53.録音
駅の近くのコンビニまで走ったが、マコトの姿がない…。
さっき、社長との話し合い、俺も一緒に行くって言ったのにマコトは、はぐらかした。ひょっとして…一人で話をつけに行った?だとしたら…。マコトが危ない。
社長は一度、マコトを狙ってペットボトルを落として…衝動的にでも、怪我をさせるつもりだったのだ。
コンビニを出て、マコトに電話を掛けるが繋がらない。
「バカ…!」
もし、社長と話し合うとすると、どこだろう?マコトはニュースでも取り上げられて今顔が売れてる。目立つところでは無理。
考えられるのは、憲司のスタジオ、弁護士事務所、社長のマンション…。マコトは夜の配信には出るつもりだから、移動に時間がかかる憲司のスタジオ、弁護士事務所ではない気がする。
消去法で、社長の自宅マンションだと予想し、その方向へ走った。まだ、そんなに時間が経っていないから、入る前に止められるかもしれない…。
同時にスマートフォンへ電話を掛けるが、やはり繋がらない。
マコトに会えないまま、社長のマンションに着いてしまった。
マンションはオートロックだ。部屋番号を押して、開錠してもらうしかない。先日来て覚えていた部屋番号を連打する。
「くそ…っ!」
応答がなく、思わず舌打した。部屋番号を押しながら、同時に電話を掛ける。
絶対出ないと思っていたのに、ピッというタップ音と共に、電話が繋がった。同時に「この通話は録音されます」という音声ガイダンスが流れる。
録音……?
試しにもう一度、部屋番号を押すと、スマートフォンからインターフォンが鳴る音が聞こえた。やっぱり、マコトはマンションの部屋の中にいる。更に、録音していると言うことは…。
スマートフォンから、話し声が聞こえて来た。
「誰かしら、こんなに何度も…」
「マスコミじゃない?昼のニュースで、流れたみたいだから」
「全く、何てことしてくれたの…」
不機嫌そうな女の声が聞こえる。やはり、マコトは社長に呼び出されてここに来たんだ。
「あんな記者会見を勝手にするなんて…!」
「…契約解除して弁護士雇って一方的に破産手続きの受任通知送って来た人がそれ言う?」
本当に…、どの口が言うんだ?!俺は、電話越しに憤った。
「仕方なかったの…!決算書を見ればわかるわ!売り上げも上がったけど、費用もかかってるのよ?」
「…じゃあ、なんでブランド物とか色々買い物出来るわけ?マンションもそうだけどさ。整形したり。結構派手な生活してたよね?」
「し、してないわよ…!マンションはホステスしてた時の給料や元夫からの慰謝料も入ってるんだから!」
明らかに社長は慌てている。そういえば、マコトの整形疑惑の時、領収書が投稿されてたけど、あれって実は社長の物だった?そう言えば、夏で暑いのにマスクしてる時があった…。
「そうなんだ。じゃあさ、このマンション売って、資金にしようっていう考えはなかったの?」
「ここは、シオンも住んでるのよ?住んでるところまで無くなったらどうしたらいいのよ!」
「つまり、ここ、売りたくなかったんだ。契約や税金の分納に個人保証つけてて破産したら、売却する羽目になる…。だからわざと名義変えたんだろ?」
「それは…」
社長は言葉に詰まった。つまり、マンションを売却したくないから、マンションの名義は憲司に変え、会社を計画的に倒産させて、逃げようとしたわけだ。そしてあの、シオンの新会社は……。
「株式会社FS Entertainment…。代表取締役社長、藤崎詩央里。新会社に、売り上げも移してたんだろ?」
「……」
「あとさ、消費税って、設立から二年間は支払い義務が無いんだってね。ここ、一ヶ月半の売り上げから計算してもその額…」
そうか。売り上げを新会社に移していたんだ…!だから不自然に、YBIの売り上げが消えていたのか!
マコトが言うように売上を新会社に移せば、今年の消費税の支払いから逃れられる。さらにFUJISAKI芸能を倒産させ、去年の消費税や、社会保険料も支払わないなら、そうとうな金が浮く…。
しかし、マコトがそこまで調べていた事に驚いた。きっとずっと、疑っていたんだ。
「そ、そんな理由じゃ無いわよ!」
「…そうだよね…。ごめん。言いすぎた…」
マコトは突然、甘ったるい声を出した。何だかぞくりとする声…。
多分何か、企んでる…。短い付き合いだけど、『わざと』だと言うことは、話し方で何となくわかった。
「会見でも言ったじゃん。俺は社長が親代わりだと思ってる。信じてる」
「マコト…」
「憲司に唆されたんだろ?会社の売り上げを新会社に移して、今の会社に支払い債権だけ残してをバックれようって」
「……それは…」
「分かってる。社長一人でホステスしながら子供育てて、大変だったんだよな?憲司みたいなやつに引っかかってもしょうがないって思うよ。だから、つい、計画倒産の、美味しそうな話に乗っちゃったんだろ?」
そこまで聞いて、もうマコトの意図が分かった。社長に『計画倒産を企てた』と言わせて、証拠を取るつもりだ…!それを、自分を怪我をさせようとした人と一対一でやるなんて…危険すぎる!
俺は焦ってもう一度、インターフォンを押した。やはり応答がない。その時、背後から名前を呼ばれた。
「響…?」
振り向くと、そこにはシオンが立っていた。
「シオン…!良いところに来た!開けて!今直ぐ!」
「な、何だよ…。母さんがマコトと話すから、ダメだって…」
「だから、二人にしたら不味いんだよ!」
俺の剣幕に、シオンもただことではないと思ったのか、勢いに負けてオートロックを開錠する。
スマートフォンに耳を当てながら、エレベーターまで走り、ボタンを押した。エレベーターを待つ間、シオンは我に返ったのか俺を睨んだ。
「おい、その電話何なんだよ?」
「…、これは…!」
「無理やり入って来て、何なんだよ!理由くらい言えよ!あと、電話止めろ!」
シオンが俺の手を掴んで、電話をやめさせようとした。揉み合っている間に、通話がスピーカーになってしまった。
スピーカーから、二人の会話が聞こえてくる。
「誰だった…?」
「さあ、記者かな…。それより…。さっきの話…」
「何だったかしら…」
「…憲司の話に乗って、計画倒産させようとしたんだろ?って話」
「憲司さんはそんな人じゃ無いわよ…!音楽に熱くて、一生懸命な人なの!」
スピーカーの会話を聞いたシオンは、動きを止めた。一機しかないエレベーターを待つ、もどかしい間、その会話に二人で耳を傾ける。
「本当に?騙されてるよ。目を覚ましてほしい」
「騙すなんて、憲司さんに限って、そんな…!」
「本当だよ。だってアイツ、社長のこと全然大切にしてない。その証拠に、シオンに手を出そうとしてる。動画もあるんだぜ?」
「ま、まさか、そんな…」
「本当。響が現場の写真撮ってた。データ送るから見てみろよ」
マコトは、俺が共有した動画データを送ったようだ。少し、間が空いた。
「う…、うそ…!きっと、シオンが誘ったんでしょ!最近女っぽくなってたもの…!」
「シオンからじゃ無いよ。シオンは、二人が別れるのを引き留めて憲司さんに迫られたんだ。動画でもそう言って脅してるじゃん、憲司さん」
「うそ、うそ…!私、……、マンションこ名義も変えて、別会社まで作って会社を倒産させて…!彼の学校に出資して…」
「そうなんだ…。やっぱり…」
「でも、信じて!私も、YBIを好きで捨てたわけじゃ無いの!」
「……そっか」
急に、マコトのテンションが下がった気がした。熱が冷めたように、声が冷えて聞こえる。
「マコトは、私を信じてくれるんでしょ?」
「……はあ?触るんじゃねーよ」
「え…?」
ちょうどその時、エレベーターが到着した。俺たちは急いで、エレベーターに乗り、ボタンを押す。
「やっぱりかよ…。信じらんねえ。っていうか、もう信じてなかったけど…」
「マコト…?」
「これ、電話の向こうで響が聞いてる。通話、録音してるし、社長、もう言い逃れできないよ。計画倒産企てて、その他横領…。後は、警察で話して貰える?」
「……マコト、私を騙したの?!信じてる、って、嘘ついて…!」
エレベーターの、扉が開いたところで、電波の関係なのか、通話がぷつりと切れてしまった。こんな時に…!
エレベーターを降りて、廊下を走り、シオンが扉に鍵を挿す。焦っているのか、ガチャガチャと開けるのに手間取ってしまった。
ドアが開いて直ぐ、俺は中に入り、廊下を走ってリビングの扉を開ける。
ちょうど社長がマコトに馬乗りになり、包丁を振り上げている所だった。
「マコト…!」
「来ないで!」
社長は、泣きながら叫んだ。正気じゃ無い…。俺は怖くなって、足が震えた。
俺が怯んだ瞬間、社長は包丁を振り下ろした。マコトがその腕を掴むより先に、シオンが飛び出して、社長の腕に抱きつくようにして動きを止めた。
「響!包丁とって…!」
シオンが社長を抑えたまま、俺に怒鳴った。
「シオンっ!何するの!私を助けなさい!」
「ママ…。もう、やめてよ。もう、無理だよ!ママの彼氏を『誘った』なんて言われて、味方できると思う?今まで必死にやってきたのが、バカみたいだ!」
「詩央ちゃん。それは誤解…」
「もう、ママのいいなりの、YBIのシオンは、死にました…!」
社長の言葉を聞いたシオンは大粒の涙をこぼしていた。俺の方を見て、早く、と口だけを動かす。
俺は走って近寄り、社長の手から包丁を抜き取った。




