42.ネットスラング
「写真、って…?」
「……希望の家の写真。キョウもあの中に写ってたろ?」
「え?全然分からなかった」
「ガリガリだったからな~…」
話しながらマコトは部屋を出て行こうとしたので、俺はマコトを呼び止めた。
「整形疑惑を晴らすために、キョウがあの写真を掲示板に貼ったってこと?」
「決まったわけじゃないけど、そうかな~、って…」
「あ、あのさ…」
キョウはキョウなりにYBIを守ろうとしてる。けどその矛先が、俺に向かっているような気がしていた。それをマコトに言おうとして、少しだけ躊躇った。
「この間もキョウに言われたんだ。シオンを食事に誘おうっていったら勝手なことするなって。それで、今日も…。俺、ここに来てから何回か『消えろ』ってメッセージ受け取ってて…。ひょっとして、それが…」
俺の話を聞いたマコトは目を丸くして、驚いている。
「何で、今まで言わなかった?」
「誰がやったか分からなかったし、もし言ったら家に戻されると思って…」
「…誰がやったか分からないって、俺も含めて?」
「……ごめん」
マコトは深く、ため息をついた。さっきマコトは、俺を信じてくれたのに…。
「今は、マコトを信じているから、話した」
「そっか。じゃあ俺を信じてよ。その犯人、キョウじゃない。絶対」
真剣な顔で、マコトに見つめられて、俺は頷く。
「そう思うのにはちゃんと理由がある。ドームでさ、響が頭からゴミかけられたことあったろ?あの時俺が『女子高生とすれ違った』っていったの覚えてる?」
「あ……」
そうだ。女子高生とすれ違ったから防犯カメラを調べて欲しいと、マコトは言っていた。
あの時は、YBI警察じゃないかと思っていたけど、違った…?
もし、あの時の女子高生がシオンなら…。全て辻褄が合う。まさか、そんな露骨に嫌がらせをされるとは思わなかったけど、確かにマコトが好きなシオンは、俺のことを最初からよく思っていなかった。
「じゃあ、3階からペットボトル落としたのも?」
「……あの時、キョウがシオンを庇ったじゃん。アレ、ひょっとして何か目撃してて…、キョウがYBIを解散させたくなくてわざと言ったのかもしれない」
「そ、そっか……」
ペットボトルを落としたのがシオンだとすると、そんなに嫌われていたんだと、少し怖くなる。俺を嫌っていたのは間違いないが、それで、ペットボトルを落としてまで、俺を…?
「そういえばさっき憲司さんが、『なんでもするからお母さんと別れないで』って言ったって、シオンを脅してた」
「どーしよーもねえな、憲司のやつ…。最悪…!」
シオンが憲司さんと『なんでもするからお母さんと別れないで』って取引をしたのは、憲司が社長に別れ話をして、社長の情緒が崩壊しそうになったからだ。
別れ話が出たのは、ペットボトルが落ちる直前だった。そして翌日、社長の藤崎由香里はマコトの電話に出ている。
シオンと憲司が取引をして、翌日、憲司と社長の付き合いが復活したから、機嫌を直してマコトの電話に出たのだろう。だから、二人が取引をしたのは、ペットボトルが落ちた日のはずだ。
実際、別れ話が出た後、シオンは動揺しながらも憲司に謝ってくると、飛び出して行った。その時に、俺たちの知らないところで話をしたに違いない。
憲司と社長が別れ話をしてからペットボトルが落ちるまで、時間はどのくらい、あったのだろう?
憲司と取引をして、その後ペットボトルを俺に落とす、シオンに実行できるだけの時間はあったのだろうか…?不可能ではないが、時間的余裕はほぼないはず。
ペットボトルを落とした犯人までシオンだとするには、何だか引っかりを感じた。
あの時、3階から落ちた割に、ペットボトルは蓋が飛んだだけだった。大きな音はしたけど、キョウが言ったようにあれは落ちたものではなかったのか?
何か、別のことを見逃しているのだろうか…?
「響、念のため、シオンが襲われたデータもらっていい?」
「あ、うん…」
マコトに画像共有して、その後、俺たちは急いで、本来の目的だった実際に読んだ告発用紙を探しにイベントスタッフの元へ向かった。
しかし、告発用紙は見つからず…。
「いったん楽屋に戻ろう」
「そうだね」
全て明らかにすると、啖呵を切ったのに…。仕方なく、俺たちは楽屋へ戻った。
楽屋の扉を開けると、荷物を持って出て行くシオンとぶつかった。
「シオン、話がある」
「……」
シオンはマコトを無視して、俺たちの側をするりと通り抜ける。
マコトは今日、何度目か分からないため息をついた。
「とりあえず、帰ってから話そうか」
「うん」
衣装を脱ごうと、ポケットからスマートフォンを取り出すと、メッセージの通知が来ていることに気付いた。
ーーシオンからだ。
『バラしたら、頃す』
ネットスラングを使った、文章…。
やっぱり、今までの嫌がらせはシオンだ。初めのメッセージ、『消えろ、氏ネ』の『氏』にもネットスラングが使われていた。
もう、隠す必要もないってこと?
つまり……。
震える指で、メッセージを閉じた。




