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15.バッド課金

****

 

 タクミ脱退後、俺は二度目の脅迫文を受け取った。状況からYBIの誰かが送ったのだと思う。

 思えば、全員怪しいのだ。ソウマより、俺はランキングで上を言ってしまった。カナタにしてもそう。メンバーになるつもりはないと言っていたけど、本当は邪魔だと思われているのかも。シオンも、明らかに俺を嫌っているし、キョウとは全く口をきかない。

 マコトは…、マコトは違うと思う。一回目の時も、隣にいて、色々話していたし。


 しかし、そんなことを考えている暇もないくらい、ここでは事件が起こる。…電気が止まったのだ。



「この間のタクミの告発さぁ、YBI警察の鍵垢がタクミファンをけしかけてたらしいよ」

「まじで?それで、同じような投書いっぱいあって、俺が引いちゃったのか~」

「うん。当日、証拠見せてやるから画像共有機能開けとけってなってたらしい」

「へー、激アツ~。まるで今日の暑さ~」

「あーホントに、あつー…。っていうか無理だよコレ!暑いー!」


事務所のリビングでカナタとソウマは悲鳴をあげた。


「ホントに暑いわね!痩せるわ~っ!」


 四十過ぎであろう、事務所社長の藤咲由香里は理解し難い声を上げた。


「ババぁ…っ、じゃない、社長!痩せるわ、じゃないですよ!8月に電気止まるなんて自殺行為です!いや、他殺…!響パパにもらったお金どうしたんです!?」


 カナタはスマートフォンの灯りを社長に向けた。照らされた社長は悪びれるでもなく、タクミのコンサートグッズであるうちわで顔を扇いでいる。


「あのねぇ、去年の消費税の支払いができなくて、税務署にお願いして分納にしてたのよ。それがすっかり計算から漏れてて、期限が迫ってたの。消費税滞納で資産を差し押さえられたら、それこそ会場代とか払えなくなって大惨事じゃない?」


 つまり、税金を優先して払ったら今度は電気代がなくなり、電気が止まったと言うことか…。

 電気は三ヶ月目で止まるとこの時初めて知った。五人が暮らすこの家の電気代は一ヶ月約二万円、三ヶ月で六万。まとまると、なかなかの金額になる。


「消費税?なんで消費税を事務所が払うんだよ?あれはコンビニとかスーパーで払う奴だろ?」


ソウマは何でた?と、首を傾げた。

 消費税は確か『間接税』だ。消費者が支払った税金を事業者が国に支払う。


「えーと、つまり、赤字でも消費税は間接税だから支払い義務が発生するけど、赤字だから当然金がないと言うことですか?」

「お~!さっすが響くん♡医者の息子だけあって賢いわぁー!」

「社長っ!賢いわー、じゃねえよ!なんで分かってて、消費税分を別にとっておかなかったんだよ?!」

 

 確かにカナタの言う通りだ。消費税は赤字でも支払うのだから、別管理にすべき。しかし…。


「自転車操業状態で、どんどん支払いに充てて手元資金がないってことですか?今、電気代もないってことは…今年の消費税、来年支払う分は…?」

「ぎくっ!」

「ぎくっ、ってなんだよ!」


 カナタは怒りに任せてどん、テーブルを叩いたが、社長の由香里は「だってえ」と口を尖らせる。


「だいたい、身の丈に合ってないことやり過ぎですよ!カラオケ、グッズ、(ライブハウス)…!」

「でも、そのくらいやらないといつまでも地下よ?!」

「それはそうですけど、やり方ってもんがあるでしょうが!」


カナタと社長が言い争っていると、ガチャ、と玄関が開く音がした。マコトだ…!


「「「「マコトくん、電気は?!」」」」

「滞納してたぶんは払ったけど、送電再開は朝っぽい」

「「「「朝?!」」」」

「……耐えろ」

「そんなぁー。一万円も払わされたのに、朝まで地獄見るのかよ!」

「仕方ないだろ…」


マコトはため息を吐いて、社長に領収書を手渡した。


「もうコレだけ?あとは…」

「あとは大丈夫。ごめんね♡」


電気が泊まり社長を問い詰めると、お金がないから払えないと言われて、俺たちは仕方なく一万円ずつ出し合ったのだ。ホントに、何でそんなにお金がないんだ?カナタが言うように、無茶なことばかりすることが原因なのか?


 マコトはリビングのテーブルにどかっと座った。


「俺、考えてたんだけど。『バッド課金』を導入しようと思う」

「「「「バッド課金?!」」」」

「そう。この間も思ったんだけど、ネガティブなパワーって凄くない?俺さ、ペンライト投げられて、死ぬかと思った。でも、投げられるのが同じ悪意でもお金なら耐えられるじゃん。バッドを課金すると、課金された人のポイントは減る。でもお金は入る…。お互いストレスを減らせる。一応特典映像見られるって建て付けにするけど…、初期投資費用在庫リスクなし。良い商品だと思う」

「やっ、べ~~~、ブラックマコトが降臨した!」

「いや、、熱中症だよ、たぶん…」

「やだぁ~、とりあえずシャワーで頭冷やして寝なさい!」


 とんでもないマコトの提案に、ソウマとカナタ、社長は動揺している。マコトは極めて真面目な表情のままだ。マコトなりに打開策を真剣に考えた結果らしい。しかし…。

 

「あのぉ…。収支をちゃんと、計算している?それを知らずに目標がなく動くと、闇雲にファンからお金をとることにならない?」

「おおっ、さすが響、賢いこというな~!頼もしい~!」

「そうよ、お金のことは私もちゃんと考えてるから無茶は辞めなさい!」


俺の意見に社長もソウマも乗ってきた。けど、マコトの目は座っている。どうやら引く気は無いようだ。


「もちろん、上限を設ける」

「そ、そうだけど…過激過ぎない?」

「うんうん。響くんに賛成。お金のことは明日、税理士に相談するから。子供は心配しないで、もう寝なさい!」


社長が『子供』というと、マコトは社長をキッと睨んだ。


「俺、本気だから」

「マコトく~ん、響が言った通り、ちょっと過激すぎるよ!それよりさー、正攻法でいこ?ほら、マコトと響のカップル売りが当たって、響のグッズが欲しいって事務所の公式SNSにも書込みあるよ!」

「うんうん、いいじゃん、それが健全だよ!」


カナタとソウマはマコトに必死に提案する。しかし…。


「響のグッズは考えてる。でも先立つものがない」

「う……、じゃぁ、チェキ会は…?」

「それは、来週やる予定だろ?」

「でもねマコト、販売したって、カード決済なら入金は来月なのよ?」

「振込とか、カードでも決済早いのもあるだろ」


一歩も引かないマコトに、社長はついに降参した。


「はぁー。あんまり過激なことはしないでよ?上限も設定すること!」

「勿論!おいカナタ!商品登録するぞ!」

「うわぁー色んな意味で、激アツ…!」

「なー、その前にアイス食べよーぜ。マコト、買ってきてないの?」

「あー、電気代の事で、カッカしてたから…何にも買ってない。確かに氷とかないと死ぬな」


ソウマは相当暑いらしく、とろんとした顔をしている。何か冷たいものを食べたほうがいい。それに、塩分も取らないと!


「とりあえず、氷買いに行かない?」

「賛成。コンビニ行こ!」


 五人でコンビニに行くことにした。マンションを出ると、外の方が幾分涼しい。

 コンビニで氷や、首を冷やすグッズを買う。なぜか、ソウマが花火を買った。マンションに帰っても暑いから、公園で花火をやりたいと言うのだ。


 アイス片手に、五人みんなで花火に火をつける。


「ちょ、ソウマさん、振り回すなよ!子供か?!」

「大人だから振り回していーんだよ!」


二人のやり取りはいつも通り騒々しくて楽しくて、危機的状況を忘れさせてくれる。


「大人だったら、公園じゃなくてネットカフェとか行けるんだよな~」

「マコトくん…」

「響、ごめん。また借金増えちゃったな」


マコトは悔しいというか、悲しそうな顔をした。暗い公園の中、花火で照らされ、影がはっきりと見えるからかもしれない。


「ちょっとカナタに聞いた。社長にいろいろ言ってくれて、響は頼りになるって。ありがとう…」


 マコトは花火を持ったまま、俺を見つめた。さっきの、バッド課金を言い出した時とは違う、少し弱々しい笑顔だった。

 マコトだって、まだ未成年の子供だ。俺と同じ、不安定な居場所を守ろうと足掻いてる。なんとか、マコトを元気付けたい…。でも今、俺にできることは殆ど、何もないのも事実。


「ちょっと、惚れちゃった?」


揶揄って、笑いあうくらしいか思い浮かばなかった。精一杯笑うと、マコトは目をパチパチさせる。


「響のことは好きにならないよ…」


そう言えば、俺のことは『商品だから』好きにならないって言っていたっけ。マコトは目を細めた。


「好きにならない」

「そ、そうだよね…?」

「うん」


マコトは俺の隣からソウマのところへ走って行ってしまった。


「おいマコト、あぶねーなあ!」

「大丈夫、筋肉は熱くない!」

「な訳あるか!」


花火に照らされた横顔が、ちょっと赤くなっている気がしたのは気のせいだろうか。何だか自分の頬も熱い。

 いやでもコレは、熱帯夜に花火なんかしてるからだ。たぶん…。



 花火でひとしきり遊んでから、事務所に戻った。カナタは早速、パソコンを起動させる。


「マコトくん…………。Wi-Fiも止まってる」

「まじか、あのババア……」

「もう、やるしかないね。『バッド課金』……」



ーーこうして『バッド課金』は開始した。

 

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