46.凸
社長のマンションの名義は『古川憲司』に数ヶ月前に変更されていた…。俺たちはその証拠を持って社長のマンションへ向かう。
「出ねえな…、居留守かぁ…?」
「ここにはいないのかもよ?」
「この間行った時もあんまり、住んでない感じだったしね」
「ここじゃないとすると…。あそこか?」
あそこ…。
社長の彼氏古川憲司の音楽制作会社であり、FS Entertainmentの登記上の住所、下北沢へ向かうことにした。
おしゃれなビルのスタジオがある三階は土曜日で休みなのかしん、と静まり返っている。インターフォンを押したが、応答がない。
「ここにもいないのか…?」
「いや、前、憲司はここに住んでるって聞いたことある。社長はマンションにも住んでる形跡ないし、ここで同棲してるんと思う…」
「じゃ、出てくるまで押してやろーぜ!」
ソウマはインターフォンを連打する。ピンポンピンポン…、卓球の一ゲームくらい余裕で終わりそうなほど連打すると、ようやく中の扉が開く音がした。
「るせーな、何だよ!近所迷惑だよ!」
相変わらず、姿だけはどこから見てもミュージシャンらしい社長の彼氏、憲司が現れた。シオンにはいやらしい猫撫で声で話すが、俺たちには冷たい。そういうヤツだ。
「ここに、ウチの社長いますよね?呼んでもらえませんか?」
マコトは、インターフォンを押していたソウマの前に出て、憲司と対峙する。
「はあ…?ここにはいねーよ。自分の家だろ」
「さっき行きましたけど、いませんでした。それに、以前から住んでる気配がありません」
「それで、なんでここにいるってなるんだよ?」
「あなたは社長と付き合ってるし、それに、シオンの会社の登記上の住所がここになってました」
「……」
シオンの会社のことを指摘されると、憲司は黙り込んでしまった。踵を返すと、奥へ戻っていく。少しして、戻ってきた憲司は、俺たちをスタジオの控室へ通した。
スタジオの控え室は、窓から日差しがあり明るい。おしゃれなソファーにテーブル、飲み物の自動販売機も設置してある。
憲司のことを検索してみたが、YBIの曲を作ってる以外の仕事はよくわからない。どこから、このスタジオを運営する資金が出ているんだ?そう考えるとゾッとした。
俺とマコトはソファーに座った。正面はたぶん、社長と憲司が座るだろうからあけて、他の三人は座らなかった。その状態で待っていると、憲司に伴われて不貞腐れたような顔の社長が現れた。
「何なのよ、あんた達…!あんな事になったのに、全然反省していないのね?」
「あんなこと…?」
「イベントの直後、公式アンバサダーの契約、無かった事にしましょうって、正式に連絡がきたわ」
社長は気怠そうに前髪を掻き上げながら、マコトの前に座った。マコトは社長を睨んでいる。
「でもあれって、社長が仕組んだんでしょ?これからソロデビューするシオンが、YBIメンバーなのにアンバサダーに選ばれないと困るから…。ついでにランキングも上げとこうって、セコイ手使ったんだろ?」
「何よそれ!セコイ手使ったのはマコトでしょ!あの子の部屋に生理用品なんか仕掛けて…!」
社長が声を荒げた。あくまで、マコトのせいにするつもりらしい。俺も我慢ならなくなった。
「社長、あの生理用品はシオン自身のものです。俺、コンビニでシオンが茶色い紙袋持ってるのみたし、マコトが買ったって言う黒いビニール袋はマコトがよく行く古着屋のショッパーです。俺とシオンもその古着屋で買い物たから、多分その時のものです!」
「だから何なのよ!それが証拠だって言うの?バカらしい」
「それをいうなら、マコトが仕掛けたっていう証拠もありません!」
「な、なによ…!」
社長は一瞬怯んだ。でも、こちらとしてもまだ、はっきりとした証拠がない状況ではある…。
「それより今日、大家さんが来たよ。また家賃払ってないんだってね。あとこれ…。社会保険料の督促も来たけど。どういう事?」
「だって、お金ないんだから仕方ないじゃない」
「だからその、YBIが稼いだ金、どこに行ったんだって聞いてんの。おかしいだろ…!ランキングバトルやって、、大体の売り上げは把握してる。相当、売り上げがあったはずだ。昨日も、俺が最下位になるくらいバッド課金が入ってさ。カードで入金待ちの分差し引いても、計算が合わない!」
「だから、去年のいろいろよ。消費税とかグッズ仕入れた分も、支払いが多くて…」
マコトはさっき俺たちにも見せたノートをテーブルの上に置いた。
「消費税、分納額からいったらこのくらいのはず。グッズは見積もりとって計算したらこのくらい。全然、収支が合わない。なんで?」
「……」
「YBIが稼いだ金、どこに行ったって聞いてんだよ!」
「おい、いい加減にしろ…!それこそ証拠がないだろ!」
社長が黙り込むと、憲司が社長を庇った。マコトは証拠がない、と言われて憲司を睨みつける。
「証拠はあります」
「何だよ、言ってみろよ…」
俺が、証拠があると言った途端、憲司も社長も俺を睨んだ。俺も、憲司を睨み返す。
「社会保険料です。YBIのみんなは、業務委託契約だから自分で国保を払ってる。それなのに、社会保険料の督促がきました。これは一体、誰の保険料なのか不思議でしたかが、FUJISAKI芸能の登記を見て分かった…。社長の貢いでたホスト達を役員にして、役員報酬を渡してたんじゃないですか?メンバーには碌な給料も払わずに」
「……」
憲司も黙り込んだ。沈黙は肯定…。きっと図星だったんだ。それを見たマコトはため息を吐いた。本当は違っていて欲しかったのかもしれない。
「どーせこのスタジオの金も、社長が貢いでるんだろ?そこまでして、この男の曲を世に出したい、ってこと…?自分の子供を犠牲にしてまで?」
マコトの含みのある『犠牲』と言う言葉に気付いて、社長は顔を上げる。
「犠牲なんて言わないでちょうだい!あれはあの子のためなの!あの子がアイドルになりたいって言うから、あなた達とグループを組ませたのよ!?私はあなたたちの人気が出ないのを我慢して使い続けて、親代わりにもなった…。それなのに感謝するどころか、言いがかりをつけて押しかけてきて!一体どう言うつもり?!」
「親代わり…?実の子供も、俺たちのこともほぼ放置でここにいたのに?」
俺は思わず言い返していた。『あの子のため』なんて詭弁だ。本心は自分の彼氏である憲司の曲を発売して繋ぎ止めたい自分の『欲』のためでしかないくせに。その行動原理は俺の母と同じだから、手に取るように分かった。
社長は言い返した俺を睨み、ワナワナと震えている。
「もう、話にならないわ!帰ってちょうだい!」
「ふざけんな、全然話しが終わってないだろ!」
社長は金切り声を上げ、立ち上がった。そんな態度の社長に向かってマコトが怒鳴った時、来客を知らせるインターフォンが鳴った。
憲司が無言で、部屋から出ていく。そして今度は人を連れて戻ってきた。
誰……?
「すみません、お待たせしました」
入ってきたのは、ワイシャツにスラックス姿の中年の男だった。
「先生、すみません…」
「いえ、ここは私が引き受けますから」
入ってきた男に誘導されて、憲司と社長は部屋を出て行ってしまった。
「ちょっと……!」
「少し話しましょう。あ、私、こういうものです」
男はマコトに名刺を手渡した。名刺には『山田法律事務所 弁護士 山田和之』と記載されている。
「弁護士…?」
「この度、FUJISAKI芸能の破産手続きを受任いたしました。山田と申します」
「破産…!?」




