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17.全員集合

 ペットボトルと空き缶が転がる音と同時に、ゴミを投げ入れたであろう犯人の足音が遠ざかる。そして、「わっ!」という声と共に、何かがぶつかる音がして、別の足音が近づいてきた。


 ……たぶんマコトだ!


「マコトッ!助けて!出られないんだ!!」

「響!?」



俺が叫ぶと、マコトは「何だよこれ…!」と怒りながら、ドアを塞いでいる何かをべりべりと剥がしている。


 少ししてトイレのドアを開けたマコトは、俺を見てひどく焦った顔をした。


「響!!大丈夫か?!」

「ペットボトルとコーヒー、量はそんなに入ってなかったみたいだから、大丈夫…」

「こんな濡れてゴミだらけで、全然、大丈夫じゃないだろ!!犯人は、見てないよな?!」

「う、うん…」

「さっきぶつかった女子高生(JK)だな…、あの野郎!」


マコトは怒りに任せて、ドアに貼られていたらしいガムテープを手に握りしめたまま、犯人を追おうとした。俺は咄嗟に、マコトの服を掴んで引き留める。


「ま、待てよ!どこ行くんだよ?!」

「捕まえるんだ、アイツを!」

「ダメだよ、危ないよ!こんなことするやつ、フツーじゃないから!」

「だから余計ほっとけない!」


俺たちが揉めていると、作業着を着た初老のお婆さんがトイレに入ってきた。

 清掃員らしいお婆さんは、俺たちを見て悲鳴を上げる。


「きゃーっ、なんなの、あなた達!ゴミ泥棒っ?!」

「「泥棒っ?!」」


 


****



 

「何度言ったら分かるんだよ!俺たちは被害者なんだぞ!」


 お婆さんに悲鳴を上げられ、俺とマコトは集まってきた駅員達に、事務所に連れて行かれた。


 制服姿の大人の男達に囲まれて事情を問いただされ、俺は完全に萎縮してしまったのだが、マコトは一歩も引かない。


「防犯カメラを確認したら、確かに女子高生が男子トイレから出てきた。でも、今日はドームでコンサートがあって女子トイレが酷く混雑していたんだ。だから一概に責められないし、彼女が清掃用カートからゴミを散らかした犯人だとは言い切れない。それに…」

「それに?」

「君、名字を頑なに言わないし…。それってやましい事があるんじゃないの?やっぱり、警察を呼んで…」

「「はあ?!」」


マコトは以前、俺にも親の離婚再婚で名字がどうなっているか分からないとは言っていたけど、本当に名字を書かなかったことには驚いた。

 しかし、それにしても酷すぎる駅員の言いがかりに、思わず二人揃って声が裏返る。でも怒りで、言葉が続かなかった。


 一瞬だけ、間が空いて沈黙すると、場ににつかわしく無いのんびりした声が聞こえてきた。


「どうもどうも~、お騒がせしてますぅ~」


駅員を伴って現れたのはずいぶん腰が低い、中年の女性だ。ぺこぺこし過ぎて初め、顔が見えなかったが、このキツイ香水の匂いは……YBIの事務所社長で間違いない!

 さっき駅員に「親権者の連絡先」を聞かれ、仕方なく社長の名前を書いたから呼ばれてやって来たようだ。


「あ、私この子達の雇い主で後見人みたいなものです。ほら、これ、この子達の親の同意書ですぅ」


ペコペコと自己紹介をしながら自分の身分証に名刺を差し出す様子はやけに、手慣れている…。


「それで、この子達は、いったい何を…?」

「トイレの個室にガムテープ貼られて閉じ込められた上に、ペットボトルの中身頭からぶちまけられたの。完全にこっちが被害者なのに疑われるなんて、ありえねーだろっ!」


マコトが捲し立てると、駅員も少しムッとしたように社長に言った。


「騒ぎが起きたので、名前を聞いたら頑なに名字を言わないんですよ。何かやましい事があると思うでしょう?!」

「それは、この子の場合…」


マコトがそっぽを向くと、社長は口籠った。やはり何か事情があるらしい。

 その様子を見て、また疑いを持った駅員が社長にずい、と詰め寄る。


「それに、清掃員が男子トイレの前に清掃カートを置いてその場を離れたのはほんの少しの時間だったそうです。戻ったらカートはなく、男子トイレの中は集めたはずのゴミが散乱していて、タバコの吸い殻もあった。彼が言った少女の姿はみえないし…。ひょっとして、タバコを誤魔化すために、と思うでしょう?!」

「だからって仲間をトイレに閉じ込めて、ゴミなんか盗むはずないだろ!」


マコトと駅員は少し睨み合った。すると、社長は笑みを引っ込めて駅員とマコトの前に立つ。


「この子は盗みまなんかしませんっ!そんな子じゃありませんから、見くびらないでください!」


 

 社長は事務所に来た時とは異なる、威風堂々とした態度で駅員を黙らせた。

 俺は社長を少し、いや、かなり見直した!普段全然顔は見せないけど、やっぱりYBIのこと、信じてくれてるんだな…!


 俺がゴミのペットボトルの中身をかけられて汚れていること、トイレのドアにガムテープが貼られたのは間違いないこと。防犯カメラに女子高生が写っていたのも本当、ということで、駅員から社長に謝罪の後、今度は一転して被害届を出すかどうかを尋ねられた。


 被害届…。そんなモノを出したら家に連れ戻されてしまう。

 俺の顔を見た社長はその不安を察してくれたらしく、小さくため息をついた。



「被害届は少し考えさせてください」


社長がそう言ったことで、俺たちはようやく駅事務所から解放された。

 


 まさか、YBIではなく、Stormixのライブでこんなことになるなんて、思いもしなかった…。

 事務所を出ると、「マコト、響~!」と大きな声で名前を呼ばれた。


「ソウマ!!お前熱は?!」


 熱を出して寝ているはずのソウマとカナタ、キョウがやって来たのだ。出てきたりして、熱、大丈夫なのか…?!


「熱なんかもう下がった!それより大丈夫なのかよ?!響、すげー汚れてるじゃん!」

「うん。大丈夫」


 絶対ソウマの方が大丈夫じゃないはずだが、はぁはぁと息を弾ませてすごく心配してくれているので大人しく頷いた。


「親呼ばれたりとかは?!」

「それも大丈夫。社長が強くいってくれて」

「よかった…」


よかった、と言ったソウマは俺ではなく、マコトを見ていた。マコトも、俺と同じ、親を呼ばれたくない事情がある、と言うことだろうか。


「ごめんね、ソウマくん。Tシャツ汚れちゃって」

「いいよ!それどころじゃなかっただろ!」


 俺はもう一着のTシャツを持っているマコトを見た。ここでソウマを喜ばせたかったのだが、マコトは別の方向を見ていて、俺とソウマのやり取りに気付かない。不思議に思って俺も、マコトの視線を追った。


「マコトっ!大丈夫?!」

「シオン…」


視線の先にはシオンがいた。シオンは真っ直ぐマコトの方へとやって来る。マコトは驚いたように、シオンの名前をぽつりと呟いた。


「怪我ない?心配した!」


シオンは走って来たようで、肩で息をしている。


「ちょっと何よ~、YBIが全員集まっちゃったじゃない!もう遅いんだから帰るわよ…!」


 社長はやや、呆れたようだったが、俺は皆んなが心配して集まってくれたことに、感動していた。


 社長は俺たちを見て、また何度目かのため息を吐く。


「これに懲りたら、もう過激なことはしないでよ?」


 過激なことか、確かに…。


 最近はタクミがランキング降格を機に脱退したり、マコトとのカップル売りでシオンの順位が下がったり、ファンも心穏やかではなかっただろう。


 すると、今回の嫌がらせの犯人は、過激なYBIファンだろうか?Stormixの会場で声をかけられた以外にも、YBIファンがいた可能性は十分にある。

 

 ということは先日の、画像共有の犯人と今回の犯人は、別人……?全く関係がない?本当に…?



 まず、『消えろ、氏ね』と書かれた画像が送られて来て、次に『どうなってもしらないよ』という画像を受け取った。

 そして更に、今日、トイレに閉じ込められた…。


 それに今日も、あの日も、初めの日も、熱で来れないはずのソウマも含めた、YBIメンバー全員が、また、ここに揃っている…。


 俺とマコトを庇ってくれた社長も、心配して駆けつけてくれたソウマ、カナタ、キョウ、シオンまで、全員。


 これは、偶然だろうか?


 まず、『消えろ、氏ね』と脅されたのに俺は出ていかなかった。更に正式メンバーになり『どうなってもしらないよ』と脅されても、マコトと一緒にStormixのライブにグッズの下見に出かけた。


 ーー本当に、全部、偶然だろうか…?順を追って過激になっていて、なんとなく関連性を感じてしまう。


 そう考えると胸が苦しくなった…。すると、隣にいたソウマも、苦しそうな顔で俺を見つめてくる。


「こんな時にこんな事言うの、すっごい心苦しいんだけど…」

「え…?」


ソウマは俺に、そっとタオルを差し出した。それは汗でちょっと湿っていて、あまり受け取りたいものではなかった。俺が反射的に少し避けると、ソウマはタオルを俺の服に押し当てる。


「な、なに…?!」

「Tシャツ、シミになっちゃうから脱いでくれよ!」


あー、そう言うことか!このコーヒーとかジュースのシミを拭きたいってことだな?なるほど、それなら汚れていない物がもう一枚ある、と言おうとしたところでカナタがソウマの手を掴んだ。


「ソウマさん!響が大変だった、こんな時によくそんなセコイこと言えますね!?」

「いやでも、今なら落ちるかもしれないじゃん!」

「あー!見損なった!」


 カナタが怒った理由も分からなくもないらしく、ソウマもちょっとしゅんとしている…。流石に少し、可哀想になった。


「ソウマくん、マコトがもう一枚、余計に買ったから大丈夫だよ…!」


俺がそういうと、ソウマは目を輝かせて、マコトを見た。全員の視線が、マコトに集まる。


「あ…………。そう言えば俺、Tシャツ入れてた袋どうしたっけ?」

「ふぁっ?!」


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