24.恋する瞬間
その後、ソウマが戻って来て、複雑な気持ちのまま寮に戻ると、玄関ホールにキョウが立っていた。
「社長とマコトの話が終わらなくて…」
「はぁー、最悪だな、あのババア…」
カナタが吐き捨てるように言うと、ソウマがカナタの口を塞ぐ。
「しーっ!来たっ!」
「もが…!」
玄関ホールの奥からコツコツとヒール音が近付いてくる。姿を現したのは、やはり社長だった。
「「「「お疲れ様でーす」」」」
「お疲れ様。シオンは送ってくれた?」
「「「「はいっ!」」」」
「そう、ありがとう」
社長はそれだけ言うと、俺たちを通り過ぎ、ちょうどやって来たタクシーに乗りそのまま行ってしまった。
部屋に戻ると、マコトはキッチンにいた。
「お疲れ。シオンは?」
「送り届けた」
「ありがとう。みんなコーヒー飲む?」
「「「「飲む!」」」」
疲れた…と言って、みんなリビングのテーブルの前にに座った。牛乳たっぷりのちょっと甘いコーヒーに癒される。
「何これおいし~」
「沁みる~」
「かあーっ!」
「ソウマさんだけ飲み物変わってない?」
「はははっ!」
マコトも席につくと、封筒を取り出した。中からお金を出して、みんなに配る。
「今日の戦利品。電気代と、ネット代」
「ええーっ?!期待してなかっただけに、超うれし~!」
「でもどうやってあのババアからとったわけ?すげーな、マコトくん!!」
カナタとソウマは興奮して身を乗り出した。マコトは何てことはなさそうな顔でコーヒーを啜る。
「まあ、色々…」
「何だよ、こえーな。それよりあのババア、何だっつーの?」
「……シオンの順位上げろって」
「「「やっぱり……」」」
全員がため息をついた。
ランキングバトルは『やらせなし』が売りだ。YBI警察にもチェックされてるし、もしやらせがバレたりしたら返金を要求されるかもしれない。
それにシオンは、アイドルに限界を感じていると言っていた。
そんなシオンのランキングを無理やり上げて、ソロデビューさせる事にこだわる意味ってあるのか?ただ、社長のエゴじゃないか?
俺の母さんが自分に似たから成績が悪いと言われるのが嫌で、俺を医者にしようとしたのと、同じ種類な気がする。
「どうするんだよ、マコト…」
「ランキングバトルはあくまで『やらせなし』。それは変えない」
「そんなことして…、あのババアがYBIを解散させたりしたら」
「そんな事させない。大丈夫だよ、考えてるから」
マコトは心配するソウマを安心させるように、揺るぎない口調で答えた。
コーヒーを飲んだ後は、いつものように順番にシャワーを浴びて、それぞれ過ごす。
俺がシャワーを済ませてリビングに行くと、マコトは俺を呼び止めた。
「響、今いい?」
「あ、うん…」
マコトは「これ見て」と、段ボールからビニール袋を取り出した。中にはペンライトや、クリアファイル、うちわなどか入っている。
「これ…!」
「グッズのサンプル。いろんな色用意してみたんだ。それで、こっちが今のメンバーカラー。並べてみると、選びやすいかなと思って」
マコトは俺が選びやすいように、数種類のカラーサンプルを用意してくれたらしい。
「あの……」
「もう、何色がいいとかある?この中に無ければ、別のサンプルを取り寄せることもできるよ」
「……」
俺が色を選びたいという希望を叶えつつ、グループ内での見え方も意識するマコトの意図を理解すると、「とにかくマコトのいいなりになりたくない!」と意地を張った自分がものすごく小さく感じた。恥ずかしくなってしまい、言葉が出てこない。
「俺のおすすめは前に言った通りだけど、どうするかは響が決めていいよ。長く付き合う物だしね。でも時間があんまり無くて、あと数日で決めてほしい」
もし俺がこれ以外を希望するなら、サンプルを手配し直してまで、俺の意見を聞いてくれるつもりだ…。
そもそもメンバーカラーのこと、マコトは『自分の言う通りにやれ』とは言っていない。ただ「カラー診断」を参考に、マコトの意見を言っただけだ。
初めて声をかけられた時だってマコトは、『トップアイドルにしてあげる』と、言ったものの、その後『俺に従えばアイドルになれるんだぞ』みたいな傲慢な態度を取ったことはなかったし、俺を従わせようともしていない。今日まで、ずっと。
この間だって、俺がカナタとソウマの喧嘩動画を提案したら、あっさり採用しされた。
マコトは何か言えば、意見を返してくれる。
自分の意見がないから聞かれても返せないだけのくせに、勝手にコントロールされていると思い込んで、言いなりになっていることを全部マコトのせいにしていた……!
本当に、恥ずかしい。
「新作のグッズ作ろうと思ってるんだけど、まとめて作った方が安いから、そっちの締め切りに引っ張られてて。で、その新作グッズが、これ!」
「これって紙テープ?」
マコトが見せたのは、光沢がある紙テープだった。メンバーカラーに合わせて、色の種類があるようだ。
「うん。今まで紙吹雪飛ばしたりしてたけど、やめて、お客さんに投げてもらおうと思って。経費も減らせるし、ペンライト投げられるより安全だし一石二鳥でしょ!」
マコトはよほど、ペンライトを投げられたことがトラウマになってるんだな…?でも、一理ある。
「うん。いいと思う。いっそのこと、シャボン玉とかも売る?」
「あー、この間飛ばしたやつ…?いいね。後ろからステージファンを回せば舞い上がるかな~?」
マコトはパソコンに「シャボン玉」と打ち込んだ。ちょっと、冗談でいったんだけど…!
「響、何か気付いたこととか思いついたことがあったら、何でも言ってよ。俺たち学がないから、スルーしちゃってる事あるかもしれない」
「うん、わかった」
「あとさ…、うーん……。や。っぱりいいや…」
「え、何…?途中でやめるの、気になるんだけど…!」
マコトは言いかけてやめたものの俺に追求され「失敗した」みたいなばつの悪そうな顔をしている。
「……ひょっとして、シオンと付き合ってたりする?」
「え?!ま、まさか…。でも、なんでそんな風に思った!?」
「今日、シオンをすぐ追いかけていったから…」
えーとつまり、俺が今日、シオンを追いかけていったから、マコトは俺がシオンを好きだと誤解した、ってこと?シオンが聞いたら、ショックを受けるな。シオンの好きな人は、マコトなんだから。
そのマコトは俯いて、俺から目を逸らした。
「そんな悲しそうに言うなよ…!」
考えるより先に、言葉が口をついて出ていた。マコトはハッとしたように俺を見る。
「別に悲しくないって。いったろ、商品を好きになったりしない」
そうなんだ…。マコトが笑ったので、俺も安心して笑った。
「強がり…?」
「そうかも…♡じゃ、なくて…!!なんか、言うようになったなぁ。響~、お前は会った時のまま、初々しくいてくれ!」
「え、何で?俺、こんな冗談を言えるようになって、今すごく嬉しい!」
「そんなに?!友達いなすぎじゃね?!」
マコトと二人で軽口を言い合って、吹き出した。今のこの感じ、すごく、楽しい……!
それに、マコトとなら思ったことを言い合って、一方的じゃない、対等な関係でいられる気がする。
カナタは同情から恋が始まるといったけど、俺は違うと思った。もし、俺が女の子だったらたぶん、恋にする瞬間は今みたいな…二人で冗談を言い合って、楽しく笑った瞬間、とかだと思う。
…あくまで、俺が女の子だったら、だけど。あくまで、仮定の話…!
結局、俺のメンバーカラーは一番最初にマコトに提案されたベビーピンクに決めた。




