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4.親の同意書

「表に出る仕事だから、内緒には出来ない。第一、親に『誘拐』って言われたら困るからさ、未成年は同意書貰わないといけないんだ」

「それは無理…」

「だよね…」


 マコトは任せろと言ったものの弱気な発言をした。しかし、二十万円が入った封筒に愛おしそうに頬擦りしている。


「じゃ、返して!」


 俺が封筒を取り上げようとすると、ひらりとかわして立ち上がった。


「まあまあ待ちなよ!作戦を立てるから!作戦を立てるには、まず味方の事を知らないといけない。響くんの家出の理由を教えてもらえる?」


マコトに尋ねられて俺が言い淀むと、シオンが割って入って来た。


「だから、さっき言ってたじゃん。お医者様になる勉強がつらくて家出したんだろ?」


 シオンの馬鹿にしたような物言いにムッとした。何だかさっきから、シオンからの当たりがキツイ気がするけど、なんでだ…?

 でも…同意書が必要と言うのは困った。勉強以外の事で、親を説得できそうな気がしない。


「みんなの親は、賛成して、同意書を書いてくれたの…?みんな高校生だろ?」

「俺たち…?シオンは社長の子どもだけど、俺たちは親いないから。中卒で働いてる感じ?」

「え…?!」

 

 俺はただ、単純に『どうやって親を説得したのか』を聞こうと思ったのだ。勉強以外のことをどうやって納得させるかが知りたかったからなのだが、マコトからは俺の想像を超える返答が返ってきて、言葉を失った。


 俺が黙っていると、シオンが俺とマコトの間に割って入ってきた。


「わかったらもう帰れよ!ここはお前みたいなお医者様のおぼっちゃんが来るような所じゃないんだぞ!おベンキョーが嫌くらいで逃げ出すような弱虫がアイドルになれるか、舐めんな!」


 シオンに「お勉強が嫌くらいで」と怒鳴られて俺はカッとなった。何も知らないくせに、舐めてるのはどっちだ!


「受験もした事がないやつに、『勉強ぐらいで』とか言われたくない!」


俺が怒鳴ると、シオンはビクッと肩を振るわせた。初めて怒鳴って人を怯えさせた…。それだけ声を出してもまだ腹立たしく怒りが収まらずに、リュックを床に投げつける。床に、勉強しようと思っていたテキストやノートが散乱した。


マコトは黙ってテキストやノートを拾ってくれる。それらをまとめて、リュックに入れて、俺に手渡した。


「響くん、すっごい勉強してるんだね」

「……」

「最近俺も簿記勉強してるんだけど、テキストの漢字にまず苦戦してて。大変だよね、勉強ってさ…。やった事ないやつに言われたくないよな~。ごめん」


俺が顔を上げると、マコトと目があった。そうはいっても、マコトも「親がいる甘ったれ」って思っているんだろう?


「でも、親がいないみんなに比べたら…」

 俺は100%卑屈な気持ちだった。でもマコトは笑うでもなく、俺に尋ねた。

「つらいことは比べられないよ。俺は10km走ってもそんなにつらくないけど、響くん走れる?」

「…走れない」

「でしょ?あと俺、ふわふわの繊維の服着られない。くすぐったくて拷問。つらすぎる!」

 そうなんだ。顔埋めたら気持ちいいのに…。

 俺がくすっと笑うと、マコトも微笑んだ。


「ほらー、シオンも謝れよ!」

「ええー?!」

「ええーじゃねーよ!二十万円…!」


マコトが謝ったり慰めたり共感してくれたのは、二十万円のためだったらしい。少しがっかりしたけど、真剣に受け止められて同情されるのもキツイから茶化されて、ほっとした…。


 

 シオンも渋々俺に頭を下げた。本当に渋々だ。

 謝罪が終わったところで、楽屋の扉が開いて、人が二人入って来た。

 入ってきた人は俺とマコトを見て、あからさまに嫌そうな顔をする。


「タクミ……お前なぁ~!入り口にファンの子いたろ!女連れとかありえないんだけど」

「だから、友達だって!ライブ見せるだけだよ!」

「そんな言い訳通じると思ってんの?」


花音ちゃんを連れて現れたタクミに、マコトは食ってかかった。

 確かに、俺も花音ちゃんが男といるのを見て少なからずショックを受けた。それは入り口で待ってたYBIファンの子も同じだろうから、タクミの行動をマコトが咎めるのは理解できる。


「お前もまた男連れ込んでんじゃん。キモいんだよ!」

「はあ?お前と違ってスカウトだよ。純粋な…!」


二人が言い争いをしていると、後ろから恰幅のいい中年女性が走ってやって来た。


「そろそろリハーサル始めるわよ!」

「社長!」


 事務所の社長だという女性の声掛けで二人は一旦言い争いをやめた。タクミは着替えのため花音ちゃんを置いて楽屋の奥へ行ってしまう。


「社長、研修生候補の響くんにリハとライブ見せたいんだけど、いい?」

「ええー?!い、いいけど…」

「じゃあいこ、響くん。それと…」

マコトは花音ちゃんをチラリと見た。花音ちゃんはマコトと目が合うと、びくっと肩を振るわせる。

「今出て行かれても目立つから…。しばらくここにいて」

「ありがとう!」


花音ちゃんはマコトに追い出されると思っていたのか、ここにいていいという言葉に凄く嬉しそうに笑った。タクミの、リハーサルが見られる事が嬉しいのだろう。


 

 リハーサルが始まると、マコトはじめメンバー全員別人のように真剣に歌や振り付けの確認をしていて驚いた。余り喋らない印象だったキョウでさえ、積極的に意見している。

特に目を引いたのはシオンだ。まだ声変わりしていないボーイソプラノは曲調も相俟って明るくてワクワクする。主にセンターを務めているらしいシオンはYBIの中心だ。その次は、多分マコト。もう声変わりしているマコトは、シオンほど声は高くはないけど、アイドルってこんなに上手いんだ?というくらい、上手だと思った。



 ステージに釘付けになっていると、いつの間にか隣で花音ちゃんが解説を始めた。


「YBIはシオンくんと、マコトくんがセンター。振り付けとか演出はソウマくんとキョウくんが中心でやってるんだよ。みんな意見出し合っててすごいよね?」

「そ、そうなんだ。花音ちゃん詳しいね」

「うん。花音、YBIのファンなの。いじめでつらい時、YBIに元気もらって…自分も地下に潜ったの」


そうなんだ。じゃ、あの配信は本当だったんだ。何だか少し、ホッとした。


「あの、…私の配信見て来てくれたのに、ごめんね。ショックだったよね?」

「う、うん…。でも、大丈夫だから」


 花音ちゃんは、薄暗い会場の中でも解るくらい、ホッとしたように微笑んだ。その笑顔を見て俺もホッとした。俺の推しは、悪い人ではなかったらしい。


「私ね、マコトくんのファンなんだ」

「え、そうなの…?じゃ、なんで…?」

何でタクミと一緒にいたんだ?彼氏と推しは別とかそういうこと?マコトは誘っても乗って来なかったから、タクミと付き合ってるとか?

花音ちゃんの行動の意味がわからず首を傾げると、花音ちゃんはステージを見つめながら呟いた。


「マコトくんて、本当にYBIが大好きなんだよ?花音もYBIが大好きだから、マコトくんが大好きなの」


 マコトもYBIが好き…?金が好きなんじゃなくて?


花音ちゃんが言うマコトの話はよく分からなかったが、花音ちゃんは本当にYBIが好きらしいことは分かった。「本番は観客として見るから」と言って出て行ってしまったのだ。

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