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6.マコトの提案

****


 すでに日付は変わった午前0時のファミレスで、俺は久しぶりに父さんと向かい合っていた。


「本当に、帰らないっていうのか…?」

「うん。学校は辞めて、YBIに入りたい」

「高校を…、辞める?!」

「もう決めたんだ」


きっぱりと言い切ると、父さんは絶句した。それはそうだ。昨日まで医学部を目指していた息子が、学校を辞めてアイドルになりたい、なんて。驚くに決まってる。


「確かに、母さんはお前に厳しし過ぎた。部活もやらせずに、、やりすぎだし、酷かったと思う。私も忙しさにかまけて、母さんに任せっきりにしてしまっていて…。すまなかった。もうそんな無理はさせないから!それなら…」

「それでも、もう家に戻りたくないんだ」

「響…」

「YBIの事務所には寮があるから、そこに入りたい。お願いします。同意書を書いてください」


俺はテーブルに頭が着くくらい、頭を下げてお願いした。

 父さんの話を聞いて、医学部を目指すという気持ちは完全になくなった。だって父さんもそれは『無理している』と思っていたんだろう…?

 父さんは少し落ち着くためか、テーブルにあったコーヒーを一口啜る。


 どうやって息子を説得しようか、そう考えている顔だ。俺は沈黙に耐えきれなくなり、隣に座っているマコトを盗み見た。


「僕も止めたんですよ?!でも、響くんの意思が固くて!」


マコトは眉を寄せて少し心配したような良い人面で父に言った。


 ーー完全に演技である。

 ライブ終わり、マコトは俺に、家庭で決定権がある人が誰かを聞き、父を説得しよう、と言ったのだが。マコトの目的は資金が不足している事務所への定期的な入金だ。俺は家にいたくないから、居場所の確保。それに、さっき見たライブで感じた…、自分の『YBIに入ってみたい』という素直な気持ちを大切にしたかった。

 でもそのまま言えば、拒否されるに決まってる。だから口裏を合わせて、演技しているのだが…。


「一緒に夢を追いかけたいんです!響くんはお父さんとお母さんの言う通りに今まで勉強、頑張ってきました!だから今度はアイドルになりたいって響くんの夢を応援してもらえませんか?!」


 100%嘘なのに、こんなに瞳をうるうるキラキラさせながら言えるってアイドルってすごい…。俺は少し引いた。それは社長も一緒だったようで、父の隣で顔を引き攣らせている。


「しかし、アイドルなんて厳しい世界で…」

「厳しいか厳しくないかは人それぞれだと思います。実際響くんは勉強の方がキツくて、死にそうになって家出したわけでしょ?」

「死って……」


父はまた、言葉を失う。その様子に、関心がなさそうだと思っていたけど多少愛されてはいたと知って安堵した。

父の動揺を察知したマコトも、最後の仕上げたばかりに捲し立てる。


「じゃ、こういうのはどうです?!夏休みだけお試しで、寮に入ってアイドル活動してみるっていうのは!?その間に正式メンバーになれなかったら諦める方向で」

「いや、でも…。今日会ったばかりの方に息子を預けるなんて…」

「まあ、他の有名事務所の方が安心って気持ちはわかります。でも有名事務所はそれだけ注目度が高いから、別の仕事に就こうとした時にね、デジタルタトゥーが残りやすいっていうか…。その点うちは安全です!動員もまだそんな多くない、地下アイドルだから露出が少ない。でも、ちゃんと『FUJISAKI芸能』って会社で、ホームページもあります…!」

マコトはまるでセールスでもしているように、タブレット片手に説明をしていく。

 そして遂に……!


「夏休みの間、息子をよろしくお願いします」 

 父さんは同意書にサインした後、財布からお金を取り出して、入会金分の二十万円をマコトに差し出した。泊まりになるかもと考えて、現金を多めに用意していたらしい。

「ありがとうございます。響くんことは任せてください!あ、お父さんこれ、社長の名刺と月謝の振込先です。よろしくお願いします」

 父さんはマコトから『FUJISAKI芸能、社長 藤崎由香里』と書かれた名刺を受け取ったあと、俺に向き直った。生活費といって、数万円を手渡された。

「連絡は毎日すること…」

「うん…」

「またくるから。それじゃ…」


父さんは社長とマコトに深々とお辞儀をして立ち上がった。何度かこちらを振り返っていたが、俺が動かないと分かると帰って行った。




「よっしゃあ~!二十万円~!」

「久しぶりに焼肉行こうぜ!」

「良いね!」

後ろの席からソウマとカナタ、キョウ、シオンがひょっこり顔を出した。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!支払いもあるんだから…!」

 何を食べよう、と盛り上がる四人を、社長が慌てて引き止めた。二十万円って、そんなに神経質になる金額なのか…俺の2年分のお年玉くらいの金額だぞ?先日のコンサートも満員だったのに、何故そんなに金がないんだ?


「おい、待てよ!食べ物どころじゃ無いだろ!今月の給料がまだなんだぞ…!」

てっきり帰ったと思っていたら、タクミもついて来ていた。マコトが引き留めていたが、本当に来るとは意外だった。


「そうだ…!また電気とかWi-Fi止まったら配信出来ないんだぞ!個人個人に碌な給料も支払えてないんだ。二十万円じゃ全然足りない。俺たちの事務所にはもっと金がいる!」


マコトはカバンから、ノートを取り出して何かを書き出していく。1.チケット販売、2.物販、3.アフィリエイト、4.投げ銭と書かれたそれを、社長の前に置いた。


「明日から、各個人が売った販売金額をポイントにして毎週公表しよう。順位をつけて、最下位になったら研修生に降格する」

「「「「「はあ?!」」」」」

「推しが落ちそうになったら、ファンなら金使うだろ?俺たちはデート営業はしない。スクールだって入るのは響くんやカナタみたいな家出少年ばっかだし、あと金あつめるならこれしかない!」


 マコトの提案に、全員が目を丸くして、驚き固まっている。


「このままじゃ、いつまでも地下に潜って金がないアイドルのままだ。最悪解散になる…!それは絶対に避けたいし、俺はさ、もう嫌なんだ。冗談でも『露出が少ない』とか『地下』って言って自分たちを貶めるのは」


 俺の父さんを説得するため『有名事務所はデジタルタトゥーが心配だけどうちは地下だから大丈夫』っていったこと、本当は嫌だったんだな…?

 マコトは今までで一番真剣な顔をした。


「売れるには話題性も必要だよ。他と同じことやってる場合じゃない…!どこもやってない、なにか新しいことをやろう!」


 マコトの熱意のこもった提案に、その場にいる全員が、ゴクンと唾を飲んだ。


「でもどうやって売り上げを個人に割り振るつもり…?」

 社長がマコトに尋ねると、マコトはやり方も既に考えていたようでニヤリと笑った。


「チケットは簡単。握手券をつけて、それを集計する。物販はメンバー集合のは個別の販売で案分。アフィリエイトは結構詳しくページビューごとの分析が出来て、かつスマホ決済できるサイトに変更することにした。投げ銭はファンの人に告知して誰宛か書き込んでもらう」

「ちょちょちょ、そんな、サイトの変更なんてお金もかかるし…!」

「それは大丈夫。ほぼ俺とカナタで作ったから」


社長は目をぱちぱちと瞬いた後、項垂れた。そしてカバンから、バーコードのついた紙を取り出してテーブルに広げる。


「そうよね、これ、払わないとだもんね~」

「「「「「えーーー?!」」」」」


それは公共料金はじめとした色々な請求書だった。期日が過ぎているものも複数ある。


「何でこんなに滞納してるんだよ!」

「だって~!この間の遠征費用に、グッズ代…その辺りは業界だから優先してはらったの。そしたら、こうなっちやった…♡」

「「「「「「なっちゃったじゃねーよ!!」」」」」


社長はマコトの手元にある、父さんが払った二十万円を指さす。


「そこから急を要するやつを差し引いて、十五万くらい?それを六人で割ると~…。二万五千円なら何とか」

「二万五千円!?嘘だろ?!」

社長の計算に、ソウマとタクミは頭を抱えた。


 でも、その計算、なんかおかしい。


「俺も入れて、七人で割ると、一人五万円だよ?」

「何で…?」


ソウマが顔を上げて、俺に詰め寄る。


「さっきマコトくんが、俺からも二十万円受け取ってるから、父さんのと合わせて四十万もってる。支払いを差し引いて三十五万あるはず」


そうなのだ。俺が出した二十万を、マコトは返していない……。


「響くん、案外頼りになるね…!さすが俺、見る目あるー♡」


マコトは悪びれるでもなく、アイドルらしく、可愛くにこっと微笑んだ。


 マコトが俺を褒めると、タクミは不機嫌そうに立ち上がった。


「タクミ、まだ話が終わってない」

「なんだよ…?もう俺に用なんかないだろ?そのおぼっちゃんと仲良くすればいいんじゃね?」


すごく、棘のある言い方だ…。しかし、マコトはタクミの質問には答えず、黙ってお金を均等に分けていく。全て分け終わると、また打って変わって真剣な顔をした。


「今月は均等割したけど、来月からはポイントで給料も按分する。それは明後日の配信で発表するから、明後日の夜、事務所に集まって」

「はあ?!勝手に決めんな!」

「じゃあ他に、この窮状切り抜ける方法提案してくれよ。なんかある?」

「……、ムカつく…!」


タクミはテーブルの上の五万を掴むと、出て行ってしまう。窓の外で、女の子がタクミに駆け寄って行くのが見えた。花音ちゃんだろうか…?

 その後、マコトは全員に五万円ずつ配っていき、最後に残った五万を社長に手渡す。


「ちゃんと支払いしてくださいよ?」

「もちろん♡」


社長は,じゃあ帰りましょうと、陽気に立ち上がった。全員、それに従って立ち上がり、社長が支払いを済ませるのを待って店を出る。

 YBIの寮に向かって歩き始めた時、スマートフォンに通知が来ていることに気がついた。


 これ、同じOS同士だとケーブルとかインターネットを使わずに画像共有できる機能の受信通知だ。以前家庭教師とデータのやり取りに使って、設定を全解放したままにしていた。


 受信を拒否することも出来たが、何となく気になって『受け入れる』をタップしてしまった。


 画像を開いて目を見張る……。『消えろ 氏ね』と、表示されたのだ。

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