20.誘惑
チェキ会は無事に終了した。
楽屋に戻ると、珍しく社長が待っていた。
「シオン!何よ、あのランキング!SNSサボってるんでしょ!それに最近少し太ったからじゃない!?顔、まん丸よ!」
「はあ…、何だよ、いきなり…」
「ちゃんと私の言う事を聞いて、次は一位になりなさい!それがシオンやYBIのためなにるの!いいわね!」
「うるせー!」
シオンは怒って、楽屋を飛び出していった。社長はシオンを追いかけず、マコトを呼び、二人も出て行った。
「社長、マコトにシオンを一位にしろ、って言う気だよ。ソロデビューさせるのに、一位じゃないとまずいのかもね…」
カナタは俺に向かって言ったのだが、反応したのはソウマだった。
「ええ?!何だよそれ!やるなら俺を操作してくれよ~!」
「無理!自動集計のプログラム入れてて、あれかなり面倒なんです。ソウマさんは自力で頑張ってください!」
「カナタ~!冷たい奴だなお前は!」
またソウマとカナタが喧嘩を始めたので、着替えをしてからトイレに行くと、もう着替えを済ませていたらしいシオンが個室から出て来た。
「響、ちょうど良かった」
シオンは俺の腕を引っ張ると、洗面台に押し付けた。
「シオンくん…?」
「響、俺とBL営業しよ?」
「は……?!」
「マコトとだけずるいよ。俺ともやって。ランキング見たろ…?」
「……」
正直、気が進まなかった。
社長の息子のシオンは寮に住んでいないし、中学生だからかグッズの発送作業には参加しない。いつもなぜか睨まれているし、あまりいい印象を持っていない。
よく考えたら「消えろ、氏ね」って、タクミを除くと、二番目に送りそうなキャラクターでもある。
「でも、マコトとはカップル売りだし…。今度はシオンと、って訳には」
「マコトとはやったくせに…。本当にマコトに操られてるんだな?そんなに言いなりで楽しい?」
「……」
『いいなり』と言われて頭にきた。そういえばシオンはいつも俺はマコトの言いなりだと言う。反論できないところが、また悔しい。
「…本当に、お前、マコトと付き合ってるのかよ?」
「え…?」
シオンの目は、真剣だった。
まさか、本気でそう思ってるってこと…?俺、そんなにマコトに溺れてるように見えるんだ。
「違う…。本当に、BL営業だよ。マコトと絡むと、ポイント高いから、それだけ…!俺、フツーに女の子が好きだし…」
言い終わった後、自分の表情が曇ったのが分かる。
初めて秋葉原に行ったのも花音ちゃんのファンだったからだし、全部本当の事なのに、何でこんなに、嫌な気持ちになるんだろう…。
トイレの外の廊下を、誰かが歩く音がした。ハッとして、俺はシオンの腕を払う。
「もういい?」
「話終わってない…。頼むよ、この通り…。このままだと、マ…、社長に怒られる」
「ソロデビューのこと…?」
シオンは答えなかった。でも、俯いて少し涙ぐんでいるから、きっとそうなのだろう。しかも、このままの順位が続けば、母親に怒られるらしい。
俺もよく、成績が下がると母さんに叱られた。だからシオンの焦燥は理解できる。
「…いいよ。何する?」
「いいの?!ありがとう!そうしたら、行きたいところあって、そこで写真撮って欲しい」
「わかった」
「じゃ、連絡先教えて」
俺たちは連絡先を交換して、明日、会う約束をした。楽屋に戻ったけど、何となくマコトと目を合わせられないまま、片付けをして寮へ帰った。
寮に帰ると、みんな疲れてシャワーの奪い合いだ。じゃんけんで買ったマコトは一番先に入ったはずだったが、一番最後に俺がシャワーを浴びて出て来てもリビングにいた。
「響、こっち」
マコトに呼ばれてそばに行くと、パソコンの画面を見せられた。
「この間のグッズ、これで進めていい?」
先日見せられたグッズの、更に完成に近いデザインを見せられた。俺がかわいらしいキャラクターになっているものもある。
「響と、少なくなったメンバーの分も少し補充しようと思って」
「………もうこれで決まり?」
「え?…あ~、、変えたい感じ?」
マコトは少し困った顔をした。俺が何も言わないと思って、進めていたのかもしれない。それを聞いたら、シオンの『マコトの言いなり』というセリフが頭に浮かんで、少しムッとした。
「うん、変えたい」
「そっかぁ~」
このまま言いなりになりたくない気持ちが優り、強く返事をしたが、マコトの困った顔を見て少し心が痛んだ。でも、後には引けない。もう、自分を無くしたくないから。
「どの辺を変えたい?」
「色とか…」
「色…」
言い淀むマコトを見て、少し苛立った。やっぱり自分が決めた色を、身につけろってこと…?
「わかった。でも、メンバーとの兼ね合いもあるから、、完全に希望を叶えられないかもだけど。何色がいいの?」
何色がいいか聞かれて、何も考えていなかったことに気付く。必死に「今考えてて」と言って誤魔化した。
「あと数日は待てるかな。でも出来るだけ早く言って欲しい」
「わかった」
「あと、響」
寝室へ行こうと立ち上がった俺にマコトは声をかけた。
「今日は勉強教えてもらえなそう?」
「……ごめん」
マコトは少しだけ微笑んで手を振ると、手元のテキストとノートに視線を落とした。
だって今日は、マコトの隣にいる、資格がない気がした。




