2.Your Best idol
秋葉原まで快速で四十五分。到着後、とりあえず電気街へ向かう。
電気街の通りにはメイドカフェの呼び込みの女の子が大勢立っていて圧倒された。声をかけられるたび、緊張で背中を丸めながら、花音ちゃんが活動しているライブハウスを探して、歩いていく。
少し歩いたところで、うっかり人と肩がぶつかってしまった。
「痛ってー!」
「す、すみません…!!」
ぶつかった男はマスクで目しか見えないが、かなり整った顔をしている。金髪にピアスといういかにも不良な格好をした美形に睨まれ、あまりにも怖くて思わず声が上擦った。
しかし、その男性の隣にいた人物を見て、さらに驚き、思わず声を出してしまった。
「か、花音ちゃん!!」
「ああっ??」
そう、その不良っぽい男の隣にいたのは、明らかに俺の推し、花音ちゃんだったのだ!マスクをしてメガネをかけているが、見間違えようがない。
「あ、あの…、花音ちゃんですよね!今日の配信聞いて、来ました!」
「ちょっと…、声大きいっ!」
花音ちゃんは嫌そうに、男の後ろに隠れてしまった。男は反対に俺の前に出てきて、花音ちゃんを隠すように立ち塞がる。
「何だお前、花音のストーカーかよ?」
「違います!花音ちゃんが配信で秋葉原に来てって言ってたから…」
「バーカ!それは金払ってコンサートに来いってこと!プライベートを追ってくる奴はストーカーなんだよ!」
男は鬱陶しそうに俺の胸をとん、と軽く押す。痛くはなかったが男の馬鹿にしたような顔を見ると、悔しさが込み上げてきた。
「で、でもっ!」
「しつけーな!あんまりしつこいと警察に突き出すぞ!」
男はそう言って今度は強めに手で押し除けた。先ほどより強く押されてバランスを崩し、俺は後ろに倒れてしまった。
「痛い…!」
「大丈夫?」
後ろから来た人が俺の腕を取って、優しく起こしてくれた。花音ちゃんと一緒にいた金髪の男の視線も、俺を起こしてくれた人に移っていた。
「YBI警察です。タクミ、現行犯で逮捕する」
「マコト…!何なんだよ、それ…!」
俺の事を起こしてくれた人は『マコト』と言うらしい。茶色くてゆるいパーマがかかったふわふわの髪をしている、ちょっとタレ目の優しげな美形だ。ピアスも服もおしゃれですごくカッコいい。
「だからぁー、お前デート営業してんだろ!?YBIでは禁止だから!」
「シオン…!何だよお前まで。デート営業なんてしてねーよ!」
更に後ろから、『シオン』と呼ばれた人が俺を追い越して、金髪の『タクミ』の前に立った。
シオンはトップ部分を少し長めにして自然に立ち上げた少し動きのある髪型で、艶々の黒髪は清潔感がある。俺より少し背が低い少年のようだが、目がぱっちりとしていて睫毛が長く、美少女と言われても信じてしまいそうだ。
それより、デート営業って何だ?YBI警察って、お巡りさんじゃないよな?
「最近、YBI警察って名乗ってるヤラカシがプライベート追ってるんだよ。だから事前に忠告に来たんだ」
「はぁー、めんどくさ!付き合いきれねーわ。ただ友達と歩いてるだけだよ」
「歩いてどこ行くわけ?今日の夜、ライブあるけど。またリハに遅れたら…」
「ペナルティだろ?知ってる!」
そう言うと、『タクミ』 は花音ちゃんの肩を抱いて行ってしまった。ただの友達って、あんな風に肩抱く…?俺は二人の後ろ姿を呆然と見送った。
「おおーい。君、大丈夫?」
シオンとマコトが、俺の顔を覗き込んだ。
「ひょっとして、あの女の子の知り合い?」
「……」
「そうなんだ…。まさか好きとか?」
「おい、シオン…!」
シオンが話すのを、マコトが遮った。マコトは地面に転んでついた俺の服の泥を払ってくれる。
「完全には無理かも…。さっきの奴、うちのメンバーなんだ。ちゃんとクリーニング代出させるから…。この後少し時間ある?」
「メンバー…?」
「えーと、俺たちはYBI…。Your Best idolっていうメンズ地下アイドルなんだけど。アイツもそのメンバーで…」
地下アイドル…。そうか、どうりで全員、顔整ってると思った。じゃ、花音ちゃんはアイツと付き合ってて、アイツのいう通り「会いに来て」っていうのはお金を出してコンサートに来いってことなんだ。
いや、元々そのつもりだった。個人的な付き合いなんて望んでない。ただいく場所がなくて、それで…。
「おお~い、泣くなよ~!」
「シオン、黙ってろ。どこか打ったのかも…!ね、大丈夫?」
また涙が溢れていた。マコトがタオル生地のハンカチで、優しく涙を拭ってくれる。眼鏡もとって、丁寧に拭いてくれた。
「どこか痛い?病院いこっか?」
「ち、違い、ます。いたくない、だ、だいじょ…ぶ」
「う~ん。じゃ、これから俺たちライブやるんだけど、楽屋まできて?あいつもそこに来るから、謝らせてクリーニング代も払わせる。それに湿布とかもあるし…」
シオンは「えー?!」と非難めいた声を出したが、マコトは俺を引っ張って、駅へ向かった。
「あと君、ついでにうちの事務所のオーディション受けない?今研修生募集してて。えーと、中学生かな?俺は十七なんだけど、何歳?」
「はあ?!マコト、まじかよ?!」
歩きながら矢継ぎ早に質問してくるマコトに、俺は面食らった。それ以上に、シオンが驚きの声を上げる。
オーディション?研修生…?それって、俺に、『Your Best idol』に入って、アイドルやらないか、って言ってる…?!
「一緒にYBIやろ?俺が君をトップアイドルにしてあげる」