5.何色
「響くん!どうだった?」
リハーサルが終わると他のメンバーは楽屋に戻って行ったが、マコトはは撮影に使っていたらしい三脚付きのスマートフォンを持ったまま、観客席に立ち尽くしていた俺のところに走って来た。
「凄かった。歌も振り付けも良かった…。それにみんな真剣に意見を言ってて…」
「そうなんだ。YBIはメンバーみんなで作ってるんだ。まあ地下だからプロデューサーみたいな舞台監督が雇えないってこともあるけど…。響くんも入ったら言っていいよ?」
「お、俺はそんな…。意見なんて言えないと思う」
「何で?」
「今まで勉強しかしてなくて、何て言ったらいいか分からないよ…」
「良いんだよ、見たまま、嫌なこととかでも」
「…分かんない。本当に」
今まで親の言うなりに勉強して来て、意見なんか通ったことが無かったし聞かれもしなかった。だから自分の意見や意思がなくて、勉強から、家から逃げたら、何も残らなくて真っ暗闇に落ちてしまったんだ。
でも、マコトは意見を言っていいと、言ってくれた。何でもいいって、本当だろうか…?それなら俺も『何か』見つけられるかもしれない。
マコトは少し落ちた俺には気付かずに、手に持っていたスマートフォンを三脚から外して画面を開く。
「響くん、連絡先教えておいて?」
「う、うん」
俺は通話アプリを立ち上げた。友達が母と父、兄しかいなくて少し恥ずかしい。
見られないように隠しながらIDを読み込む画面を開くと、マコトはスマートフォンごと差し出す。
「これ俺の番号。通話アプリは乗っ取りにあってから使ってないんだ」
「そうなんだ」
俺はスマートフォンの連絡帳を開いた。連絡帳は姓と名を別々に登録する仕組みになっているから、何気なくマコトに『姓』を尋ねた。
「子どもの『姓』って親が離婚、再婚しても勝手に変わらないらしくてさー。多分訳わかんない名前になってるから、名乗らないことにしてる。だからYBI、マコトで登録して!」
マコトはもたもたしていた俺からスマートフォンを取り上げると、自分の連絡先を入力した。
「法律って難しいんだよ…。いま勉強してるんだけど、『会社法』ってやつ…」
マコトは明らかに動揺した俺を和ませようとしたのか、言い訳のように話した。そして自分のスマートフォンの連絡帳の登録画面を開いて、俺に手渡す。
『野上響』と入力すると、マコトはそれを見て微笑んだ。
「こうして見ると名前も上品だな~」
「そう…?」
マコトは名前も「マコト」としか入力しなかった。ひょっとして、名字と同じ、漢字を書かないことにも何か理由があるのだろうか?
聞くことも出来ずにいると、マコトは関係者席に俺を案内して楽屋へ戻って行った。
****
関係者席は後方真ん中の音響装置の隣にたった二席だけ。音響装置の近くに今日の予定『セットリスト』が置いてあり、開始時刻を知った。どうやらまもなく始まるらしい。
開始時刻が近づくと、隣にはYBIの事務所社長が現れ、俺を見つけて嫌そうな顔をした。
社長は業界人らしい派手な格好の太ったおばさんだ。隣に座ると、母とよく似た、香水の匂いがして嫌な気持ちになる。よく見たら、バックが母と同じブランド品だ。あのスクール詐欺で結構儲けているんだろうか?子供を使って、金儲けしてる、ヤバいやつなのかも…!
「あなた家出して来たんですって?しかも親御さんはお医者様だっていうじゃない!家出なんてやめなさい、あなたのためにも絶対帰った方がいいわ!」
社長はてっきりスクール詐欺をしていると思っていたけど、『帰った方がいい』と、発言するということは、違うってこと?
いつの間にか、薄暗い会場は女の子たちで満員になっていた。
「すごい人…!」
「すごいっていっても、三百人くらいよ?」
「三百人…?!」
三百人じゃまだまだよ、と社長はこともなげに言う。そうなんだ。三百人分もチケットが売れるなんてすごいと思うけど…。
三百人という人の多さに驚いていると、会場の照明が暗くなった。
ステージ上には、観覧の注意点をメンバーが面白おかしく紹介する映像が映し出された。コントみたいな楽しい映像が終わると、カウントダウンが大きく映し出される。
これはいつもの開始のパターンらしい。観客たちはみんな手をあげて、減って行く数字を叫ぶ。数字が減るたびに、開始への期待が高まり気分が高揚していく。
「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0!」
0!の声と同時に映像が消え、ステージが暗転する。しかしすぐにスポットライトが点灯し、ステージ中央に人影をとらえた。リハーサルの時とは違う、白地にゴールドの刺繍が施されたジャケットに、ドレスシャツを組み合わせた衣装を着た五人はまるで王子様のようだ。
YBIメンバーの登場に会場は割れんばかりの大歓声…!
一斉にペンライトが点灯し、たちまち辺りは色とりどりの光に包まれる。一際眩しいステージ上で、マコトは叫んだ。
「あなたの最高のアイドル、俺たち、Y、B、I!」
マコトはステージ上で、片目をぱちっと瞑ってアイドルらしく微笑む。それを見た観客たちはまた一斉に、悲鳴のような歓声を上げた。
男なのに、マコトの挙動にドキドキしてしまう…。すごい…!
もちろん知らない曲ばかりだけど、みんなで歌ったり、しっとりペンライトを振る曲もあったりと、飽きないステージ構成であっという間にセットリストは終盤へ入った。
観客の女の子たちは、ペンライト以外にハート型の名前が書いてあるうちわも標準装備らしい。メンバー毎に色が決まっているのか、うちわとペンライトの色は同じだ。
有彩色は基本、十色だ。YBIのメンバーは五人だから、まだ足りない色もあるだろうか?もし、俺が入った時…俺の色は何色?
最終の曲目が終わり、会場はまた暗くなった。
「アンコール!アンコール!!」
熱狂的なアンコールが続く暗闇の中、ペンライトの光を数えてみる。赤、青、黄色、緑、紫…それと…。
「アンコールありがとう!」
アンコールに答えてYBIの5人がステージに姿を現すと、この日一番アップテンポな曲で会場を盛り上げた。曲が終わると、ダンスをしながら一人ずつ挨拶をしていく。
最後がマコトだった。
「今日は来てくれてありがとう。みんな、YBIを好きでいてくれてありがとう!俺も愛してる…最後までついて来て!」
マコトが叫ぶと、アンコール二曲目、最終曲はあっという間に始まって、終わってしまった。
もっと見ていたかった。もっと、もっと近くで。
今はまだ、何色かは分からないけど、YBIの中で光る、俺の色も見てみたい…。
それがたった二十万円で叶うなら、安いんじゃないか?!