23.同情
『チェキ会の嫌がらせ、シオンファンだよ。それなのにマコトを裏切るって、響、どういうつもり?』
『ほんとそれ。頭悪すぎでしょ!』
『シオンもシオンだけどね…。マコトに目をかけてもらって、タクミを追い出しておいて響のやつ、あり得ない!』
YBIヲチは、俺に対する罵詈雑言で溢れている…。
よくアイドルが「誹謗中傷やめてください!」みたいなことを投稿しているのを横目で見て「そんなの有名税じゃん」と思っていたけど、実際言われる方の立場になったら「有名税」とは思えない。
「バッド課金、やっぱりすげぇー」
「うんうん。バッド課金しても、ただみたいな動画見れるってだけで、なにも貰えないのに…。やっぱネガティブなパワーって凄いよ」
カナタの呟きに、バッド課金を考案した本人、マコトが同意した。狙ってやった本人も驚く程の実績らしい。
「前回の発表で、マコトとシオンファンのバッド合戦は休戦かと思ったけど、響とシオンのBL営業でバッド合戦が治らない。凄過ぎだよ…」
「この間から始めた、ソウマとカナタの『喧嘩しながら筋肉つける』動画も、ダイエットに効くとかで結構再生されてて好調だけどな。それでも1PV十五円とかだから、そう考えると響とシオンの浮気営業はありがたいよ」
カナタとマコトは俺に向かって、手を合わせた。確かに事務所的に、バッド課金は美味しい…。
「じゃあさ、結局今日の順位どうなるんだよ?!」
今日はまた配信があり、ランキングを発表するのだ。ソウマは動画が好調だからか、目を輝かせてマコトに聞く。
「今集計した数字を入れるから…。それに、本番で驚いた方がいいだろ」
「ええ~」
ソウマは口を尖らせたが、マコトはそれを無視してまたカナタと集計作業に没頭している。
二人に相手にされなくなったソウマは、俺の隣にやって来た。
「あの筋肉動画がこのまま再生伸びたら、プロテインの会社から案件来たりすると思う?」
「さあ……」
「俺は案件はやるつもり無いんだ。やっぱ本音でいきたいし」
ソウマは研修生になって初の配信だと言うのに、なんだかウキウキしている。良いな~…。良いニュースがある人は…。
間も無く、配信開始三十分前。ようやくシオンが社長と一緒にやって来た。
「お待たせー、みんな揃ってる?今日はね、嬉しいお知らせがありまーす!」
社長は何だか上機嫌だ。その様子に、マコトやソウマ、カナタは怪訝そうな顔をしている。
「YBIの新曲ができましたぁー!ミニアルバムの制作決定でーす!」
「「「決定?!」」」
新曲にミニアルバムの制作決定なんて、嬉しいニュースだと思うが、三人の表情は冴えない。
「決定、ってまさか、前回と同じ制作会社に頼んだらしてる…」
「うん♡」
「いやいやいや、前回もさ、それで金なくなったって言ってたじゃん!プロっていうか、プロ崩れの制作会社なのに作曲料も高いし、著作権も譲渡しないし……、だから次は止めようって話し合ったはずだろ…!?」
「それが、最近ウチの売上が良い感じなのよ~!だから全然いけるわ!」
「いや、だからそれはさ………」
マコトは言いかけて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……確認なんだけど、もう契約しちゃったとかじゃないよね?」
「バッチリしたよ!ちゃんと振込もしましたぁー!」
「「「…………」」」
ソウマとカナタはマコトを見た。マコトは静かに首を振る。契約して金も振り込んだってことは、取り返しがつかない。そういう顔だ。
「さー、やるぞ!新しいアルバムが出来上がる前に、前のアルバム完売させるぞ!」
「イエッサー!」
今日は研修生でカメラ係のソウマがやけに元気に返事をした。横にいる社長も、上機嫌だ。
しかし……、雑談から、ランキングの発表に移ると、徐々に雲行きが怪しくなっていった。
「ちょっと!今のランキング、どう言うこと?!」
ランキングが発表される度、社長の口角は下がり唇を噛み締め、その結果ほうれい線が強調されてしまい、どんどん恐ろしい表情に変化していった。
シオンは、SNSで状況を把握していたのかランキング結果は分かっていたようで、特に驚いてはいなかった。しかし、事務所社長であり、シオンの母親の藤崎由香里は大激怒している。
「シオン、また四位ってどういうこと?一つも上がってないじゃない!あなたこの一週間、何やってたの?!」
この一週間、俺とBL営業して炎上し、ワースト一、二位を独占したなんて、とてもじゃないけど言えない雰囲気だ。勿論、誰も口を挟まない。
「だからママは、痩せなさいって言ったじゃない!本気で、ちゃんとダイエットしなさい!じゃないともう、デビューの話が無くなっても知らないからね!」
怒鳴られたシオンは唇を噛み締めたまま、立ち上がった。出て行こうとするシオンに、社長は更に追い討ちをかける。
「これはあなたのため…、YBIのためなのよ!」
シオンはピク、と一瞬固まったが、すぐにリビングを出ていってしまった。もう、夜八時を過ぎてる…。俺は反射的に立ち上がって、シオンを追いかけた。
マンションの廊下を走って階段を駆け下り、玄関ホールを出たところでシオンに追いつく。
「シオン、送ってく…!」
シオンは走るのをやめたが、こちらを振り向かなかった。後ろから見たシオンは腕を顔に当てて、声を殺して泣いている。
そのまま、何も言わずに歩いていく。YBIの寮から、シオンのマンションは歩いて数分だ。
半分くらい歩いたところで、シオンがポツリと呟いた。
「俺、アイドルに限界感じてて…。でも、YBIのシオンじゃなくなったら…YBIがなくなったら、俺……」
「……」
何だか、胸が痛い。
つい数週間前までいつも母さんに言われていた言葉が蘇ったのだ。『だからママ、もっと勉強しなさいっていったじゃない!これ以上成績が下がるならもう、ママ知らないから!これはあなたのためにいってるのよ!』、そう、いつも言われていたから。
「シオンくんは、頑張ってたよ。俺と焼肉行くまでは食事も、我慢してたんだろ?それにBL営業だって順位あげるためにやったことで…」
「うるせー!お前に何が分かるんだよ!大体お前が使えないから悪いんだろ!」
そう怒鳴って振り向いたシオンはやっぱり泣いていた。
腕で涙を拭うと、自宅マンションの方へ走っていってしまった。
「おお~い、響~~!」
後ろからやって来たのは、ソウマとカナタだ。
「おい、シオンのやつ追いかけて説教しよう!あれはないだろ!酷すぎる!」
体育会系のソウマは怒って俺を引っ張った。それを必死で引き止める。
「いいんだ…!何となく、気持ちわかるから」
「何だよ。響~~、お前いい奴すぎんだろ!俺、今日帰ったらお前のページの広告いっぱい踏むよ!」
「ソウマさん、寮のネットワークでやっても意味ないよ。やるならネカフェでお願いします」
「カナタ~、感動してるのに水刺すなよ!」
「ソウマさん、それよりシオン追いかけて!ちゃんと帰れたか見届けてよ!」
ソウマは舌打ちした後、シオンを追いかけて走っていった。
ソウマの後ろ姿を見送ったあと、俺とカナタはその場でソウマが戻ってくるのを待つことにした。
「さっきの、俺も感動したよ。優しいんだね、響くん。でもさぁー…。その…」
カナタはチラチラと、俺を探るように見つめる。
「シオンのこと、好きとかじゃないよね?シオンはかわいいけどやっぱ普通の男の子だから、好きになっても難しいと思うんだ。それで、タクミも…」
「タクミも?」
「……シオンに本気になっちゃって。告白したけど、ダメで、そこからやる気がなくなっちゃったみたいで。俺、響くんがそうなったらやだなぁ~、って…」
そう言えば、カナタは前、シオンとタクミがBL営業して喧嘩したと言っていたけど、そういうこと…?でも、カナタは性的嗜好がマッチしなかったからだと思っていて、シオンがマコトを好きなことは知らないようだ。
「……好きにはならないよ」
「……なんか溜め方が意味深~~!」
「本当に。でも、同情はしてる」
「恋ってそういう所から始まらない?」
カナタは不安そうに、首を傾げた。恋の始まり方は、分からないけど、何となく違うんじゃないか、そう思った。
シオンを見ていると、少し前の自分と重なってつらい。ただ、それだけ…。
「響~!カナタ~!」
シオンを追いかけていったソウマが戻ってきた。カナタが振り向いてソウマを見た時、ポケットの中のスマートフォンがぶる、と震える。
それは留守電の通知だった。留守電の音声メッセージが書き起こされて、『正式メンバーじゃないなら、帰る約束でしょう!BL営業なんて恥ずかしい!あなたのためなの!早く帰って来なさい!』と、テキストで表示されている。
留守電は母さんからだ。メッセージアプリをブロックしたから、電話して来たようだ。
母さんと離れた今なら、はっきりわかる。母さんは自分に似て俺の成績が悪いと思われたくないだけで、決して『俺のため』になんか、アドバイスしていない…。
シオンの母親も同じで、シオンの努力なんかどうでもいいんだ。結果が伴わなければ、自分が報われないから…。
留守電を聞く気にもなれず、テキストメッセージだけ見てそのまま、削除ボタンを押した。




