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51.記者会見

 ついに、8月最終日。

 夏休み初日に、まさかこんなところにいるなんて、誰が想像しただろう…?

 

 記者会見の場所に選んだのは、新宿のホテル。会議室に、テーブルと椅子を並べるだけの、簡易な会場だ。パイプ椅子が並べられている会場を見て、ソウマは首を傾げる。



「でもさぁ、こんなに椅子並べて、人がくるのかよ…?スカスカだと寂しくない?」

「お昼休みの時間だし都心でアクセスいいし、結構来るんじゃない?まあ、来てもこなくてもライブ配信はするから」


ソウマの疑問に、カナタが自分を言い聞かせるように答えた。


「マコトって案外お金持ちだよなー」

「堅実だよね。スロット屋でバイトしてた頃から貯金してたんだって」


そうなんだ。それで先日も、家賃を払えて、今日も会場代を自分で支払ったということか…。


椅子を並べ終わると、マコトが会場にやって来た。


「みんなー、集合!」


 マコトは、いつもとは違うスーツ姿。謝罪会見ではないが、黒いスーツをピシッと来て、ピアスは外している。


「これ、参加するって返事が来たメディアのリスト。こっちはオンライン参加。何だかんだ、二十社くらい来るみたい」

「ええー?!プロテインのアンバサダー発表より多いじゃん!」

「うん。前からメン地下って、デート営業とか闇って言われてたから。面白おかしく報道するつもりなんじゃない?」

「だ、大丈夫なのかよ…?」


ソウマが不安そうにマコトに尋ねた。マコトはソウマに聞かれたのになぜか、俺の方を向く。


「うん。昨日、ソウマ以外とは打ち合わせしたし。大丈夫」


 あれから俺たちは寮に帰って、珍しくソウマが夕飯を作る担当になり、夕飯を待つ間、みんなで記者会見の想定問答をしたのだ。


「マコト、俺を輪に入れなかったこと、後悔するなよ?」

「それは大丈夫」


ソウマが鼻を膨らませて悔しがっている。その様子を見て、皆んな肩の力が抜けた。


「じゃ、カナタはカメラ。響とキョウは受付。ソウマは会場警備よろしく…!」


何となく円陣を組んだ。マコトがライブ前みたいに、でも少し小さい声で、掛け声をかける。


「行くぞ!」

「「「「おー!」」」


 最後にマコトは俺と、ぐーでタッチして、行ってしまった。


 会場には想像より人が入って、椅子が足りなくなるほどだった。バタバタと椅子の手配をしているうちに、記者会見は始まった。


「あ…!」

「何、どうした?」


思わず声を出してしまった俺に、隣にいたキョウが小さな声で尋ねた。


「マコトに目薬渡すの忘れた…!」

「何だそんなことか。驚かすなよ…」


キョウは少しだけホッとした顔で、一番前に一人で座っているマコトを見つめた。


 記者達はあくまで、ファンを食い物にしているメンズ地下アイドルを断罪する、というスタンスだ。


 いきなり、攻撃的な質問が飛ぶ。


「ファンから色々な方法で課金させて、荒稼ぎしていたとか。消費者生活センターから指導が入ったって言うのは本当ですか?」

「指導は特に、きていません。基本的に活動はライブしたり、グッズを売ったりという、一般的なアイドルの範疇だと思ってます。少し、他と比べたら変わったメニューはありますけど」

「少し?『バッド課金』なんて、ネガティブな感情を煽ってる、かなり過激なメニューだよね…?」


記者は意地悪く質問する。確かに、バッド課金は『ペンライトをぶつけたい!』みたいな負の感情をお金に変えてる。でも…。


「バッド課金はいわば『逆投げ銭』です。それに、上限額も設けているからむしろ普通の投げ銭より金額は少ないです。無理のない範囲でランキングの上下を楽しんでもらえるよう心がけていました」

「稼いでいたことは事実でしょ?」

「……」


マコトはその質問に少し、間を持たせた。



「…自分たちは社長にお金がないと言われて、ただ必死に活動していました。ファンの人を騙すつもりなんて、全くありません」

「デート営業の件は…?」

「そのような噂はありましたが、ここにいるメンバーについては潔白だと自信を持っています。寮に一緒に住んでいるので」

「メンバー内のイジメは?」

「ありません。今月の給料は五万円でしたが、寮の家賃が支払われておらず、全員で持ち出しで払いました。お金がなくて、イジメどころか協力しないとやっていけなかった」


今度は記者の方が反対に、言葉に詰まった。マコトがこんなに話せると思っていなかったのかもしれない。記者は皆んな腕を組んで、中々次の質問をしなかったが、ようやく一人の記者が手を上げた。


「ライブも常にソールドアウト、グッズも売れてる、投げ銭もある。ファンから搾取している筈が…『お金がない』なんて信じられないんですが…」

「そうなんです。僕らもそれをずっと疑問に思っていました。けど、ランキングバトルをやったことで今までブラックボックスだった売上が、見えるようになった。売り上げに、費用はネットの情報や、実際見積もりを取ったりして確認して、結果、収支が合わないと気づきました」



ファンから搾取したと追求する筈が、話の方向性が変化し、会場が急にザワザワとし始めた。先ほど、マコトの澱みない反論につまらなそうにしていた記者まで身を乗り出す。


「収支が合わないっていうのは?」

「手のこりが合いません。俺の計算だと、あるはずなのに、俺たちは金がないと言われて、給料は先ほども言った通り、実質ほぼもらっていません。それなのにいろいろな未払いの督促が、次から次へと来る」

「それ、証拠はあるの?」

「証拠というか、実際に見た内容ですが…」


マコトは売り上げを書き込んだノートを目の前に見えるように広げる。


「ノートにわかる限りの、収入と支出をまとめています」


 ランキングバトルを利用して、マコトは細かく収支を計算していた。その内容には相当な自信を持っていて、ノートを出したマコトはとても落ち着いている。


「事務所の社長は、なんて…?」

「去年の支払いが負担だと言われました」

「…足元が良くても昨年の費用や設備投資が重くて、倒産する企業は良くあることですが…」

「そうですね。でも、記憶の限りこの一ヶ月半は過去にない売上げだった。振り込みとか現金収入だけでも相当な額だったはずです。それなのに社長は消費税や社会保険料を滞納している。俺たちや登記上の取締役に給料も払っていない。じゃあ、このお金はどこに消えたのか…?」

「払えるだけの手残りがあったはずなのに?」


 ええ、とマコトがもう一度頷くと、会場はより騒がしくなる。「横領?」という声も聞こえ始めた。


「ただ、それって、君が見聞きして思っている事で、確実な『証拠』ではないよね…」

「そうですね…。証拠ではないです。確実なことと言えば、消費税や社会保険料、家賃を滞納してること、俺たち含め給料の支払いがないこと、あと、社長の自宅マンションの名義が、社長の同棲相手に変更されていること」

「それって…」

「社長の同棲相手は音楽制作会社の社長です。音楽制作の契約を破棄した違約金代わりに名義を変えたときいています。けど、名義が変更されたのは数ヶ月前、契約を解除したのは今月…」


 一斉に、マコトに向かってフラッシュが焚かれた。次々に、記者が質問の手を上げる。


「社長が横領したってこと?」

「わかりません。ただ、今日、正式に破産申請をすると、弁護士事務所から受任通知が来ました」

「つまり、計画倒産させたと?」

「分かりません…!社長はマンションにいなくて、話せていません。それに俺たちはまだ、未成年で、親もいないし…!」


マコトは首を振って、目を伏せた。事実だけを話し、計画倒産については分からないと答える所までは打ち合わせ通りだ。しかし、親の話をすると言うのは、言っていなかった…。

 記者達も、俺たちも、沈黙する。数秒間、沈黙の後、マコトは口を開いた。


「俺たちは、何も分かりません。でも、ファンの方を裏切るようなことは絶対にしていません!それに、俺は社長を信じています」

「給料も支払われていなかったのに…?」


いつのまにか、記者の質問が、同情を帯びた優しげなものになっていた。マコトは目を伏せたまま、頷く。


「親がいない俺たちを拾ってくれて、ここまで一緒にやって来た、親代わりみたいな人だから。俺たちは社長を信じてます!戻って来てください!」


 社長に呼びかけ、顔を上げたマコトの目には、涙が一筋、光っていた。


 マコトの涙を撮るために、目が霞むほどフラッシュが焚かれる。でも、マコトは目を閉じたりしなかった。

 ーーすごく、綺麗だ…。


 胸が、キュンと音を立てるくらいに。


 しかしすぐ俺は、ん……?と思った。東京ドームの駅で、親を呼ばれたくないとマコトは確かに言っていた。だから、親は死んではおらず、存在はしているはずだが…。


マコトは涙を流したまま、真っ直ぐ前を向いていた。

 

「社長が戻るまで、自分が会社を引き継ごうと思っています。滞納している税金や、家賃、その他費用をしっかりと支払い、社会的責任を果たして、またファンの皆さんの前に立ちたいです!」


 また、フラッシュが焚かれ、それらが収まってくると、マコトはハンカチで涙を拭った。そしてもう一度、しっかり前を向く。


「俺たちが社会的責任を果たして、またファンの皆さんの前に立つために…。もう一度だけ、力を貸してもらえないでしょうか…?」


マコトは真っ直ぐ、カメラ目線だ。一番いい角度。


 ーーああ、やられた…。これって、あれだ。


「活動を続けるため、この後クラウドファウンディングを開始します。ご支援頂いた方には、将来、俺たちの東京ドームライブのチケットをプレゼントします!」


 やっぱりだ…。


 でもちょっとあざとすぎて、心配になる。しかしマコトは、出会ってから一番、綺麗でかっこよく、かつ、アイドルらしく微笑んだ。


「一緒に行こ、東京ドーム…♡」



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