40.犯人を捕まえろ!
登録者数十万人記念突破ライブは、『告発タイム』の影響で中止になってしまった。
俺は、舞台を捌けて楽屋に戻る間、考えていた。
今回、一枚目を引いたマコト以外の全員が、マコトを告発した用紙を引いている。それって、すごい確率だ。今日は、二千三百人動員し、初めて告発タイムを行った会場の倍の人が告発用紙を購入している。それに前回と最も違う点は、今日は『にわか』が多いってこと。にわかファンが、YBI警察の投稿をそんなにチェックして同調するか?
それにマコトは、YBIの鍵垢を突き止めていた。事前に何かあれば、察知していたはず。
投書箱を調べよう。実際の告発用紙に記入されている番号が販売したものと一致するかを調べれば、中身がすり替えられているのかが分かる。
すぐに投書箱を確認したかったが、楽屋に戻らなければいけなくなってしまった。
プロテインの代理店商社、三和の担当、YBIのメンバー、社長で楽屋に集まり、契約についての話し合いをすることになってしまったのだ。
「申し上げにくいのですが、騒ぎになってしまった以上、アンバサダー就任の契約については見直しをせざるを得ません」
「そんな……」
マコトはぎゅっと唇を噛む。
一方で隣にいた社長はずい、と一歩前に出た。
「本当に申し訳ありませんでした。でも、もう一度チャンスをいただけませんか…?」
「チャンス?」
「そうです。今回、不祥事を起こしたのは彼…、マコト一人ですから!マコトと、シオンを交代させます!そのうえで、マコトは…」
不祥事を起こした人は一人…?つまり、マコト一人に責任を負わせて、YBIから外す、とか?
「おい!何言ってんだよ、ババアてめー!」
真っ先に、ソウマが社長に食ってかかった。気持ちは分かる。でも、それは逆効果だ…!
「ソウマくん!そんな事したら、余計YBIの評判が落ちるよ!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!まさか響、お前もババアと同じで、マコトを外せとかいうんじゃないだろうな?!」
「そんなこと言うわけない、違う!」
「じゃあどうするんだよ?!」
「さっきの告発文は、偽物だ。きっと、投書箱に入ってた告発用紙を誰かがすり替えたんだと思う。その犯人を見つけて、ファンのみんな…いえ、今日、ここにいた人全員の誤解を解きます!」
俺が宣言すると、いつも話さないキョウが俺の肩を掴んで揺さぶった。
「勝手に決めて、引っ掻き回すな!お前に何が分かるんだよ…!一ヶ月くらいしかいない研修生のくせに!」
キョウの言う通りだ。期限までにメンバーになっていない俺はもうすぐ家に連れ戻されるかもしれない。でも…。
キョウの言葉は、正直堪えた。でも、諦めない…!
だから俺はキョウの手を振り払い、楽屋を飛び出した。後ろで「響!」と名前を呼ぶ声がしたが、止まったりしなかった。
告発用紙をすり替え、今日のライブをめちゃくちゃにした犯人を俺は許さない。絶対に、捕まえてやる…!
会場に戻ると、すでに客は一人もいなかった。散らかった告発用紙の半券を、スタッフの人が拾い集めている。
「すみません、それ!捨てないでください!」
告発用紙の番号は作成の際、控えてあるが、念の為、会場に散らばった半券を回収した。
告発タイムで使用する、販売している専用用紙はナンバーがふってある。実際読んだ告発文が、偽物かは、ナンバーを確認すれば分かるはずだ。
「あの、ここにあった投書箱は、何処にありますか?」
「投書箱ですか…?」
掃除していたスタッフは、顔を見合わせて「さあ…」と困惑した顔をした。
「誰かが、片付けたんでしょうか?どうしても必要なんです!」
「ええと、じゃあ、イベント運営会社の社員に声かけてもらえますか?僕らバイトで…」
社員は名札の色が違う、と教えられて辺りを急いで探した。ようやく探し当てて、投書箱のありかを聞き出したのだが…。
「楽屋に持って行った…?!」
「ええ、別のスタッフが、残りの荷物も一緒に」
既に、持ち出されてしまったと知った俺は慌てて楽屋へ引き返した。
楽屋には、カナタ、ソウマの二人が待っていた。
「カナタ、ソウマ…!投書箱知らない?!」
「響、何だよいきなり!みんなお前を探しに行ったんだぞ?!会わなかったのか?!」
「それより投書箱は?!」
「な、なんだよ…。あれだけど…」
ソウマが指差した先に、投書箱はあった。荷物がまとめて置かれている、その中に置いてあった投書箱に俺は飛びつく。
何個か中を開いて確認すると、告発内容はさまざまで、問題のマコトへの告発文は見当たらない。告発タイムで、キョウも、ソウマも同じものを引いたんだ。だとすると相当の量、同じ投稿が入っていたはず。それなのに、なぜないんだ?
箱ごと、すり替えられたんじゃないか…?
「実際読んだ告発文は残ってる…?!」
「ええ?どうだったかな…。たぶん、箱に戻したか、スタッフに渡したか…」
ソウマは当時パニックで、記憶が曖昧らしい。当てにならないので、俺はもう一度、スタッフを探すため楽屋を飛び出した。
また、来た道を戻って、ステージの方へ向かうと、前をシオンと社長の彼氏、憲司が歩いているのが見えた。シオンは憲司に手を引かれ、『関係者以外立ち入り禁止』とかかれた階段を登っていく…。
関係者以外立ち入り禁止の所へ、なぜ二人で?しかもシオンは手を掴まれていた。それに、憲司は前科がある。まずい事態なんじゃないか…?
急いでいるが、無視できずに俺は二人を追いかけた。
階段の先には、廊下と、それに沿っていくつか部屋があった。どうやら、舞台装置などが置いてあるらしい。色々な機材が積み上げられている。
辺りは明かりもなく暗いし、やけに静かだ。しかし少し先の部屋から、微かに物音がした。
俺は、足音を立てないように、奥の部屋へ向かう。
物音は階段から二つ先の部屋からしているようだった。その部屋のドアの前に立つと、言い争う声が聞こえた。
「あの日『なんでもするからお母さんと別れないで』っていったよな…?」
「そ、それはこういう事じゃ…!」
「大丈夫だよ、すぐ済むから…」
明らかに、おかしい会話が繰り広げられている。俺は、扉の前で震えた。
こんな所に踏み込む、自信がなかったのだ。勉強ばっかりで、部活もせず過ごしてきた。最近ダンスを始めても、まだまだ歌を歌いながらだと息が不安定。シオンの足元にも及ばない。
そんな俺が、憲司をやっつけられるのか…?!
「い、いやぁ…っ!」
ガタン、という音と、シオンの悲鳴が聞こえた。俺は決心した。YBIは、継子に性暴力とか絶対、許さないグループなんだ!
俺はスマートフォンを手に、思いっきり扉を開けた。
「何やってんだ!!」
俺は部屋に飛び込んで、スマートフォンで写真を撮りながら、フラッシュを焚いた。暗いところでいきなりフラッシュを焚かれた二人は反射的に目を瞑る。
俺はその隙に、シオンの上に跨っていた憲司を蹴飛ばして転がした。
「な、何だてめー!」
「それはこっちのセリフ…!写真撮ったぞ!今度こそ警察に突き出してやる…!」
「なにぃ!?」
憲司は立ち上がって俺に掴みかかろうとした。まずい、俺はめちゃくちゃ弱いんだぞ…!?どうする!?
しかも負けて、もしスマートフォンの写真を取り上げられて消されたりしたら一大事…!
俺は咄嗟に、スマートフォンを耳に当てた。
「もしもしマコト?!そう、階段から二番目の部屋だよ!早くきて!」
情けないが、電話が繋がっていて、マコトが近付いてきているフリをした。
「チッ!」
憲司はマコトでは分が悪いと思ったのか、部屋から出て行ってしまった。
シオンは、憲司に襲われたままの姿勢で固まっていたが、俺の視線に気付くと、はだけたシャツの胸元を慌てて手で隠した。
「シ、シオン…。お前…!」
暗闇に馴染んだ俺は、確かにこの目で見た。シオンの、……胸の谷間を。




