分かっているのに嫉妬する
ドラマで共演した彼女と恋に落ちた
彼女は美しすぎて、誰かが連れ去らないか不安ばかりが僕を支配する
そんなことばかり思っていたら、嫌われてしまいそうで怖い
だから、いつも確かめたい
君が僕をどれだけ愛しているか
彼女がMCを務め、僕が大賞のプレゼンターとして招かれているのだから、分かっていたはずだった。
彼女は仕事をきちんとこなした。
一緒にMCを務めた彼らとは、ショーの為の打ち合わせをし、自分の任務を果たしただけ。
それなのに、控え室のモニターでその様子を見ていた僕は、自分意外の誰かに向けられた微笑みに心が抉られた。
映画やドラマは台本があるから仕方がない。
それでも見ないようにはする。
間違って見てしまった時は、僕は慰めて欲しくていつもよりずっと深く彼女を愛する。
まるで、僕の全てを受け止めてもらうように。
そんな僕を彼女はいつも黙って抱きしめてくれる。
必要の無い僕の嫉妬を受け止めて、いつもより荒々しい口づけや愛撫を甘んじて受け止めてくれる。
いちいち嫉妬するなんて大人気ないことは分かっている。
昔なら、僕を第一に扱えない女なんていらなかった。
別れても僕を欲しがる女の子は沢山いて、次はいくらでもいたし、慰めるだけなら星の数ほど女の子には困らなかった。
なのに、彼女に対してはいつもとちがう。
彼女に嫌われたくなくて、失いたくなくて、怖くなる。
彼女は素敵な人だから、僕と別れてもすぐに誰かが連れ去ってしまうだろう。
一緒に仕事をしながら、今まで見たことのない素直さや直向きさ、ぶれない強さに徐々に心を奪われた。
まるで甘い毒に冒されたように、僕の体に入り込みどんどん侵食していった。
気づいた時にはもう、彼女ばかり見ていた。
他の男たちから溢れる彼女に向けられる僕と同じ気持ちも知っていた。
だから彼女を僕だけのものにするため、全てを捧げた。
僕の時間、この身も、心も、全て。
初めの頃。
まだ僕が彼女の魅力に気づいていなかった頃。
彼女もまた僕を警戒していた。
モデル上がりで俳優になった男。
そのワードだけで、すでに色んなものが香り立つ。
きっと彼女も、女慣れしてそうだとか色んなことを思ったに違いない。
僕も誤解を恐れずに言えば、演技派女優は才能と同じくらいの変わり者だと思っていた。
けれど、疲れていても感じさせず、周りを気遣う姿は今まで見てきた女優たちとは違った。
気さくで、誰に対しても分け隔てない。
私が主演だと言うおごりはどこにもなかった。
彼女が気になりだして、勉強と言い聞かせ、自分の撮影がない日も現場に足を運ぶようになった。
ある日、僕の撮影がない日の夜。
現場の控えテントに顔を出してみると、彼女がぐったりした様子で椅子に身を任せていた。
慌てて駆け寄ると、彼女はチラリと僕を見上げて「大丈夫」と呟いた。
肌は青ざめ、熱もあるようだ。
大丈夫な訳がない。
僕がスタッフに声をかけようと立ちあがった瞬間、彼女は「やめて」といつに無く強い調子で言った。
悪天候続きで、ドラマの撮影が押していることは分かっている。
それを気にかけて無理をしているのだ。
撮影が始まると、彼女はこの場所での姿とは全く別人のように笑顔で演じ始めた。
再び戻って来た彼女は倒れ込むように椅子に座り込んだ。
僕は彼女の頭を軽く持ち上げると、自分の肩に寄りかからせたら。
彼女は黙って僕に寄りかかっていた。
くったりと脱力し身を預ける彼女の姿を、僕はどうしようもなく愛しいと思った。
力なく寄りかかる彼女の艶やかな髪を撫でる。
それから、僕は無意識に彼女の額に手を当てた。
彼女は僕が熱を測っていると思ったのか、抵抗することもない。
まるで僕の冷たい手を心地よく感じているようだった。
僕はただ、彼女の肌に触れたかっただけ。
思いの外静かにしている彼女に、僕はずっと頭を優しくなで続けた。
彼女はいつの間にか深い眠りについていたから、僕は彼女を腕の中に抱き寄せた。
マネージャーが来て慌てて離れるまで、僕は彼女を腕の中に抱きすくめていた。
今まで気づかなかったが、彼女はスケジュールに忙殺される日々に体調を崩しがちだった。
ただ、表に見せなかっただけ。
僕はそんな時、黙って彼女を自分の身体によりかからせた。
僕が体調が良くない時は、彼女の小さな肩に僕が頭を寄せることを許してくれた。
それがいつしか当たり前になった。
僕は今まで感じたことのない安心感と穏やかさに包まれた。
具合の悪い彼女には申し訳なかったが、湧き上がる幸せを抑えることが出来なかった。
撮影が終わりに近づき、僕の彼女に対する思いは収拾がつかなくなっていた。
僕はもう会えなくなるなんて考えられなかったし、考えたくもなかった。
彼女を失いたく無くて。
誰にも奪われたくなくて。
撮影が終わり、会えなくなって寂しさが募った頃。
僕は自分の気持ちをどうにも出来なくなって、彼女に感謝の気持ちと、思いを伝えた。
彼女の、あの時の笑顔を僕は一生忘れないだろう。
気持ちを伝えた時、僕たちの仕事がら、様々な絡みや関わりがあること。
根拠のない噂も溢れかえることも理解して、全てを受け入れようと決めた。
そんなことは気にもしないと決めたのに。
目の前で見るリアルタイムの映像が、こんなに心を揺り動かすとは思いもしなかった。
何を動揺しているのだろう。
彼女は僕の腕の中で、いつも大好きだと言ってくれるのに。
この表彰式が終わったら、主催者が用意してくれた部屋とは別に手配した部屋で落ち合うことになっている。
僕は、一刻も早く彼女をこの手の中に抱きしめることしか考えられなかった。