52.見落とし
記者会見は無事、終了した。
開始した時と後で、俺たちの状況は一変していた。
「やべーよ、クラウドファウンディングがあ…!」
「どれ…?あー、何だ。ちょっと目標額低すぎた?」
記者会見終了後オープンしたクラウドファウンディングのサイトには申し込みが殺到していた。
カナタとソウマはハイテンションだ。
「午後のワイドショーで特集されたんだぜ!それで、ライブ配信のアーカイブもめちゃくちゃ再生されてる!」
「それに、YBI警察が動いたんだ。俺たちみんな同じ内容の告発文書引いたじゃん?読まなかったけど、画像でわかったらしくて、あれも社長が会社を計画倒産させるのに邪魔なYBIを解散させようとわざとやったって書き込んでる」
記者達がいなくなった会議室で、片付けをしながらその様子をカナタから聞いたマコトはニヤリと笑う。
結局こちらからシオンの事は言わなかったのだが、YBI警察、花音ちゃんにはバレてしまったようだ。でも、結果シオンを庇ったことも評価された。
「昨日聞いた時はこんな状態でクラウドファウンディングなんてって思ったけど…さすが~、会社を引き継ぐ、新社長!」
特にカナタは徹夜でクラウドファウンディングの準備をしていたらしく、変なテンションだ。
でも俺は少し不貞腐れていた。
「でもさ、何で言ってくれなかったの?クラウドファウンディングも、自分が社長になるって言うのも」
社長になるってことは、今のFUJISAKI芸能の借金も含めて全部背負うってことだ。総額が分からない状態で、そんなこと言うなんて…。
「俺が社長だと嫌?皆んなも…」
マコトは少し不安そうに、全員を見回す。俺は頭に来て、マコトの胸をグーで押した。
「いや、そうじゃない!マコトが社長なのが嫌なんじゃなくて、そんな重要なこと何で相談してくれなかったんだ…、ってこと…!借金とか名誉毀損とか、全部一人で背負うつもりかよ…?!」
「やっぱ響はかしこいな~。カナタに言った時は全然ピンと来てなかったよ」
「ちょっ、俺の悪口はやめて…?!」
流れ弾~と、カナタは机に突っ伏した。カナタはふざけていたが、ソウマはやや怒った顔でマコトに近付く。
「響の言う通りなのかよ?」
「結果、そうなるかもってだけ。ならなきゃいーんだよ」
マコトは自信満々だ。クラウドファウンディングの、申し込み画面を指差す。
「ほら、大丈夫そうじゃん。それにこれは、会社の口座じゃなくてカナタの口座で登録してるから」
「昨日夜、寝てる所をマコトくんに起こされた時はびっくりしたけど…。クラファンサイト、十八歳以上じゃないとダメでさ…。俺が大人でよかったよ」
カナタは両手で自分を抱きしめて、でも口座に大金が入ったら…、と恐ろしい冗談を言う。直ぐに、マコトに睨まれた。
「申し込み当日スタート可能、ってサイト探して、すぐ申し込みして。本当に、記者会見当日中のスタートが切れるなんて…驚きだよ!」
「間に合って良かった。金はなんとかなりそうだから…」
良かった、と言ったのに、マコトは少しだけ表情を曇らせた。
「…この後、社長と話し合うつもり?」
「いや、昨日の弁護士に連絡しようと思ってる」
具体的に、どう会社を引き継ぐのか…。やはり専門家じゃないと分からないことも多い。あの弁護士も『計画倒産』は犯罪だと言っていたから、潮目が変わった今なら話を聞いてくれるかも。
「じゃあ、俺も一緒に行く…!」
「分かった。でもそれより今日は、最終のランキング発表しよう。シオンは脱退するから、自ずと…響がメンバーに戻る」
「……!」
思わず俺は笑顔になった。シオンのことを喜んじゃいけないとは思うけど、ホッとしたのは誤魔化せなかった。
その配信をもって、父さんに連絡しよう。本当はちゃんと、ランキングで上がりたかったけど、YBIに残ればこれからもチャンスはあるはずだから…。
頬が緩んだ俺とは対照的に、カナタははあー、と深くため息をついた。
「じゃあまだオレ、寝られない系?」
「配信は夜からだから、それまで仮眠できるよ」
「分かった、そうする」
カナタは眠い目を擦りながら背伸びした。
カナタを夜起こしたのがマコトだとすると、マコトも寝ていないはずだが…。マコトは元気だ。
「よし、取り敢えず帰ろうぜ…!」
会場を片付けて清算を済ませると、俺たちは寮へ向かう。その間、マコトのスマートフォンはSNSの通知が鳴り止まない状態だった。
会場のホテルから最寄駅まで一駅。駅に着いていつもの公園を通り、寮のマンションへと向かう。
公園を出たところで、急にマコトが立ち止まった。
「あのさ、俺、ちょっとコンビニ寄ってから帰る。買いたいものあって」
「え、じゃあ俺も行きたい」
カナタが水飲みたい、といってマコトに着いて行こうとした。
「買って来てやるよ」
「マコト、水なら大丈夫…!カナタには俺のやる」
ソウマがリュックから水を出している間に、マコトは走って駅の方へ行ってしまった。
「ほら、カナタこれ…!」
ソウマが取り出したのは、先日皆んなで買った『一本買うと一本無料』の塩分チャージドリンクだった。
「あ、ありがとう…」
お礼を言ったカナタは、ペットボトルを手に、また歩き出した。少し歩いて、飲む様子のないカナタに苛立ったソウマがカナタからペットボトルを取り上げ、蓋を開けると強引にカナタに持たせた。
「寝不足だし、暑いし飲んだ方がいい!」
「でもー、ぬるい塩分チャージドリンク、不味いからヤダ」
「ヤダじゃねーよ!人の親切を何だと思ってんだ!」
「頼んでない、マコトに水頼んだし!」
二人は飲む飲まないで揉め始めた。根底にはソウマのカナタを心配する気持ちがあると思うと、ハートウォーミングな揉め事だが…。
「ほらごっくん!」
「なんか掛け声もやだぁ!」
「いいから飲んどけ!」
「うが…、やっぱ、ぬるくてまずっ!」
「ああん?!」
不味いと言われたソウマが切れて、カナタからペットボトルを取り上げようとした。
「なんだよ、冷やして飲むよ!」
「もうやらねー!」
「拗ねんなって!ちょっと嬉しかったよ?ねえねえ!」
「ふざけんな、返せ!」
ペットボトルを取り合っているうち、二人はそれを落としてしまった。結構な音を立てて、ペットボトルがアスファルトへ落ちる。
「あーあ…」
カナタは中身が溢れたペットボトルを拾うと、そのまま飲み干した。
あれは、先日落としたペットボトルのはず…。また落としても無事だった。本当に、ペットボトルって丈夫だ。
やっぱり、レコーディングの日、俺の隣に落ちて来たペットボトル、あれ、上から落ちて来たものなんじゃないか?
だとすると、誰が…?シオンには時間がなかった。他に、俺に恨みを持ってる人物って…、いる?
俺は反射的にキョウを見つめた。
「なに?」
「キョウ、あのさ…。あのレコーディングの日、シオンが憲司さんと揉めてるの聞いてた…?」
キョウはぷい、と反対側を向いた。どうやら聞いていたらしい。
「内容、知ってる?」
「……じゃなかったら、あの日、シオンを探さないだろ」
そうか…。あのレコーディングの日、ペットボトルが落ちたと騒ぎになったらシオンと憲司が二人でいたと知られて社長を刺激するから、俺の勘違いだとキョウは言ったんだ。そしてキョウは憲司とシオンが取引した内容を知っていたからシオンを心配して、シオンが憲司に襲われた場所に現れた。
じゃあ、、キョウも俺にペットボトルを落とす時間はない。
すると残りは、三人だ。
「カナタ、ソウマ…!レコーディングの日、暴れる社長を挟み撃ちにしたって言ってたけど…。二人はどこにいたの?」
「え~?覚えてないけど、どこだったかな…?」
「あー。でも捕まえた場所は覚えてる。結局、控室にいたんだよ!」
「控室…」
控室はたしか、窓がある、三階の部屋だ。
「それまでは、二人は別の部屋にいた?」
「そう…だったと思う。でもそれがなに?」
じゃあ、ペットボトルを俺に落としたと犯人は社長だ…。社長が、俺を?
でも、何で社長が俺を?シオンに狙われるのは、納得する。でも、社長は俺のことをあんまり気にしていなかった。シオンが襲われて、俺のせいだと言った時も警察に連れて行くでもなく、親のところへ帰れといっただけだった。
直前で、激しい口論をしていたのも、俺じゃない。言い争っていたのはマコトで……。
「そーだよ!マコトだ!!」
「へ?!なに?!」
思わず大声を出した俺を見てカナタは目を丸くした。
「マコトくんが、何…?」
「レコーディングの、ペットボトルが落ちてきた時、直前まで社長と揉めていたのはマコトだった。その後、俺はマコトのパーカーを来て、外に出たんだ…」
「え…?何、どう言う事?」
「本当は、マコトを狙ってて、マコトと間違えて俺にペットボトルを落としたんじゃないか…?俺、前もシオンにコンビニでマコトに間違われたことがあるんだ。髪の色も似てるし、服も…。上から見たらもっと分からないかもしれない」
「そ、それって…?」
「マコトは…?コンビニに、いった…?!」
遅くないか…?そう思った瞬間、顔から血の気が引くのを感じた。
「俺、コンビニ行ってくる!」
「おい、響くん…!」
カナタが止めるのも聞かずに、俺は走り出していた。




