第8話 私も同じ
春の風が、街にやさしく吹いていた。
それなのに、僕の胸はざわついていた。
沙月が夢の中で「行かなきゃ」と言ったあの言葉が、頭から離れない。
消えてしまう前に、何かを伝えなければいけない――そんな焦りが、僕を動かしていた。
放課後、僕は公園に走った。
ベンチには、彼女がいた。
少し微笑んで、僕を迎えてくれたその姿は、昨日よりもさらに淡くなっていた。
僕は深呼吸をして、彼女の隣に座った。
「ねえ、沙月」
彼女は、静かに僕を見つめる。
「君がいてくれたから、僕は救われた。誰かと心を通わせることの意味を、君が教えてくれた」
言葉は震えていた。でも、もうごまかしたくなかった。
「僕は……君のことが好きだ」
沙月の瞳が揺れた。
そして、彼女は微笑んだ。涙を浮かべながら、何度も頷いた。
彼女は、声にはならないけれど、唇を動かした。
「ありがとう」
そう、僕には聞こえた。
触れることはできない。でも、気持ちは伝わった。
繋がった。
その瞬間、僕の中にひとつの確信が生まれた。
彼女は、行くべき場所へ向かう準備をしている。
そして、僕は……沙月を見送る覚悟をしなければならない。