41.秘密
憲司と揉み合った時に、胸を平らにしていた下着のホックが外れてしまったらしい。シオンは俺に背を向けて、下着を直している。
ーーシオンは、女だった。
じゃあ、配信で家にあった生理用品は、自分のもの?そういえばコンビニで会った日、茶色い紙袋を持ってたけどあれって…。それ?
トイレで着替えをしていたのも、マコトを好きなのも、女の子だから…と分かると、LGBTの人口比率からいけば納得出来る。
美少女と言っても過言でもない美少年だと思っていたけど…。まさか、本当に女の子だったとは。
「シオン、なんだって、そんな…。女の子なのにメンズアイドルグループにいるんだよ?」
「子役で売れなくて…、ジュニアアイドルのオーディションも落ちることが続いて。女では競争率激しいけど、男なら可愛い方だからってママに言われて…」
「は、はあ…?!」
信じられない、なんて親なんだ!俺の母親も、俺をコントロールしようと必死だったけど、シオンの母親もなかなか酷い。俺は驚き過ぎて、言葉を失った。
「みんなには言わないで!憲司さんには特に!」
「それは、そうだけど…」
男の子だと思っていても、二度も襲ってくるんだ。女の子だと知れたら、本当にまずい事になるだろう。
「でも、マコトたちには言ったほうが…!」
「言わないで!もし、俺が女だって知られてYBIを抜ける事になったら、ママはYBIを解散させる!そうなったら、マコト達は…。施設に戻るか、親元に帰されるか…」
シオンは目に涙を溜めて、俺に訴える。
「で、でも…。やっぱり男の中に、女の子が一人っていうのはまずいよ。まだ今は中学生だけど、シオンがもっと大人になったら、隠しきれないんじゃないか…?今だって」
社長に太ったと言われていたのも、成長期で胸が大きくなったからだとしたら…。正常な成長なのに、無理なダイエットさせられて、我慢をしていたんだ。家には料理を作った形跡がなかったし、一緒に焼き肉屋に行った時はドカ食いしていた。
俺が『隠しきれない』というと、シオンはせ堰を切ったように泣き出してしまった。
「生理も重くて…、みんなと一緒に出来ない時もあった…。それに、マコト達はみんな声変わりして、キーが下がってきて合わせるのも辛くなって。胸も尻もおっきくなるし、もう無理だって思ってた…」
でも、とシオンは涙を拭う。
「マコトが、一緒にいてくれるなら、あと一年頑張ろうと思ってたんだ。恋人になってくれたら…頑張れると思った」
「でも、マコトは、えーと、その…」
「マコトはゲイだから、、だから男の子のままなら、付き合えるかも、って…」
男のフリして付き合えれば、一年頑張れるって思ったってことか…。なるほど、それでマコトに告白したんだ。
「なんであと一年なの?」
「来年、マコトが十八になれば、ママが居なくても一人で生きていける」
駅のトイレでゴミをかけられた時、マコトは、親に会いたくないと言っていた。だから、マコトが大人になるまで耐えようとしたって、シオン、健気すぎるだろ。
そんなに、マコトのことを好きだったんだ…?
マコトが十四歳でYBIを結成したと言っていたから、そこからだとすると、三年間…。ひょっとして、シオンの初恋なのかも。
俺がシオンに声をかけられずにいると、廊下を走ってくる足音が聞こえた。誰かがやって来る…!
「響?!」
声をかけたのはマコトだった。その後ろに、社長、キョウもいる。
「ちょっ…!シオン、どうしたの?!その格好!」
シオンのシャツは憲司によってボタンが数個なくなっており、だらしなく乱れていた。明らかに何かあった、という見た目のシオンに、母親である社長の藤崎由香里は声を荒げる。
シオンはその声にビク、と震えた。
「今日の、腹いせで、、響が突然…っ!」
「はあ?!」
思わず、声がひっくり返った。なぜそんなすぐ分かる嘘をつく…!?
「響はそんなことしねーよ!」
俺が言い訳するより先に、マコトが否定する。その少し強い口調に、シオンは目を見開いた。
「マコト!何でこんな、入って一か月のやつを信じるんだよ?!」
「響は、嘘、ついたことない」
シオンの非難をマコトは瞬時に突っぱねてしまった。
「シオン、俺、さっきの…、フラッシュ焚いた時に写真を撮ってたんだ。だから、証拠が…」
「やめろ!言うな!」
俺が証拠がある、と言おうとするとシオンが怒鳴って遮った。社長は涙目のシオンの、肩を掴み顔を覗き込む。
「シオン、どういうこと?説明して…!」
シオンは目を伏せて、社長の手を払うと出て行ってしまった。
それを呆然と見送った社長は、俺を振り返り目を釣り上げる。
「全く、あなたが来てから碌なことがないわ!もう、約束の八月も明日で終わるし、正式メンバーじゃないんだから約束通り家に帰りなさい。あなたの親御さんには私からに連絡するから!」
「ま、待ってください!それに、今のは…」
写真を見てくれれば分かる、と言おうとしたが、社長は怒って出て行ってしまった。
「響、何があったか説明して?」
マコトはため息混じりに髪をかき上げる。俺は、スマートフォンでさっき撮った写真をマコトとキョウに見せた。
「憲司さんが、シオンとここに入って行くのを見たんだ。まずいと思って追いかけたら、ちょうど襲われてて…その…」
撮った写真は今、初めて見たのだが、シオンの胸元もはっきり写っていた。マコトと、キョウの二人は写真を凝視している。
「シオン、社長に言われて男の子として活動してたみたいなんだ。最近身体の変化で女性っぽくなってきて無理なダイエットしたり、声変わりしたみんなとキーも合わなくなってたって…」
「うるせーよ!それを探ってどうすんだ、お前は!」
キョウは俺を怒鳴ると、スマートフォンを取り上げようとした。マコトが、手を伸ばして俺を庇う。
「響は悪くないだろ…」
「コイツが勝手に動くからだ。第一シオンのこと、ファンにバレたら、どうするんだよ?BLって喜んでたのにさ、実はフツーの男女の絡みだったなんて…言えねーだろ!」
確かに、それは大問題だ。だけど、もう隠しておけない段階にきている。それなのに、シオンをソロデビューさせようとしてたなんて、本当に社長は何考えてるんだろう…。
「そっとしておくしかない。とりあえず、あと一年は…!」
キョウはこういうタイプだから、シオンも最近、キョウに連絡していたのかも知れない。でも、マコトはそういうタイプじゃない…。
「それは出来ない。女をYBIに置いておけないから、シオンには抜けてもらう」
やっぱりだ。案外、正義感が強いマコトはシオンを辞めさせるつもりだ。
「バカ!そんな事したら、あのババア、YBIを解散させるに決まってる」
「そうかも知れないけど、仕方ないだろ。今日のシオンの歌聞いたか?一年も、もたないよ…。ずっと、違和感はあったんだ。でも、解散されたら困るって、見て見ぬ振りしてた。その結果がこれだよ。一回、ちゃんと仕切り直ししよう」
「綺麗事いうな!」
マコトとキョウは視線を合わせた。マコトはともかく、キョウはマコトを睨んでいる。
「YBIが解散したら、一番困るのはお前だろ、マコト」
「そうだね。二番目がキョウ。でもさ、俺を信じてよ。何にもせず、これまで過ごしてきたわけじゃないよ」
そうだ。マコトは忙しい時間をぬって『簿記』に『会社法』まで勉強していた。それは、社長がYBIを解散させることを見越して…?
しかしキョウは納得が出来ないようで、眉間に皺を寄せる。
「もう知らねー。勝手にしろ…!」
「うん……」
マコトが返事をすると、キョウは扉の方へ歩いて行ってしまう。キョウの背中に、マコトは声をかけた。
「あのさぁ、キョウ。写真、ありがとう」
「……」
キョウは無言で、部屋を後にした。




