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19.いいなり

 俺の列の一番最後に並んでいたのは花音ちゃんだった。花音ちゃんは警察とは思えないひらひらの服で、俺の隣にふわりとやって来た。


「今日、楽しみにしてて♡超、良いことがあるから」


ぎゃ、逆に怖い…。

 思わずチェキの余白に、『お手柔らかに』とコメントを書いてしまった。花音ちゃんは「字、上手すぎ!」と笑っていた。




 お客さんを再び観客席に誘導する間、一旦楽屋に戻ると、シオンが俺の隣にやって来た。


「昨日の練習無意味だったね。何やってんの…?」

「あ、ご、ごめん…」

「その前のライブからだよ。全部マコトにフォローしてもらって、頼りすぎだし、言いなりだし、恥ずかしくないの?」


確かに、シオンの言う通り…。

 その通りすぎて何も反論できず、俺は口を噤んだ。自分だって歯痒く思っているのに、そんなに責めなくても…!


「おいシオン、そんな言い方ないだろ。響はいつから入ったと思ってるんだよ?!」

「なんだよ、マコトも響に甘過ぎる!お触り禁止は守らないと風営法に抵触するかもしれないだろ!」

「それは、ただの噂で…」


マコトが止めに入った事がまた気に入らなかったらしいシオンは、ぷいっと楽屋を出て行ってしまった。マコトは軽くため息をついた後、俺に向き直る。


「シオンの言うことは気にするなよ。そのうち上手く立ち回れるようになる」

「そ、そうかな…?」


マコトに励まされたものの思いの外、『マコトの言いなり』と言われたことが心に引っかかっていた。

 せっかく母さんから解放されたのに、自分の居場所と思ったYBIでもマコトの言いなりになっているんだろうか…?俺はここでも、自分らしくいられないのか?


 そう考えると、なんとなくマコトに対して素直になれなかった。


「立ち回りが上手くなる、って…。ファンの子へ、上手く媚を売れるようになるってこと?」

「媚びる…?媚びるっていうより、注目される自分に慣れて、その場に合った対応ができるようになる、ってことだよ」

「なんだか、全然分からない…」

「分かるようになる。大丈夫」

「お客に媚びたらさ、自分が自分じゃなくなるんじゃない?」


 この間までは母さんの言いなりだった。その次はマコトの、さらにその次はファンの言いなりになって、操られて、自分が空っぽで何も無くなるんじゃないか?


 俺の不安を察知したのか、マコトは笑うでもなく、真剣な顔をした。


「無くならない。だってさ、響はこの世で一人しかいない。細胞一個一個がオリジナルだ。それはさ、どこに行ってもどうなっても絶対変わらない!」


 あまりにキッパリと言い切られて、思わずポカンと口が開いてしまった。


 マコトの言う通りだとしたら、母さんのいいなりで、でも必死に頑張ってた俺も、俺ってこと?じゃあ、あの時頑張った事は、医学部に入れなかったとしても、全く無意味じゃなかった…?


 真剣なマコトの顔に、心の中で問いかけてみる。マコトは少しだけ口の端を持ち上げて、首を傾げた。ピアスが小さく、音を立てる。

 マコトと少しの間、見つめった。


 すると、楽屋の扉が乱暴に開いた。出て行ったはずの、シオンが戻って来たのだ。


「ほら、またマコトが言いくるめてる!」


 あ?!

 俺また、言いくるめられてるのか…?!焦る俺に、シオンが不機嫌そうに言う。


「そろそろ出番…!」


そうだ、二回目の告発タイムに、今週のランキング発表…!


 俺たちはもう一度、ステージへ戻った。




「さあー、告発タイム、はじまるよー!」


ソウマは今日最下位だったら二週連続になり、研修生に降格するにもかかわらず、とびきり元気にコールする。


 告発用紙を引く順番は前回のランキング一位から。一人目はマコトだ。マコトは勢いよく投書箱から紙を取り出して読み上げた。


「えっとー、告発ネームサバンナさん。『ソウマくんおすすめのプロテインで太りました。信じられません』。なるほど、俺もです」

「え、あのプロテイン?前後の食事も教えてもらえればもっとアドバイスできるけど!配信の時コメントください!」

「そうですね、ソウマさんにぜひコメント下さい!じゃ、次!」


次はシオンだ。シオンは投書箱から取り出した紙を開くなり少し顔を顰めた。


「この間、Stormixのドーム公演でマコトくんと響くんを見ました。仲良くグッズを買ってました」


 また、俺とマコトの目撃情報だった。シオンの次はキョウでその次は俺。なんと、キョウと俺もほぼ同じ内容だった。


「ちょっと~、Stormixのライブ行ってる人多くない?俺もだけど」

「うん…。浮気な人が多いみたい。マコトと響も」


 シオンはじとりと俺を睨んだ。『YBIからStormixに浮気してる』ってことだと思うけど、『マコトと響に浮気してるシオンファン』への牽制か…?ちょっと、怖い…!


 最後に問題児、ソウマの順番が来た。


「Stormixのライブ裏山~!じゃあ、次、俺な!」


 ソウマはアドリブが苦手だ。マコトは警戒して、今日はすぐ後ろに付いている。


 告発の専用用紙を開いたソウマは口の端を持ち上げてニッと笑った。会場の方に用紙を向かってひっくり返して観客達に見せる。


「今日は二回とも大丈夫なやつだったー!『マコトと響

のデート現場!夜20時代だからYBI警察は出動せず』でーす!」

「おい、YBI警察って…!」


『YBI警察』の名を聞いた客は一瞬どよめいたが、写真の内容が認知されると、「ひゅー!」とか「きゃー!」みたいな声が次々と上がる。


 写真の中の俺とマコトは、手を繋いでいる。

 Stormixのライブ会場でYBIファンに見つかって、逃げた時だ。そういえば、手を引っ張られた気はするけど、こんな風に写真に撮られているとは…!


 この写真をYBI警察が撮ったということは、花音ちゃんもあの場にいた、ってこと?じゃあゴミを投げ入れた犯人も、花音ちゃんの可能性がある…?

 でも、今日も凄く友好的だったし、二回目のメッセージの時、花音ちゃんはいなかった。やっぱり、違うのか?そもそも、YBI警察って花音ちゃんだけ…?


 俺が考え事をしている間に、マコトはソウマから写真を取り上げた。


「なんだこれ!デート風味、つよくない?」

「うん」


 取り上げた写真を見て、マコトは感想を呟いた。ソウマに肯定されると、少しだけ赤くなる。


「違うけど…!」

「マコト、なんで照れる?」


ソウマに揶揄われて、マコトはそっぽを向いた。そんなことしたら余計に、冷やかされるに決まってる。

 商品には手を出さないし、好きにならないって言ったくせに、なんでそんな顔するんだ……?


 その後発表されたランキングは当然、マコトが一位だった。二位はキョウ、三位が、なんと俺…!


「ソウマくんは研修生になります。来週から、カナタがメンバー入りします!」

「えー?!まじで?!みんな良く考え直そうか?!来週の配信で話し合おう!」


マコトはソウマの研修生落ちで、和やかな雰囲気を演出したかったようだが、全く無意味だった。


 シオンが更に順位を落として四位になってしまったからだ。シオンファンからの冷たい視線が俺に集中していた。


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