悪魔と少年
「ネレイドー。ネレイドー?居ないのか?」
セルトは深いため息を付いた。
「何処行ったんだアイツは・・・・」
「メイド長でしたら中央でお花を生けておいでですよ」
驚いて、咄嗟に後ろを振り向く。
「何だ・・・ミラか」
「まぁ!何だとは何ですか!ご不満ですか?」
誤魔化すのも面倒なので、適当にあしらって中央へ向かった。
「ネレイド。それは何て花?」
『山百合ですわ。セルト様なら御存知かと思って居りましたが、遠目からではお分かりになりませんでした?』
行き成り現れたセルトに驚く様子もなく応えて見せた。
「嗚呼。確かに良い香りだ。それにこれは屋敷のものだね?」
するとネレイドはクスクスと笑い出した。
「どうした?」
『いえ。只、先程は私が驚かなくて悔しかったのではないかと思いまして・・・。すみません今更』
セルトは顔を真っ赤にして見せた。
「でも良い。ネレイドと居られるだけで俺は幸せだから・・・。孤独を味わう事はなくなったから」
『まぁ。光栄ですわ』
「いい。今は対等な立場でいたい」
縋る様に抱き締めるセルトの頭を優しく撫でる。
『セルト。もっともっと愛を頂戴?』
キスは対価の受け渡し。
それが唯一無二の繋がり。
こんなものがなければ繋がっていられないのが悪魔と人間。
それに心奪われるのも人間の愚かさ故。
だが時に、冷酷な悪魔に成りきれず、己が心を奪われる悪魔もいる。
『それも又愚かさ故』
遠く二人の姿を見ている人影が一つ。
言葉を紡ぎ出す。
『しかし心奪われた悪魔は、元に戻さなければならない。だから───殺す。主人を殺して、悪魔自身の記憶を抜き去る。人間等は愚かな生き物だ。野蛮で貪欲。我々悪魔と天使が、秩序を守るべく作り上げた世界をいとも簡単に汚す。そんな人間如きに悪魔を左右させてはならない』
男はペンを取り、紙の上を走らせた。
『これよりセルト・ナイルの排除。及びに悪魔セシルの記憶消去を開始する』
と、本のページには書き記されていた。
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「ねぇネレイド、少し良いかい?」
『はい』
柱の陰から手招く主人に微笑んだ。
『何でしょうか?』
「実は最近ね、体調が優れないんだよ」
『体調・・・・・ですか?』
怪訝そうな表情。
『セルト様は御両親のお手伝いでお忙しいですし、お疲れなのではありませんか?』
「うん。そう思って医者に診てもらったんだけど身体に問題は無いし、精神面でも問題はないらしい。過労もなく、至って健康体だって」
『そうですか・・・。私に一つ思い当たる事が・・・・。いえ、止めておきましょう』
軽く首を横に振るネレイド。
「何だよ・・・、話してくれないのか?」
するとネレイドは表情を曇らせた。
『私の・・・せいかも知れません』
「どう言う事だ?」
『私が貴方を───!』
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「そうか・・・」
二人は沈黙の中に居た。
先程ネレイドから話を聞いた。
ネレイドによると、原因はネレイド自身にあるらしい。
悪魔が契約する人間。
それは異性でなければならない。
だが時に契約者に恋心を抱いてしまう悪魔もいる。
だからその悪魔を救う為に契約者を殺すのだと言う。
「つまりはネレイドが俺を好いてくれているから、俺が殺されるんだな?」
『はい・・・。もう・・私は貴方の側を離れた方が良いですね』
そのままその場を立ち去ろうとするネレイドを引き留めた。
「いや、いいさ。寧ろそんなに愛されるだなんて嬉しいね。好きな娘に殺されるなんて、俺は本望だよ」
微笑むセルト。
『セル・・・ト・・・!ありがとう・・・・』
そのままネレイドは泣き崩れてしまった。
それから徐々にネレイドは“忘れる”事が多くなった。
俺の事だけを。
確実に。
そしてその日は訪れた。
昨日までは何を忘れても、俺だけは起こしに来た。
だけど今日は違う。
屋敷の中は静まり返り、人気は全くない。
体も身動きが出来ない。
「ネ・・・レイド・・・ッ!」
やっと絞り出した声も、誰にも届かない。
ネレイド───
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『セシル。君は危ないから、離れていなさい』
『ライドさん、何故この家を焼いてしまうのですか?』
そこにはセシルと呼ばれるネレイドと、ライドと呼ばれる悪魔の姿があった。
『そうだねぇ』
優しく微笑むライド。
『危ないからだよ』
そして───炎が放たれた。
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熱い。
呼吸が苦しい。
「ゴホッ・・・ゴホゴホ」
ネレイド───
「せめて・・・最期は君に傍にいて・・・・欲しかった」
その言葉は届くはずがない。
だがセシルは涙を流していた。
『セシル、大丈夫かい?』
『ライドさん、私行かなきゃ』
その言葉をライドに告げた直後、セシルは走り出していた。
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何故こんなに苦しいかなんて分からない。
だけど私は行かなければならない。
セルトの元へ。
『セルトって誰?』
そんな言葉が口を突いて出た。
でも構わない。
行かなきゃ!
『セルト!!』
ドアをこじ開ける。
炎の回りが早くて熱い。
「あは・・・ネレイドが・・いるよ。到頭・・・俺も死んだか・・・?でも・・・・最期の願い・・叶った・・な。じゃあね・・・ネレイド・・・・」
そこで命が途切れた。
『ごめんね?私思い出したよ、セルト。でも間に合わなかった・・・。助けられなかったよ。だから、最期まで傍にいるね?ずっと』
黒い羽根を広げた悪魔。
その羽根は何よりも黒く、何よりも清い。
その日、消えることのない筈の悪魔の魂が、一つ、消えた。
主の魂と共に───
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如何でしたでしょうか?
楽しんで頂けましたか?
昔々あるところ、又逢える日まで、ご機嫌よう。




