32.オリジナル
マコトはあれからも、地道にコメントの返信を続けた。しかし、それ以外のことが全く出来なくなり日にちを区切るとSNSで発表。合わせて炎上した整形の質問や類似の質問はまとめて回答するとしたが、それでも返信には一日以上かかってしまったようだ。
夜、疲れた顔でリビングにいたマコトに、コーヒーをいれて持って行った。
「美味しい…」
「うん、終わってよかったね」
「いや。終わりの始まりだよ。登録者がまだ、十万人に届いてない…」
マコトが落ち込んでいるのがわかった。自分のせいで後退したと思っているのかもしれない。それは絶対、違う…!
「マコトは悪くないよ。悪いのはあの写真と領収書をはったやつ…」
悪いのは、やってもない整形疑惑を暴露した人の方だ。本当に、ありえない。
「俺もさ、始めそう思ってたんだけど、なんか途中で『整形』に熱くなっちゃった。失敗した~」
マコトは頬杖をついて、目を閉じた。
「でも、見た目がどんな姿になっても、整形したって俺は俺じゃん?この先、もしドラマの主役でメチャクチャエグい役をやったとして、『そんなのマコトくんじゃない!』って言われても困るし」
マコトはいずれ、ドラマの主役を演じるつもりらしい。家賃も払えなくて憂さ晴らしにバットを振っていたアイドルとは思えない。なんだかマコトらしくて、俺は笑ってしまった。
「俺はさ、この世に一人しかいないオリジナルの生命体だよ。だからどんなにつらくたって、誰にも代わって貰えなかった。これまでも、これからも、きっとずっとそうだよ。響だって、そうだろ?」
急に真面目なトーンで言われて、面食らった。多分今、俺は結構間抜けな顔してると思う。
「響が、家族や進学のことで悩んでても、俺は代わってやれない。響が俺の代わりになれないみたいに。でもさ、そういう時、YBIは隣にいたい」
マコトは閉じていた目を開けて俺を見た。
少し照れたのか頬杖をやめて、腕をテーブルの上で組む。
「YBIはそういう時、気楽に楽しめる感じにしたいんだ。社会派みたいなのは違うかな、って」
「だからはっきり『整形やってない』って言わなかったんだ…?」
「うーん、まあ、そうかな?」
逆に誤解されることになってしまったけど…。マコトは器用なのか不器用なのか、よく分からない。
「将来、整形するってことじゃなくて?」
「ちげーよ。直すとこなんかないだろ?!」
マコトは急に胸をはって、ギャルピースサインをした。
「涙袋とかは…?」
「あー、ほしいね…」
「いいよね、涙袋」
今流行ってるもんね、シオンもあるし…というと、マコトは柔らかく笑った。
「響は、直すとこないよ」
「え…?」
なんかすごい、褒められた気がする…。
オリジナルの生命体『マコト』は、立ち上がると、欠伸をしながら寝室へ行ってしまった。
****
今日は八月三週目の配信の日だ。ランキングが気になって俺とソウマはカナタのパソコン画面を後ろから覗き込む。
「マコトくん、バッド増えてるね」
「マコトは炎上したもんなー、しょうがねえよ…」
カナタとソウマはうんうんと頷き合っている。二人がビジネス喧嘩をするようになってから普段の喧嘩は減っている気がする。
「地味に、響くんもバット増えてるんだよね。やばいよ、これは…!」
「そうなの?カナタ、ちょっと見せて」
マコトはカナタの隣に移動して、パソコンをのぞいた。データを見たマコトは眉を寄せる。
「響、やべーじゃん。『シンデレラフィット、響の朝ごはん』やるしかねえな」
「いやいや、自分も食べなかったのに、マコト、どの口が言ってんの?」
絶対、『シンデレラフィット』って言いたいだけだよ、マコトのやつ…!
「そうだよ、俺以外、意見する権利はねえ!」
確かに、ソウマしか食べてないから、それで合ってる。でも、SNSの投稿は頑張ってみたけど、反応はイマイチ。バットが沢山入ってるってことはやっぱり、今回も最下位になるのだろうか…。
ランキング発表は夏休みが終わる前までにあと三回ある。今日研修生になってもギリギリ戻れる確率はあるけど、なんとか逃げ切りたいのが正直なところ。
「なー、それよりそろそろ配信の時間だけど、シオン遅くない?俺とカナタは準備あるからソウマ、響、迎えに行ってきて」
マコトに頼まれた俺とソウマは玄関に向かおうとしたのだが、キョウに呼び止められた。
「シオン、今日、具合が悪くて来られないっていってたよ」
「え?!」
「…ひょっとして俺にしか言ってないの…?ごめん、マコトには連絡してると思ってたから言ってなかった」
「いや、キョウが謝ることじゃないよ」
カナタは『マコト派』っていってたけど、キョウは天然で無口だし、『中立』なイメージがある。それに家賃のことで母親と揉めてるマコトには、連絡しづらかったのだろうか。
先日の取材も配信も欠席で…、具合が悪いというのは、少し心配だ。
マコトも驚いていたが、すぐに何事も無かったような顔をして配信の準備を始める。
「じゃあ、配信始めよう。ソウマ、カメラ頼む」
「オッケー!」
「今日はシオンがいないから、響、俺の隣来て」
「え…?」
背の感じがちょうどいいんだよ、とマコトは言ったのだが、ソウマが「贔屓だ…」と呟いた。
配信はいつものように始まった。10万人突破記念ライブの告知もして、予定通り進行していく。
しかし、『シオンいないんだ、がっかり』、とコメントが入ると、マコトの隣にいることが申し訳なく感じてしまう。
「響、投げ銭来たよ!」
突然の投げ銭。「お礼言って」、と急にマコトにコメントを求められた。
シオンとのBL営業の影響でバッドが増え、SNSもアンチが多くなっていたから、投げ銭をもらえるとは思っていなかった。
タイミング良すぎて、ちょっと泣きそうになる…!
「抹茶さん、投げ銭ありがとう!えーと…、、なんてお礼を言ったらいいか…、あの~…」
「はは、響くんは言葉にならないみたいです…!」
マコトに笑われた。でも、最高額入れてくれた人に、もっとちゃんとお礼を言いたい。
でも、どんどん、コメントが流れていく…。
気の利いた事が言えないまま、雑談から、最後のランキング発表の時間になった。
「一位シオン、二位キョウ、三位俺、四位カナタ、五位、響…。響とソウマが交代だ!」
「よっしゃ~~!」
ソウマがカメラの所から、マコトの隣に走って来た。俺はソウマと撮影を変わるため、入れ替わる。
ソウマはマコトとカナタと肩を組んで、喜びを爆殺させている。
ソウマは頑張ってた。カナタとの喧嘩チャンネルも好評だった。プロテイン案件だって、ソウマのお陰でとれたんだ。俺は何も、していない。さっきだって投げ銭のお礼もうまく言えなくて……。
仕方ない。自分の実力不足だ。仕方ない事だとは分かってる。でも……。
でも、これって、こんなに悔しいことだったんだ…。
心配そうに俺を見る、マコトと視線が合った。マコトの目の中に、情けない姿の俺が写っていた。




