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22/56

22.普通の男の子

 もう日は落ちていたがシオンを送った後、何となく寮に戻りづらくて、いつも練習をしている近くの公園に寄った。


 公園には、マコトにキョウ、ソウマとカナタもいた。どうやら、正式メンバーになったカナタの特訓をしていたらしい。

 俺も走って合流した。練習しなくちゃ…、そういう焦燥に駆られていた。


「響…!いいところに来た。これで全体練習できるよ!シオン役がソウマでちょっとデカいけど…」


マコトは嬉しそうに俺を手招いた。

 マコトに会ったら自分でも、よく分からない罪悪感が込み上げる。浮気して家に帰る夫って、こんな感じ?


「じゃ、カナタもう一回やろ!」


マコトは元気だが、カナタはかなり疲弊している。夏の暑さもあるし、それに…。カナタは俺に、いずれは裏方になりたいと言っていた。あれ、俺に負けて悔し紛れに言ったのかも、と思っていたが、本気だった…?


「待って今、足つった~!」

「カナタ、情けねえなー!普段から響と一緒に練習しないからこうなるんだよ!」

「いや、俺がこうなったのはソウマさんのせいでしょ!グッズ販売がない響くんや、バッドくらいまくりのシオンに惨敗なんだから!ソウマさんが二回目を回避してくれたらメンバーに昇格してないんだよ?!」

「ああん?!」


ソウマとカナタの二人はまた喧嘩を始めた。この二人の『喧嘩』を見慣れすぎたのか、犬が戯れてるようにさえ見えて、なんだかホッとする。


「響くん、何か食べた?」

「え…?」


殆ど話したことがない、キョウが突然話しかけてきた。俺の近くで鼻をひくひくさせている。


「なんか美味しそう…」

「そ、そう…?」

「どれどれ?あ、確かに」


マコトも寄ってきて、俺の匂いを嗅いだ。焼き肉って、そんなに匂う…?


「じゃあ最後に一回やって、夕飯にしよう!」


マコトの号令で、カナタとソウマも喧嘩をやめた。でも『一回』で練習は終わらず、結局何回か繰り返した。


「ひょっとして俺、センターの才能あるかもしれない!」

「ソウマさんっていい性格してるよね」

「何だよカナタ。珍しく褒めるじゃん…」


たぶん、褒めてはいないと思うけど。ソウマって、天然?カナタは我慢できなかったのか、思わず吹き出した。マコトも俺も、目が合って笑ってしまう。


「何だよ、お前たち~!」

「いや、、ソウマさんのその、、そう言うとこがもっと伝わるとファンが増えるって思ったんだよ」

「そういとこって何だよ?カナタ、お前まさか貶してるんじゃ…?」

「ソウマ、カナタ、もうそろそろ帰ろう。腹減った!」


マコトが二人のやり取りを止めて、みんなで寮に戻った。

 夕飯はホットプレートでお好み焼きにしようということになり、皆んなで分担して用意する。切って混ぜるだけで簡単だけど、焼きながら皆んなでワイワイつつくのが、すごく楽しい。


 そう、YBIって、皆んな楽しくて明るくていい奴らだ。


 だから本当は争いたく無いし、嫌がらせの犯人がいるなんて思いたく無いよ……。




食事の後、片付けを終えると、今日はランクキング順で三番目にシャワーを浴びた。カナタと入れ替わりリビングへ戻ると、ソウマとマコトが話をしているところだった。


「マコト~、シオンの順位いじるなら、俺の順位もいじってくれよ。カナタさ…しんどそうで見てられない」

「操作なんか出来ないよ。これ見て」


マコトはソウマにパソコンで何かを見せている。


「YBI警察、ランキング予測?」

「鍵垢にやっと入れたんだ。そしたらこれだよ…会場の人数とかバッドとかアンケート取られてるし、グッズの減り具合から売り上げ予測されてる。下手なことしたら、ヤラセってバレて大変なことになるよ」

「うわぁ~~…」

「正攻法でさ、ソウマの良いところをアピールして、ポイントが取ればいいんだよ。カナタはまだグッズの売り上げがないし、負けないはずだよ」

「簡単に言うなよ~」

「大丈夫だよ。俺、トップアイドルになれる奴しかスカウトしてない」


 マコトは自信があるようで、きっぱりと言い切るとニコリと笑う。


 ソウマは一瞬ポカンとしたが、俺がリビングの入り口に立っているのを見て立ち上がった。


「ランニングしてくる」

「気をつけて」



 ソウマが出て行くと、後ろからカナタがやって来た。


「マコトに、あと響くんもちょっといい?相談があって」


 俺はマコトの隣に並んで座り、カナタは、俺たちの反対側に座る。


「ソウマさんの事なんだけど」


カナタは少しだけ咳払いした。


「何とかならない?シオンのポイント操作するなら、ソウマさんのも一緒に…」


いつも喧嘩ばかりしているカナタが、ソウマと同じ事を頼んできたので、マコトも俺も目を瞬いた。


「ソウマさんはさ、筋肉バカで、顔も厳ついし、性格も可愛くない、Stormixの事務所のオーディションはかすりもしない。およそアイドルらしくは無い、無いんけど…」


カナタは唇を噛んで少し下を向いた。言うのを少し躊躇ってから、ゆっくり口を開く。


「でも、YBIには絶対、必要なんだ」

「うん、俺もそう思ってるよ」

「じゃ、じゃあさ……!」

「俺は、時間をかけてソウマのキャラクターを知ってもらってファンを増やしたいんだ。でも、今はソウマのキャラクターをゆっくり売り込む時間も、お金もない」


マコトの答えを聞いたカナタは、眉を寄せて不満気な顔をした。


「…このまま行くってこと?」

「研修生に落ちたけど、また絶対、メンバー入りする時が来る」

「それ、いつ…?その時が来るまでに、ソウマさんが折れちゃうかもしれない」


 カナタは不安そうに下を向いた後、もう一度顔を上げた。


「ソウマさんも、マコトくんと響くんの BLに加われない?」

「ソウマが俺たちと?うーん、俺と響はカップル売りにしちゃったから、やめた方がいいと思う。浮気っぽいことすると、炎上するから」


 マコトはそう言って、パソコンの画面を俺とカナタに見えるように横に置いた。画面には、YBIヲチの文字。スレッドには画像も貼られている。


 そこには『シオンが響とデートの投稿、BL営業、節操なさすぎ』、と書き込まれていて、俺はたちまち青ざめた。


「え、響くんと、シオンくん?!マコトを裏切って、デートだって…!まさか響くん、浮気ぃ?!」

「だから俺達とBLやったら炎上するよ。ほら、響きのSNS、既に炎上状態。通知来てない?」

 

 俺は慌てて、ポケットの中のスマートフォンを確認した。最近通知が多くてオフにしていたから気が付かなかったけど、SNSを急いで開くとコメントが大変なことになっている…!


「今、バッドもすごいよ。このままだと、響がまた研修生かな」

「そんな…」

夏休み終わりまであと三週間。正式メンバーで居られなかったら、家に連れ戻されてしまうんだった。このままじゃ、まずい…!


「で、でも、響くんはさ、正統派美少年だから…。いずれ何とかなっちゃうでしょ?」

「どうだろうね…響次第?」


カナタの問いかけに、マコトは曖昧に答えた。俺次第って、俺が大人しく、マコトの言うことを聞けば、「何とかしてやる」ってこと?

 マコトの、余裕な態度に俺は苛立った。


 家を出て、ここで、自分の力でやって行くって決めたんだ。もう、言いなりにはならない…!


 カナタは俺をチラリと見た後、マコトの方を向いた。


「マコトくんと響くんがだめなら、キョウくんは?」

「キョウは超マイペースな一人売りだから…。今も絶妙なバランスだし、このままで行きたい」

「じゃあ、俺は…?」

「「「カナタと?!」」」


 三人の声が揃った。声は、俺、マコト、外から帰ってきたソウマだった。ソウマの顔は、走って来たからか赤らんでいる。


「カナタぁー!お前一回、俺とは嫌だってBL営業断ったろ!何だよ今更!」

「だってマジであんなにへっぽこだと思わなかったんだよ!仕方ないからやってやるっていってんの!」

「うっせー!そんな同情こっちから願い下げ!おれはやる時はやる…できる男なんだよ!」

「ウソつけ!」


二人はまたいつもの調子で喧嘩を始めた。でも、この二人の喧嘩って、いまいち怖くないのだ。ソウマをさん付けにしているカナタが実は年上だったりするからしれない。途中からプロレス技をかけあったりしてる姿は、犬が二匹で齧りながらじゃれてる様でもある…。


 俺は黙ってその様子をカメラで撮影した。


「響…?」

そんな俺を見たマコトは怪訝そうに声をかけた。俺はスマートフォンで撮った動画をマコトに見せる。


「二人のBL営業って違和感あるよ。このまま、素を出した方がいいんじゃない?」

「でもさぁ、喧嘩動画なんて女の子が、怖~い、ってならない?」

「怖くないよ、たぶん」

「そう?響が言うなら、そうなのかも…。響、画像ちょうだい」


マコトはスマートフォンを出して、画像共有で送って、と言った。データを受け取ると、YBI公式アカウントからSNSに投稿する。

 マコトが俺の意見をあっさり聞いて、すぐSNSにアップしたことに、あっけに取られた。しかも…。


「うわ、響の言う通りかも…。『頑張って』『負けるなー』とか来てるよ…!」

「「「え…?!」」」


なかなか評判の良いリプライが来て、カナタとソウマは目を輝かせた。


「さすがぁー!響くん賢い!」

「やっぱ俺は、響は出来る男だって思ってた!」

「いや、俺も思ってたよ!」

「バカ、俺が先に思ってた!」


 喧嘩を始めた二人を見て、マコトは目を細める。そして、俺に振り向いた。


「響…、ありがとう」

「お礼なんか…」

「いや、響の方がやばいのにソウマのこと、本当にありがとう」

「う……。でも、大丈夫。まだ、これからだし」


 俺は椅子から立ち上がった。何となく、マコトのそばには居ずらかったのだ。するとまた、マコトに声を掛けられた。


「響は、なんでシオンと出かけたの?」

「え……。なんでって………、誘われたからだけど」

「誘われたからか~。そっか。シオン、かわいいもんな?」


確かにシオンはかわいい、美少年だ。だけどそれが何だ?俺が首を傾げると、マコトはテーブルに肘をつき手に顎を乗せると少しだけ目を伏せた。


「響はフツーの男の子だな」

「え?」

「かわいい子が好き」


いやでも、シオンはいくらかわいい美少年とはいえ、男子中学生だ。マコトもBL営業やり過ぎておかしくなってる?それともゲイだから?


 マコトは「おやすみ」というと、パソコン画面に再び視線を落とす。今日は「勉強をみて」とは言われなかった。



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