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16.東京ドーム

「バッド課金やべー…」

「なに、そんなに?」


カナタの呟きに、全員…と言っても、寮に住んでいないシオンと、風邪をひいたソウマ以外のマコト、俺、キョウの三人はカナタの背後に集まった。


「チケットの売り上げを集計して入れたら、カップル売りが効いてマコトがトップになったんだよ。でもさ、多分それ見越して、シオンファンがマコトにバッド入れまくってる。その逆もあって、回り回って、次、キョウが一位かも」

「うわぁ~、こわい…!」


カナタの分析に、キョウが珍しく反応した。確かに怖い。でも…。


「次、発表したらお見合いになるんじゃない?やり合って共倒れはないわ、ってなるよね?」

「うんうん。さすが響くん!確かに、この結果を発表すれば響くんの言う通り、暫くバッドは入らなくなる気がするね。タクミ的な事故がなければ、だけど…」


 カナタは概ね俺に同意した。けれどマコトはカナタの言葉尻を捉えて「事故らなければね…」と、呟く。


「あとさ、マコトくん。今度のチェキ会も『告発タイム』やるのかって問い合わせいっぱい来てるけど、どうする…?」

「じゃあさ、集計も楽になるし、チケット売り上げ配分用の『推し』の記入はWEBアンケートに切り替えよう。告発の投票用紙は別にして、受付で売る。チェキ1000円、告発券500円…!メニュー出す時に入れといて」

「金取るの?!」

「勿論…!もともと前回のはチケットの『特典』だし」

 

 マコトは当然のように言うが、そんなに金ばかり取って大丈夫なのだろうか…?俺は恐る恐る、マコトに尋ねた。


「ファンの人、お金取りすぎだって思わないかな?」

「思わないよ。…例え思ったとしても、いつか、俺たちが売れてチェキが倍以上の値段で売れるようになるら大丈夫だよ」


 なんだその理論。転売前提のアイドルって、いるか?!マコトの型破りな発言に、しかしもう誰も、反対しなかった。あの日、滞納された電気代とネット代を払ったことが相当堪えたらしい…。


「バッド課金の振込が入ったら、響のグッズ作ろう」


 マコトは狙い通りバッド課金が好調で、上機嫌だ。本来、バッドイコール低評価だから、喜ぶべきでは無いはずだが、何より現金が嬉しいらしい。


「今日これから、グッズの下見に行こう」

「下見…?」

「マコト~!」


マコトが俺を誘うと、それを察知したらしいソウマが寝室から出てきた。おでこには熱冷ましシートを貼っている。


「今日のStormixのライブ…、俺が行く!」

「無理だよ。会場の入口に体温計あるんだから止められる」

「うぅ……」


Stormixは大手芸能事務所所属の男性アイドルグループだ。クラスの女子にもファンがいたしCMもやってて有名だから、俺でも知ってる。そのライブに下見に行くってことは、Stormixのグッズを見てYBIの参考にするってことか?


「せっかくチケット取れたのにぃ…!」

「でもさ。熱帯夜の公園で風邪引くなんて…、なんで?」

「知らね~…」


 いつもならカナタと喧嘩をするはずなのに、ソウマは言い返す元気がないらしく、諦めてベッドに戻って行った。後を追ってカナタも寝室について行く。実は心配しているらしいカナタは、氷枕を取り替えたり扇風機を回したり、いつもとは違って優しい。


「ソウマはしょうがないよ。響、行こう」

「うん」


 ソウマはカナタとキョウに預けて、俺とマコトはStormixのライブが行われる東京ドームに向かった。



****




「ソウマくんはStormixのファンなの?」

「うん。ああ見えて、あそこの事務所のオーディション何回も受けてるんだぜ?全部落ちてるけど、憧れすぎて、ダンスとか演出もちょっと真似したり…参考にしてる」

「そうなんだ」

「実際、ステージはかっこいいよ。演出も凄いし…だから今日は勉強と今後のライブの参考に、一緒に見るはずだったんだけど」


 夏風邪は何とかがひく~、と、マコトは笑った。


「かわいそうだから、実況してやろう」


余計、可哀想な気もするけど…。


 マコトは水道橋駅を降りてから、うちわなどのグッズを持って歩いているファンを背景に動画や写真を撮りつつ進んでいく。


「うわぁ~。凄い人!」

「チケット5万枚、即日ソールドアウトしたって」

「ご、ごまん枚も?!」

「ファンクラブも間もなく100万人突破するっていうから。凄いよね」


信じられない…!1000枚のチケットに苦戦しているYBIとは雲泥の差だ。

 

 ドーム前に着くと、会場前にあるグッズ販売の列に並ぶ。やっと順番が来て、販売されているグッズを見ると、その種類の多さに驚いた。


「種類が豊富。ツアー名書いてあるってことは、ツアー毎にグッズがでるってこと?」

「そうだよ。売れ残ること気にしてる俺たちとは違うから、けっこう冒険してるやつもあるね…。やっぱり文房具は残ってる気がする…。あっ、これ!」


 マコトはベビーピンクのペンライトを手に取った。俺の顔の前にそれを出して、交互に見ている。


「やっぱり、ピンク似合うよ。響のカラーっぽい」

「そ、そう?可愛すぎる気がするけど…」

「いや、合ってる」


マコトはピンクのペンライトとソウマに頼まれたらしいツアーTシャツ二枚を購入し、特典のStormix専用のショッピングバックに入れて持った。

 

 グッズを購入してから会場に入り、俺はまた驚いた。


 巨大なメインステージは前方中央に設置されていて、そこからアリーナ席をぐるりと囲むように花道が伸びている。アリーナ席の一番後ろにはリヤステージが設置されていて全方位で楽しめるようだ。

 それ以外にも可動式の大きな機械があり、あれは二階席に向けて上下したりするのかもしれない。

 売れてるアイドルって、凄い…!規模が違いすぎて、『下見』になるんだろうか…?


 コンサートが開演すると、とにかく圧倒された。照明、動くステージ、パフォーマンス、とにかくステージの演出全てがプロフェッショナルで完璧だった。


 でも、俺は時々、マコトを横目でチラリと見ていた。


 ステージ上のStormixメンバーを照らしているスポットライトは、マコトの横顔にもキラキラと淡く反射している。少し垂れ目だけど整った瞳、鼻先、唇…。先日の『ブラックマコト』とは程遠く魅力的なのに、観客はステージに集中していて誰も、このマコトを知らない。

 それは凄く、勿体無いなあ…と、俺は思った。


「マコトくんは、あの中に入れる気がする」


終演後、思わず興奮気味に、俺はマコトに言ってしまった。ステージを指差した俺を見たマコトは、もう暗くなったステージを見つめる。


「確かに、ソウマより可能性あるかもね?でも俺は、YBIの方がずっと凄いステージをやると思うから、あの中に入れなくていいけど」


 いつかドームで、と目を輝かせたマコトに、俺はただただ見惚れてしまった。チケットを1000人から50000人に売るなんて、俺には想像も付かないけど…。マコトは何か作戦を考えているのかもしれない。

 それが『バッド課金』みたいなことではありませんようにと祈りながら、マコトの横を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「あのぉ~。ひょっとしてYBIのマコトくんと響くんですか…?」

「え…?えーと、そうですけど…」


声をかけてきたのは、女子高校生らしき二人組だった。マコトは小声で、でもニコリと微笑んだ。マコトの反応を見た二人はやっぱり、と笑顔になる。


「やっぱり!この間の配信見ました!」


 握手を求められて、快く応じる。でも、「ここ、Stormixの会場だから」とやんわり、写真は断った。


「響、早く帰ろ!」


二人と握手した後、マコトは俺を引っ張って来た駅とは別の駅に向かって小走りで歩き出した。


「アイドル好きが集まってるから、知ってる人もいるよな。ちょっと油断してた…。少し遠回りして、時間を置いてから帰ろう」


 マコトの言う通り遠回りをして駅に着くと、身体は汗ばんで湿っていた。マコトは喉が渇いたようで、キョロキョロと辺りを見回し、飲み物の自動販売機を探している。


「飲み物買いたい。響もいる?」

「あ、俺は…。トイレ行きたくなっちゃったんだ。ちょうどそこにあるから先に行っていい?」

「じゃあ、ついでにこのツアーTシャツに着替えてもらえる?ソウマを驚かせたいんだよね。あいつ響が着てるの見たら『着るんじゃねえよ~』って怒ると思うから、そこでもう一着あるっていうサプライズしたくて」


マコトはソウマの反応を想像して、楽しそうに笑う。それで、わざわざ二着も買ったんだ?何でだろうと思ったけど、そういうことか。

 でも普段着用とコレクション用が出来て、ソウマは逆に喜ぶかもしれない。素直にあげた方が喜ぶと思うけど、照れ隠しなのか、ブラックマコトがそうさせるのか、不思議なサプライズだな、と思った。


「じゃ、俺は飲み物買ってくるから、よろしく!」


 マコトからTシャツを一枚受け取ってトイレの前で別れた。

 マコトは人混みを避けて地下六階の、余り人気のない路線を選んだからか、時間をかけて歩いてきたからかトイレに人はいなかった。


 個室で用を済ませてから早速、ツアーTシャツに着替える。

Tシャツが入っていた薄いビニール袋をしまおうとリュックを開けると、外から扉が何かで押されたような、何かが貼り付くような、べたっという音がした。


 不思議に思ってリュックを背負いドアノブに手をかけようとすると、上から何かが降ってきて、頭に当たった。頭に当たったものは、ゴミだった。丸めたティッシュ、お菓子の袋、タバコ、コンビニのビニール袋…。そんなに痛くはないが、次々に降ってくる。


 何故そんな物が…?!俺は、ドアノブを掴んで外に出ようと鍵を外そうとしたが、鍵が外れない…!


 閉じ込められた…!!


「た、助けて…っ!」


俺が叫ぶと、今度はペットボトルと空き缶が降ってきた。どちらも蓋が開けられていて、頭上で中身の液体が飛び散った。


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