞こえた。
「あら、ウェレと蓮じゃない。こっちに居るのは珍しいわね……ってあら?お客様かしら?」
シャルロットは声のする方向を見る。
そこには買い物袋を抱きかかえた、黒いスーツを着た綺麗な女性が居た。
肌は浅黒く、髪は漆の様に黒く艶々として美しかった。かけている赤縁の眼鏡は知性を感じさせ、自身がかけている物と同じ眼鏡であるのにも関わらず何処か差を感じてしまう。
「あ、あの!こんにちは!」
「あら、元気な子ね。私の名前はマリアよ」
「私はシャルロットです!」
「よろしくねシャルロットちゃん」
ウェレはマリアに目配せをする。
「今日からうちに加入したからよろしく頼むわ」
「あら!それは珍しいわね。あのオリバーが問題児以外を加入させるなんて」
「おい、俺のどこが問題児なんだよ」
「そうだよ。僕はまともだよ。ウェレ達と違ってね」
「おい」
「何か間違った事言った?」
「問題児筆頭が何言ってんだよ」
「ふぅ……やるか気かい?」
「チッ……しょうがねぇな」
ウェレと蓮はいつもの事であるかのように、テーブルの上で互いの手を合わせる。
互いの肘をテーブルの上に固定し、空いた方の手をテーブルの側面へと置く。
顔を見合わせながら3秒ほど硬直すると、まるで示し合わせていたかのようにそれぞれの腕に力を入れた。
「オラアアアアアアアアアア!!!元米兵なめんなよモヤシ野郎がゴラアアアアアアア!!!」
「ハハハハハッ!!!僕には妹力があるんだよオ!!!へし折れろやアアアアアアアア!!!」
二人は全身全力を自身の腕に注ぎ込む。
テーブルがミシミシと音を立て始める。
「―――壊したら弁償よ」
マリアがボソッと呟いたその瞬間、二人は何事も無かったかのように席へと座り直した。
「……全く。二人ともこの店に借金があるにも関わらず何をしているのやら」
「借金……ですか?」
「えぇ、この二人は良く店の備品を壊してるのよね」
「待ってくれマリア。俺達よりもヴァレリーとスフィアの方が壊してるだろ」
「そうだよ!彼女達の方がよっぽどタチ悪いよ!」
二人は「ふざけるな」と言わんばかりの勢いで抗議をする。
マリアはかけていた眼鏡を指で軽く持ち上げ位置を直す。ガラスの向こうには鷹の様に鋭い眼光が見えた。
「ですが彼女たちは仕事をして借金を返済していますよ?」
「「……」」
マリアの眼鏡が怪しく光る。
「……あぁ、全くだ。俺もそう思っていたところだ」
「そうだね。僕も同意見だよ」
「良く言うわよ」
「そ、それよりもだ。せっかくだし、シャルロットの事、見てみたらどうだ?」
「……見る?」
言葉の真意が分からず、シャルロットはキョトンとした表情でマリアの顔を見た。
「私は【鑑定】のギフトを持っててね。見た相手の本質的なものを見抜く事が出来るのよ」
「す、凄いです!」
「いえいえ、ハッキリと見える訳じゃなくて、何となくぼんやりと見えるだけなのよね」
「占い師に近い感じですかね?」
「そう言われてみれば近いかもしれないわね。宜しければ占いましょうか?」
シャルロットは興奮気味に頭を前後にブンブンと振った。
それを肯定と捉え、マリアは両手で自身の眼鏡を外した。
真っ黒い真珠の様な瞳がシャルロットを見抜く。
……光?
全てを塗り潰す黒が蜷局を巻いていて、その中央に明るく光り輝いているナニカが見える。
いや……これは――――――
マリアが光り輝くナニカをもっと良く見ようとしたその瞬間――――――突然、顔の無い何者かに頭を掴まれた。そして、その何者かはこちらの瞳を強引に覗き込んできた。
「いやっ!」
マリアは体を床へと倒し、能力の発動を強制的に停止させた。
「マリアさん!」
シャルロットは咄嗟に立ち上がり、マリアの肩に手をかけた。
ビクッと肩を大きく振るわせると、マリアは恐る恐る口を開いた。
「……シャルロットさん、貴方は一体……何者なんですか?」
「わ、私ですか!? 私はただのちっぽけな人間ですよ!あ、でも私の身長が低いのは寝不足と栄養不足によるものなので、病気とかじゃないので心配はいりませんよ!」
シャルロットは答え慣れているのか、一方的に早口で捲し立てる様に言った。
「……急にごめんなさいね」
「いえいえ!そ、それで……何か悪いものでも見えたんですか?」
得体のしれない存在による逆干渉……アレは一体何だったのか私には分からない。
推測するに、シャルロットちゃんの過去のトラウマや、恐怖、そういったものの具現化……もしくは――――――【ギフト】に関連した、別のなにか……。
「……シャルロットちゃんの【ギフト】って聞いても大丈夫なものかしら?」
「どうなんでしょう?」
シャルロットはウェレの方を見た。
「同じ会社の仲間なら問題ないと思うぞ。ただ、外でペラペラ話すのは厳禁だ」
「なるほど、分かりました!」
シャルロットは財布からコインを一枚取り出した。
そして、それを親指へと乗せると勢いよく上方向へと弾いた。
「マリアさん、表と裏どっちになると思いますか?」
「え……じゃあ表で」
「なら私は『どちらにもならない』で」
「え?」
弾かれたコインは空中でクルクルと回転しながら落下していく。
カコンと音を立てながらテーブルの上に落ち、コンパスで円を描く様に、旋回軌道で回っていく。
暫くした後、コインは完全に静止した。
「……嘘でしょ」
コインは側面を下にした状態で動きを止めており、表も裏もない状態だった。
「私のギフト能力は【幸運】です。おそらくは……」
これは……とんでもないわね。
『運』という目に見えない概念に干渉する力。未だ人類の科学は『運』を観測できていない。
故に、そんな【ギフト】が仮に実在するのであれば政府が放って置く訳がない……いや、幸運だから今まで捕捉されなかったという可能性すらあるわね。
であれば、この出会いは彼女にとって【幸運】な出来事であると予想できる。
ただ……
「マ、マリアさん?」
「あら、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」
すると、マリアは話を変えるべく視線をウェレへと送った。
「そういえば、私が来た時三人は何かを話し合っていたようだけれど、仕事の話かしら」
「ぐっ……」
先ほどまでの緊張が蘇ったのか、シャルロットはテーブルの上に突っ伏した。
「あぁ、急遽オーストラリアに行くことになってな」
「あら、それは本当に急ね」
「それでそいつ、飛行機が苦手らしくてな」
「あぁ……なるほど」
大体の問題を理解したのか、マリアは少しだけ考える。
「―――気絶させればいいんじゃないかしら?」
「どうしてですか!!!ここの人はみんな脳筋すぎませんか!?」
マリアの答えが余程面白かったのか、ウェレと蓮は爆笑する。
「ハハハッ!やっぱりそれしかねーよな!」
「僕もその案に賛成だよ!最高だ!」
「うっ……」
シャルロットの瞳は涙でうるうると揺れ動く。
「そ、そうね……他に方法があるとすれば、海路かしら」
「おいおいおい、それじゃー着くころには爺になっちまうぞ」
「ほら、アンナが造ってたでしょ?――――――『スーパーボート』」
その言葉を聞いた瞬間、ウェレと蓮の顔から笑みが消えた。
「……ジョークにしては切れ味がありすぎるぜ」
「マリアちゃん。それは僕らに『死ね』と言っているのかな?」
「え?そんなに危険なボートなんですか!?』
シャルロットは怯えながら質問をした。
「あぁ、アイツは間違いなく“天才”なんだが、それと同時に頭がイカレてんだよ」
「本当にね……僕もギフテッドじゃなかったら多分三回くらい死んでるもん」
「そんな……」
「じゃあ……ルーシーに―――」
「「アイツはもっとヤバい!!」」
ウェレと蓮は同時に声をあげた。
それを見て、救いを求めるようにシャルロットはマリアの顔を見上げた。
「……一応、一時的に仮死状態にする薬なんかもあった気が―――」
「怖いですよ!!!それなら気絶していた方がいいですよ!!!」
「そ、そうかもしれないわね……いや、待って。そういえば―――」
マリアは何かいい方法を思いついたのか、スマホを取り出して何処かへと電話をかけた。
「――――――そう、大丈夫そうかしら? えぇ、それでかまわないわ」
一通りの話がついたのか、マリアは電話を切る。
「知り合いの【転移】のギフテッドに話をつけたわ。これでオーストラリアまで一瞬で行けるわ」
「おいおい、良く交渉できたな。【転移】って事はジャックスのやつだろ?」
「えぇ、そうよ。この間、彼女さんの浮気を見抜いてあげてね。それでお願い事を一つ聞いてもらえる権利を持ってたのよ」
話を聞いてウェレは爆笑する。
「ハハハッ!女に浮気されるとはついてねーな!」
「まぁ……彼、女難の相が凄かったから……」
「クククッ、ま、とりあえずは何とかなりそうで良かったわ」
ウェレの言葉を聞き、シャルロットはどこか安堵した表情を見せる。
それを見てウェレと蓮はニヤニヤと顔を綻ばせる。
「出発は明日の朝9時。寝坊しないでちょうだいね?」
「え、明日ですか!?結構、急ですね」
「飛行機の予約を取った方がいいかしら?」
「【転移】最高!!!」
「ふふ、今日は早く寝るのよ」
そう言うと、マリアは「従業員用」ドアの奥へと消えていった。
「あれだね、詳しい話をオリバーに聞く前に即決するあたりマリアらしいね」
蓮は少し呆れ気味に言った。
しかし、口角が微妙に上がっており、何ならおかしなことでもある様だった。
「まぁ、今日来たばかりの新人を仕事に行かせるあたり、相当な急務だと判断したんだろうよ。他の奴は皆、別の仕事で居ないしな」
「あーなるほどね。確かに今、出張できるのは僕らくらいか」
「あ、あの……」
シャルロットはもじもじとしながら二人の方を見る。
「なんだ?おしっこならそこのトイレでしてくれ」
「違いますよ!」
ぷんすかと頬を膨らませながらシャルロットはテーブルを手でパンパンと軽く叩く。
「何かと不便をかけてしまうと思うんですけど……精一杯頑張るのでよろしくお願いします」
テーブルに額が付きそうな程、深く頭を下げる。
「あぁ、こっちこそよろしくな」
「そうだね。困った事があったらいつでも相談にのるよ――――――」
「ありがとうございます!」
「――マリアあたりが」
「ねぇ!!!」
こうして、三人の作戦会議は終わった。
――――――――――――
夕暮れを背に部屋のドアに手をかける。
いつもより少しだけ重く感じるのはきっと疲労のせいだろうか、それとも本当に物理的に重くなったのかもしれない。
脱いだ靴を綺麗に揃える事もなく、そのままお風呂場へと直行する。
鏡に映った自身の顔を見ると、そこはかとなく疲労の色が見えた。
「……疲れた」
脱いだ服を洗濯機の中へと乱雑に放り捨てシャワールームへと入る。
冷たいタイルを足裏で感じながら、シャワーのスイッチを押す。
「冷たッ!!!」
冷水が顔面に直撃する。
こうして、シャルロットの怒涛な1日は落ち着いた。
――――――――――――
翌朝。
私はとんでもない状況で目を覚ました。
そう、空にいたのだ。
何を言っているのか分からないとは思うが、私にも分からない。
どうして私は今、落下しているのだろうか?
どうして私の隣にいるウェレさんは満面の笑みを浮かべているのだろうか?
どうして私の目の前にいるレンさんは「ウェルカム」と書かれた看板を手に持っているのだろうか?
どうして私は――――――
「就職先を間違えたアァァァァァァァァ――――――ッ!!!」
シャルロットの魂の叫びは、オーストラリアの青空へと消えていった。




