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8.借用書

「起きろ~!」


 午前八時。案外健康的な時間に起こされた。芸能人って夜型なイメージあるけど、違うんだ?


 リビングからはいい匂いがする。どうやら朝食ができたらしい。


 朝食を作っていたマコトが皆んなを起こすと、リビングに全員が集まった。


「今日は午前中、グッズの棚卸するぞー!」


 朝食の席に着く面々に、マコトは声をかける。棚卸しって、在庫を数えるってことだよな…。


食事を終えると、早速グッズの棚卸しに取り掛かった。ダンボールにコンサートグッズと思わしき商品がぎっしり詰まっており、かなりの量がある。


「今後は売り上げを集計するから、個人ごとに分けていって」


 コンサートグッズは今後、各人のポイントにするから、メンバー毎に分類して数え直す。残った数を見て、ソウマは口角を上げた。


「てっきり俺が最下位だと思ったけど、タクミに勝ってるじゃん!ひゅー!」

「ソウマさん、ぬか喜びです。いつ補充したかにもよりますから」

「ああん!?」


二人は喧嘩をしなければいられないらしい…。いつものことなのか、マコトとキョウは二人を無視して黙って仕分けしている。

 YBIはこれで、タクミとシオン以外は全員揃った。二人はは作業に参加しないのだろうか…?特に、タクミは寮も出て行ったようだし、別行動が多いが、何故なのだろう。


「ちゃんと数えると、あれだな。案外文具が結構残ってるね。消え物って、使ったら無くなるから人気ないのかも……」


 マコトは在庫を見ながらため息をついた。


「棚卸し終わったら響くん、買い出し手伝ってくれる?」

「う、うん…!」


ちょうど俺も買い物に行きたいと思っていた。実家に連絡するのは気が引けるから、下着とか部屋着、着替えを買いたかったのだ。


棚卸しを終えると、マコトは俺を連れて寮を出た。





「カラー診断?」

 マコトは買い出しに行くと言っていたのに、まず美容室へ行き、カラー診断をしようと言い出した。


「響くん、服買いに行くつもりでしょ?その前に似合う色を知っておくと選ぶ時に参考になるよ」


 そんな診断があるんだ…。それよりも俺、美容室行くの、初めてなんだけど。すごく、緊張する…。


 マコトが行っている美容室はすごくオシャレな上に、バカみたいに明るくて雰囲気がいい店だった。マコトの担当の美容師さんがケープをたくさん持ってきて、俺の肩に乗せながら似合う色を選んでくれる。


「響くんはブルーベースだね。肌も白いし、目も薄い茶色だからブルーベースの夏タイプかな。ベビーピンクとかにあいそう…!」

マコトがピンクを提案すると、美容師さんがピンクのケープをかけてくれた。


「うんうん、いいね。似合うよ!」

「…何がいいのか、よくわからないけど…。前よりは明るい雰囲気になった?」

「ついでにちょっと髪もカットしたら、もっと明るい感じになるよ!」


 マコトは雑誌を取り出し、前髪を大きく二つに分けて、顔がスッキリするスタイルを俺に見せた。何がいいのか分からず、思い切ってマコトに任せると、眼鏡を取り上げられてあっと言うまに髪を切られてしまう。


「おでこ出したほうがいいと思ってた。やっぱり凄い似合うね!」


マコトに褒められると悪い気はしない。


 美容室を出ると髪を切った勢いで、コンタクトを買わされれた。そのまま、マコトのお気に入りらしい古着屋へ連れて行かれる。


「元がいいとなんでも似合いそうで、迷うな~」

「な、なんか派手すぎない…?」


 とりあえず俺は欲しかったジャージと、マコトに選んでもらった服を数着購入した。

 マコトはレジの近くでピアスを選んでいた。マコトが選んでいる様子を見ていると、マコトは俺の耳にピアスをあてる。


「響くん、顔が甘めだから、逆にごついの似合いそう。これとかどう?」

「いや、そんな、身体に穴開けるなんて無理…!こわい!」

「へぇ~?怖がりなの?かわい~!」


マコトはひとしきり笑った後、諦めたようで自分用に服と、ピアスを購入した。



 古着屋を出ると既に夕暮れ。マコトはそれでも、寮の近くの公園に寄ると言う。この公園はよく来るようで、真っ直ぐベンチへ向かって行き、荷物を置いた。


「俺たち、ここでダンスの練習してるんだよ」

「ここで…?」

「うん。スタジオとかなくてごめん。貧乏でびっくりしたでしょ?事務所もぼろいし…」

「…びっくりって言うか、不思議。なんでそんなにお金ないの?ライブは満員だったのに」

「俺もよくわからないんだけど…ライブはグッズ売らないとほぼ儲けがでないみたいで。そのグッズは、朝見てもらった通り…」

「そ、そっか」


 なるほど、あの大量のコンサートグッズは売れてないってことの裏返しか。グッズを作った費用は売れなければ回収出来ない。それで、現金が不足してるってことだな…?


 マコトは一瞬沈んだ顔をしたが、気を取り直したようににこっと微笑む。そしてさっき買った古着屋の黒にピンクのおしゃれな買い物袋を開け、Tシャツを取り出すといきなり、俺に頭から被せた。


「え…ッ?!」

「あ、やっぱり似合うよ、ピンク…!」

 

 Tシャツから顔を出すと、マコトは笑っていた。


「それ、俺からプレゼント」

「そ、そんな悪いよ。お金ないのに…」

「…響くん、そもそも響くんのお金の一部だろ、とか突っ込まないの?なんか心配だな。俺が言うのもなんだけど」


 昨日、父と俺が合計四十万払ったから、ってことか。確かにそう言われればそうだが…。


「響くん。それ、借用書代わりだよ。今はさ、こんなものしかあげられないけど、絶対四十万は返す…。いや、それ以上に利子もつけるから。スクール会費、本当にありがとう。助かった」


 マコトは俺に向かって頭を下げた。騙そうとしたり、謝ったり、忙しい人だ。


「利子貰えるの、楽しみだな…!」

「うん、楽しみにしてて。でさ…、夏休みの間は、ここにいて息抜きして、ゆっくり遊んで羽伸ばして。それからどうするか考えたらいいよ」


 あ、やっぱりマコト的に、俺はYBIには戦力外ってことなんだろうか…?ちょっとだけ、胸が痛んだ。


「マコトくんは、俺じゃなれないと思う?…アイドル…」


 マコトは驚いたようで、目をぱちぱちと瞬いた。


「いや…そうじゃないよ。響くんが美少年だから最初声かけたんだし。やってくれるなら大歓迎だよ。でもさ、響くんのおとーさんが心配する気持ちも分かるっていうか」

「父さんの気持ちが?」

「一部のファンがいつの間にか『YBI警察』って名乗って、メンバーを見張ってるんだ。普通の青春とか恋愛とかは、しにくくなっちゃうよ。あと家もバレててプライベートもなくて、それが窮屈で出ていったやつもいる」


 そっか。それでタクミは出て行ったんだな…。


 それに、昨日の『消えろ 氏ね』って画像が俺に送られたのも、過激なファンが関係してる…?

 新メンバーが加入したらその分、既存メンバーの出番は減るだろう。今のメンバーのファンの子が、俺が入ることを面白くないと思っていて嫌がらせしているとか…。あのファミレスに、花音ちゃん以外にもファンがいた可能性も、十分考えられる。


 それだったら、確かに窮屈だし、つらくなるかも…。


 でも、マコトはそれでもいいんだろうか?


「マコトくんは、それが窮屈じゃないんだ?」

「俺…?」

 

 マコトは少し、答えを言うのを躊躇ったあと、赤くなってはにかんだ。


「俺は窮屈には感じてないかな…。親といろいろあってさ…。大袈裟じゃなく、その時、YBIに金使ってくれる人達がいたから、今、生きていられてると思ってる。だからYBIに金使ってくれる人達が俺、大好きなの」


 マコトは「そう言うこと!」と、照れ隠しなのか、ベンチから立ち上がった。親と色々あった、という話を聞いた途端、何だかマコトを急に身近に感じた。マコトは親はいない、と言っていた。マコトにしたら俺は甘ったれだ。それでも…。

 マコトも俺と同じ、親との事で悩んでいた。話が上手くておしゃれでアイドル然としたマコトをどこか遠くに感じていたけど…、少しだけ近付いた気がした。

 

「YBIに金つかってくれる人たちが大好きってことは、マコトくん、俺のことも大好きってことになっちゃうよ?」

 その事を素直には言えなくて、マコトを少し揶揄った。


「はは…っ!そうだよ?響くんと、響くんのお父さんも大好きだよ。…大好きな人には幸せになって欲しいからさ、…これからの事はちゃんと考えて選んでよ」


 そう言って笑うマコトは、ステージで見るよりも少し幼く見えた。たぶん、俺と同じような悩みを抱える、まだ十代の子供っぽい笑顔。


「マコトくん。俺も昨日、YBIに助けられた。昨日、今までやってきたこととか目標が全部なくなって、自分もなくなっちゃって…。でも初めて自分で『やってみたい』ってことに出会ったんだ。俺、YBIにはいりたい。挑戦してもいい?」

「響くん…。本当に?」

「うん」


 俺が頷くと、マコトは目を細めて口角を上げる。


「響くん、マジックもってる?今の気持ち、書いておきたくて」

「マジック…?あったかなあ?」


 リュックの中を探すと、筆箱の中に一本だけ油性ペンが入っていたので、それをマコトに手渡した。マコトはなんと、俺のTシャツの背中に何かを大きく記入している。


「ちょ…、背中くすぐったいっ…!」

「もう少しだからじっとして!…ん、これでよしっ!じゃ、早速ちょっと練習しよっか?」


 マコトはスマートフォンで音楽をかけると、俺に指導を始めた。いきなりすぎて、全くついていけない!けど、マコトは凄く楽しそうだ。


 日が完全に落ちて練習を終えた俺たちは、歩いて寮に戻る前にスーパーに寄って見切り品を購入した。スーパーで、いろいろな人が俺たちを見ている気がしたのだが…。マコトがおしゃれでかっこいいからかな、と思っていた。


 その理由は寮に戻って、カナタが訝し気な顔で俺に質問したことで判明した。 

 

「響くん、そのTシャツなに?」『四十万借金しています』…?」

「え?!」


 慌ててTシャツの裏を見ると、カナタが言った通り『四十万円借金しています』と大きく書かれている。その横にマコトのサインらしきものも書かれているが…。芸能人的サインなんか名前読めないし、外で会う人は俺が借金していると誤解するだろう。


「おいマコト!感動返せっ!」

「響、騙されやす過ぎだろ!」

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