第10話 キミが気づいてくれたから
それから、何日が過ぎただろう。
公園のベンチには、もう彼女の姿はない。
けれど、僕は今日もそこに座る。
風が頬をなでるたび、あのときの温もりを思い出す。
彼女が消えてしまったあの日から、僕の世界は、少しずつ変わっていった。
授業の合間にふと、外を見て沙月を思い出し、無意識に笑ってしまう。
“彼女は今もどこかにいる”という確信が、胸の奥に灯りのように残っている。
僕は知っている。
誰かを好きになるということは、その人がいなくなっても、自分の中に生き続けるということだ。
だから、怖くなかった。
沙月との日々は、夢みたいだった。
でも、確かに現実だった。
彼女が僕に残してくれたもの。
それは、ひとりじゃないと思える心。
言葉を持たなくても、姿が消えてしまっても、心は繋がるという真実。
春の風が、やわらかく吹いた。
「……おはよう、沙月」
僕は空に向かってそう呟く。
返事はない。でも、風が優しく揺れた。
たぶん、彼女は笑っている。
そしてきっと、今日もどこかで僕を見ている。
あの時キミを見つけていなかったら僕の記憶に沙月はいなかっただろう。
「...ありがとう」
そうつぶやいてベンチから立った。
---完---