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引きこもり、そして走った日々

作者: ハル


ーはじめにー


はじめまして、ハルと申します。この文章を開いていただき、ありがとうございます。

これは、私がこれまで歩んできた道のりの一部を素直に書いたものです。

少しでも誰かの心にそっと寄り添えたら嬉しいな、そんな気持ちで綴りました。

どうぞ、ゆっくり読んでいただけたら幸いです。



【序章】働く喜びと隠しきれない不安


高校を休学して、中学の時していた新聞配達以来、初めてのフルタイム、自分の人生をどうにかしようと動いたのは、マクドナルドのバイトがきっかけだった。


家でぼんやりと時間を潰していたある日、父の言葉に押されたのか、何かの勢いだったのか、気がつけば求人情報を開き、応募の電話をかけていた。面接の日、ある程度服を整えて、面接官の前に座った自分の心臓は、まるで壊れた時計のように不規則に跳ねていた。


結果は意外なほどすぐに出た。採用。


翌週には、黒い制服に袖を通し、人生で初めてフルタイムで働き始めた。バイト先では年齢も立場もバラバラの人たちが忙しく動いていた。厨房の油の匂い、カウンターの笑顔の声、絶え間なく流れるオーダーの音。目の前に広がる世界は久しく忘れていた「社会」だった。


働く喜びは確かにそこにあった。何もできなかったはずの自分が、誰かの役に立っている実感。終業後の心地よい疲れ。ポケットの中に入った、初めての給料明細。その数字が不思議と自分を肯定してくれるような気がした。


けれど、そんな「充実感」の裏側で、どうしようもない恐怖心が消えることはなかった。


人の目が怖い。

ちょっとした言葉の言い回しが気になる。

誰かの機嫌の悪さがすべて自分のせいのような気がする。


気を抜けば、心はすぐに内側へと崩れ落ちた。


それでも当時の自分は、がむしゃらに走っていた。何も考えず働いている間だけは、不安や恐怖から逃げられる気がした。

ただひたすらにバイトと自分をぶつけ合うようにして、僕は必死で「社会の中にいる自分」を繋ぎとめていた。



【第1章】上手くいくはずだった矛盾の日々


マクドナルドで、朝早くから夕方まで働き始めてから、数ヶ月が経った頃、僕はある先輩とすこしだけ仲良くなっていた。年齢はひとつ上で、話しやすいが、その先輩もまた思春期、いつもすこしだけなにかに怯えてるような、そんな空気を醸し出していた。その先輩がある日、ふとこう言った。


「もっと時給のいいところ探そうぜ」


その言葉は妙に胸に響いた。何も考えずに今のバイトを続けていたけれど、確かにもっと条件のいい場所があるかもしれない。もっとお金がもらえる場所、もっと認められる場所。そんな漠然とした欲が心の奥で疼いた。


最初は一緒にバイト先を探した。でも結局のところ、別々の場所に落ち着いた。先輩がどんな仕事を選んだのかはもう思い出せない。ただ、僕は流れの中で営業の仕事を選んだ。


訪問営業。

朝も早くから夜遅くまで、ずっと自転車をこぎ、人の家を一軒ずつ回った。

歩合制だったから、売れば売るほど給料は増えた。規定の拘束時間なんてものもなかった。だからこそ、毎日、夜が更けるまで走り続けた。


最初は不安だった。自分にこんな仕事ができるのか。でも、やるしかなかった。だから、できることは全部やった。

声のトーンを意識し、相手の目を見ることに慣れないながらも必死に挑んだ。社会人としての礼儀も、営業のコツも、誰かが教えてくれるわけじゃない。ただただ、自分の体当たりの経験だけが頼りだった。


だが、驚くことが起きた。


成績は良かったのだ。


言葉の武器も知恵も、まだまだ全然乏しかったが、真剣さだけは本物だった。それが相手に伝わったのだろう。若いというだけで警戒されることもあったが、それでも契約は取れた。気づけば営業所でかなり上位に名前が載るようになっていた。


「俺、やればできるんだ」


そう思う反面、心はいつもなにか違和感を感じていて、妙に冷めた自分も同居していた。


そんなある日……


担当の上司から突然こう言われた。


「次は高校に行って営業してほしい」


心臓が止まりそうになった。高校という言葉を聞いただけで、身体が震えた。自分の過去、自分が逃げた場所、自分のトラウマ。それに真正面から向き合えと言われた気がした。


無理だ。そんなの出来るわけがない。


断った。正確に言えば、断れなかった。ただ、黙り込んで、その仕事を受けずに逃げるように職場を離れた。


そのまま、気づけば辞めていた。


あれほど前向きだった心が、一瞬で壊れていった。

走ってきたつもりだったのに、気づけば僕はまた、立ち止まっていた。


そして、そのまま、何もせず引きこもる日々が始まった。



【第2章】部屋という檻の中で


営業の仕事を辞めてから、僕は完全に部屋の中に閉じこもるようになった。


最初のうちは、まだどこか元気だった気がする。

「少し休もう」そんな軽い気持ちで、朝から晩までゲームをしていた。当時はオンラインという世界もなく、誰かと繋がることもなかった。だけど、それさえも次第に虚しさに変わっていった。


一日が終わると、胸の奥に重くのしかかる虚無感だけが残った。


「俺は何をしているんだろう」

そんな問いが頭の中で繰り返されるけれど、答えは出ない。画面の中のキャラクターだけが進み続け、自分は何も変わっていない現実が、少しずつ心を蝕んでいった。


そして、いつからか僕は自分の髪を抜くようになった。

自分でも理由はわからなかった。気がつくと指が頭に伸び、無意識のうちに髪を引き抜いていた。最初は「たまたま」だと思っていた。でも気がついた時には、頭の一部が明らかに薄くなっていた。


それはまるで、自分の心の壊れ具合を目に見える形で示しているようだった。


鏡を見るのが怖くなった。

自分の姿を見るたびに、嫌悪と絶望で息が詰まりそうになった。


目が覚めれば、胸がドクドクと音を立て、呼吸が乱れる。

夜が更けても、心臓は休ませてくれなかった。


「なんでこんなに苦しいんだ」

「どうしてこんな風になってしまったんだ」


理由なんて分からなかった。ただ、心臓は壊れたエンジンのように暴走し続けた。


それでも僕は生き続けた。死ぬ勇気もなかった。

何度も屋上に登った。高い場所に立って、地面を見下ろした。風が冷たく肌を刺し、心臓がさらに激しく脈打った。


足が動かなかった。

怖かった。死ぬことも、生きることも、どちらも怖かった。


その繰り返しだった。


時間は恐ろしいほど残酷で、止まっている僕を置き去りにしながら、淡々と過ぎていった。

気づけば僕は16歳から17歳になり、ただ歳だけを重ねていた。


外の世界は遠くて、狭い部屋だけ、まるで、籠の中の鳥のような空間が僕の世界だった。


でも、そんなある日、父が静かに動いた。


それが、僕の人生の小さな分岐点になることなど、その時はまだ知る由もなかった。




【第3章】父の背中と、コーンポタージュスープ


その日、父は何も言わなかった。ただ静かに、夜明け前の暗闇の中で起きて、家を出て行った。


最初は気にも留めなかった。昼間は普通に働いている父が、なぜ夜中に外へ行くのか、不思議ではあったけれど、正直どうでもよかった。心がすり減りすぎていて、誰かの行動を気にかける余裕さえなかった。


しばらくして、母の口から、父が新聞配達を始めたと聞かされた。

昼間の仕事に加えて、深夜から朝にかけての新聞配達。

250件以上の配達。

普通に考えたら無茶だった。父の年齢を考えても、それは身体を壊すような無理だった。


でも、父はやってくれた。


何故なのか。

その理由が知りたくなったのか、無意識だったのか、僕はふらりと父の後について行くようになった。


まだ真っ暗な外、冷たい空気の中、自転車のペダルを踏んだ。眠気と寒さで指先は痛かった。

新聞屋の店舗に到着すると、父は黙々と作業をこなしていた。重い新聞にチラシを挟み込み、自分のバイクに積んで、次々と配っていく。僕も言われた通りに自転車に新聞を積み、父とは別ルートをまわった。


何も考えられなかった。ただ、身体を動かすことで、心の動悸が少し和らいだ気がした。


いつしか、僕は毎日父と共に新聞配達をするようになった。

雨の日も、雪の日も、風の日も関係なかった。

倒れそうなほどの動悸と不安を抱えながらも、なぜか新聞配達だけは休まなかった。三年間、一日たりとも休まなかった。

どうしてかは分からない。ただ、止まったら終わってしまう気がした。


ある冬の日、配達を終えた帰り道、父がふと立ち止まった。

いつもの自販機の前だった。


「飲むか?」と短く言って、父は小銭を入れて、コーンポタージュスープを買った。


父と二人、寒空の下で、缶の温かさを手のひらで感じながら飲んだコーンポタージュスープ。

言葉はなかった。ただ温かいスープが凍えた体と心をじんわりと溶かしてくれた。


その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


「父は、僕のために働いているんだ」

「誰よりも僕のことを想ってくれているんだ」


心のどこかで分かっていたはずなのに、ようやくその重さが現実として押し寄せた。


父は日中も働き、深夜も働き、それでも疲れた顔ひとつ見せず、淡々と働いていた。

理由は一つ。何もできず壊れかけていた僕のためだった。


自分はなんて情けない存在なのだろう。

でも同時に、こんなにも愛されているのだと。


そして、心の底で何かがわずかに動き始めた。



【第4章】走り続けるために


新聞配達を始めてしばらく経った頃、僕の心には、少しずつ変化が生まれていた。


依然として動悸は消えなかった。朝は息苦しくて目が覚め、夜は心臓の鼓動がうるさくて眠れなかった。それでも、配達だけは続けた。不思議なことに、配達の時間だけは余計なことを考えず、ただ無心になれたからだ。と言えば少々言い過ぎだが。元々の性格が、真面目で、それに加えて、負けず嫌いで、やたらと根性だけはあったから、休むことなく続けられたのだと思う。


季節は巡り、冬が春に、春が夏に変わった。汗をかきながら新聞を配った。雨に打たれながら新聞を配った。雪で滑りながら、それでも休まなかった。


僕の髪の毛は少しずつ戻っていた。ふと鏡を見たとき、以前ほどの醜さはなかった。驚きと同時に、心の奥底にあった小さな自尊心が少しだけ息を吹き返した。


配達が終わった後、父と一緒に飲むコーンポタージュは変わらず温かかった。父は余計なことは言わなかった。ただ一緒に配り、疲れた身体を温め、また仕事に出かけていった。


そんな父の背中を見て、僕は思った。


「このままじゃいけない」


ゆっくりでいい。無理しなくていい。でも、もう一度前に進もう。そう思った。配達以外にも、少しずつ外に出る時間を増やしていった。最初は近所の土手。次は少し遠い駅前。そしてある日、走ってみた。


足が重かった。心臓が苦しかった。でも、身体が必死に生きていることを感じた。走り終わった後、涙がこぼれた。


「まだ、生きてる」


そんな当たり前のことを、心の底から実感した瞬間だった。


いつしか、走ることが習慣になった。配達を終えた朝、ほんの少しだけ遠回りして走って帰るようになった。坂道も怖くなくなった。汗をかいて心臓がバクバクするのが、かつての「動悸」とは違うことに気づいた。


生きることはこんなにも苦しい。だけど、身体は生きたがっている。

心は何度も壊れかけたけれど、身体は必死に「まだ行ける」と教えてくれた。


父の背中を追いながら、僕は少しずつ、自分自身の足でも走り始めていた。



【終章】今、生きている君へ


あれから年月が過ぎた。

僕はもう、昔のように引きこもってはいない。

心が完全に癒えたわけではない。時々、不安に飲み込まれそうになる日もある。ふとした瞬間に動悸が蘇る日もある。


でも、僕は生きている。

あの日、死ねなかった僕は、今も生きている。


新聞配達を終えた後、父と並んで飲んだコーンポタージュスープの温かさを、今でも忘れたことはない。

どれだけ人生が冷たく、辛く、暗いものでも、人の温もりがあれば、もう一度立ち上がることはできるのだと知った。


父はあの日々のことを何も語らない。ただ「昔は大変だったな」と笑うだけだ。

でも、僕には分かる。父の無言の優しさが、どれだけの重さと愛情を持っていたか。


もし、この文章を読んでいるあなたが、今、苦しみの真っ只中にいるなら、伝えたいことがある。


あなたは一人じゃない。

あなたのために泣いてくれる人が、必ずどこかにいる。

あなたが息をしているだけで、誰かが救われていることもある。

あなたが今日を乗り越えたことが、誰かの希望になることもある。


走れなくてもいい。歩けなくてもいい。立ち止まってもいい。

でも、どうか、生きていてほしい。

僕も、あなたも、きっと、何度でも立ち上がれるから。


昔の僕が、あの真っ暗な部屋の中から走り出せたように、あなたにも必ず、その日が来る。


だから、生き抜いてほしい。

それが、今、生きている僕から、あなたへの心からの願いだ。


そうして、いつの日か幸せを掴んでください。


最後に、僕の人生の物語の一部を、最後まで読んでくれて、本当に感謝いたします。これからもきっと、生きることの難しさ、大変さ、喜び、そういったものを書きつづけていこうと思っているので、また続きは、次の物語でお会いしましょう。




ハル


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