とある男爵の結婚
僕はアーナルド・サラモンダー、しがない男爵である。
サラモンダー男爵家は特にコレと言った特徴は無い何処にでもいる貧乏男爵だ。
僕自身も特技なんかも無いし黒髪黒目の普通の容姿、成績も普通、まぁ唯一の取り柄は真面目な所だろう。
まぁ『真面目過ぎてつまらない』と言われて婚約者だった幼馴染の男爵令嬢からは振られてしまいましたけど?
その元婚約者は貴族学院で高位貴族にアタックした結果、家ごと消されました、貴族怖い。
そういう事があったから波風立てず騒がず目立たずをモットーに過ごしてきた。
そして無事に学院を卒業してそのまま父親から男爵籍を受け継いだ。
両親は今や隠居生活で偶に本家に顔を出したりアドバイスをしてくれたり、と付かず離れずの関係だ。
ただ、やっぱり話題になるのは結婚の話だ。
「良い相手はいないのか?」
「婚活とか頑張っているけどなかなか結果が出なくて……」
「仕方が無いな、我が家みたいな男爵家はそこら中にあるし」
「それに僕らの世代は悪評があるから……」
「あぁ~、あの馬鹿王太子のやらかしか」
1年前、貴族学院の卒業記念パーティーで当時の王太子が婚約者だった公爵令嬢に一方的に婚約破棄を突きつけた。
所謂『真実の愛』でお相手は平民上がりの男爵令嬢、他にも王太子の取り巻き達も一緒に公爵令嬢を断罪していた。
でも、そういう話には必ず穴があり公爵令嬢は返り討ちをしてその結果、王太子は『王命による結婚を勝手に破棄した』罪で王位継承権を剥奪の上、王族しか入らない塔に幽閉された。
取り巻き達は各家から勘当を言い渡され平民墜ち、男爵令嬢は『王命による結婚を邪魔した』罪でギロチンの餌食となり男爵家は姿を消した。
因みにだが王太子の婚約者だった公爵令嬢はその後新たに王太子となった第2王子と婚約し現在は良い関係になっている。
関係者の処分が終わってハイ解決、という訳にはいかない。
取り巻き達にも当然婚約者がいて、王家は被害補填として新たな婚約者を紹介し縁組みさせた。
おかげで貴族社会の関係も変わってしまい王家の求心力は下がった状態である。
僕? 全くの蚊帳の外でしたよ?
「少しはおこぼれとか貰えれば良かったんだがなぁ」
「父上、余計な事に首を突っ込めば大変な事になるんですから」
と、まぁそんな話をしながらも日々を過ごしていた。
そんな我が家に突然の来客がやってきたのは突然の事だった。
「はい? 縁談?」
「えぇ、お嬢様が是非に、と」
その人物は公爵家に仕える方で、その公爵家のご令嬢が僕との結婚を希望している、と信じられない話だ。
「あの、誰かと間違えていませんか? 僕は見ての通りしがない男爵ですよ、それに結婚という事は我が家に嫁入りする、という事になるんですが」
「えぇ、お嬢様はサラモンダー男爵家に嫁入りするつもりです」
マジか、人違いじゃないのか……。
半信半疑の気分ではあるんだけどとりあえず会うだけ会ってみる事にした。
「はじめまして、オートハーク家が次女のキャミルと申します」
「は、はじめましてアーナルド・サラモンダー男爵と申します」
顔合わせの日、僕は1人で王都にあるオートハーク家にやってきた。
中庭に案内され待っていたキャミル嬢を見て(流石は公爵令嬢だな)と思った。
周囲の空気から漂わせる気品の良さ、見た目の美しさ、無駄の無い仕草、これぞ公爵令嬢という感じだった。
だからこそ、僕の頭にはハテナマークが浮かんでいる。
何故、僕の所に嫁入りを希望しているのか?
家みたいな貧乏男爵家に来てもメリットなんて1つもない。
「あの早速なんですが、何故僕との縁談を希望されたんでしょうか?」
「そうですね、まず私の話をしなければなりません。 私これまで数回婚約の話が出たんですが全て不成立になりました」
「はぁ……」
「最初は元王太子様との婚約が出ましたが顔合わせの時に不機嫌な態度を隠さず挨拶も無いし一言も発せずこちらを全く見る事も無く話も聞き流していたので『こんな方と良い関係が作れる訳が無い』と婚約の話は無かった事になりました」
「あの元王太子、小さい頃から変わってなかったんですね……」
「えぇ、次のお相手は同じ公爵家のご子息だったんですが私の話は聞かないで自分の話ばかりする、コミュニケーションもまともに取れない方とは無理、とやはり白紙になりました」
その後も出てくるのは、食事中に大きな咀嚼音をする、金銭感覚がおかしく無駄遣いばかりする、常に監視する、等ろくでもないエピソードばかり。
しかも相手は高位貴族だというから、おいおいマナーとかちゃんと勉強したのか、と思ってしまう。
「それで私、わかったんです。 大事なのは家柄よりも人柄である、と。 それで範囲を広めてみた結果、アーナルド様の噂が耳に入ったんです。 真面目で誠実、悪い噂も1つもない、怪しい友人もいない、この方こそ私が求めていた方だ、と」
え、そんな噂があったの? 初耳なんですけど?
「な、なるほど……、キャミル様は相当苦労されたんですね、でも僕の家は決して裕福ではありませんし大変な思いをさせる事になるかもしれません」
「勿論、覚悟の上です。 私こう見えても自分の事は自分で出来ますしお母様から家事洗濯は仕込まれましたので」
そう言ってニッコリ笑うキャミル嬢。
……これは断る理由は無いな。
その後、僕とキャミル嬢は正式に婚約、1年後には結婚した。
妻となったキャミルは積極的に領民達とコミュニケーションを取り信頼を勝ち得ていった。
更には領地運営にも力を入れて公爵家の援助もあり我が家は貧乏から脱出する事が出来た。
「キャミルと結婚出来て良かったよ」
「私もアーナルド様と結婚出来て幸せです」
色々あったけど僕とキャミルは漸く幸せを掴み取る事が出来た。