13.告発タイム
『告発タイム』発表後、なんと、あれだけ売れ残っていたチケットはソールドアウトした。
「いやー、まさか1000人動員するなんて!メンズ地下アイドルでもトップクラスじゃない?!ついに『今年ブレイクするかもしれない地下アイドルランキング』も1位になったし…。すごいわぁ~!」
久しぶりにライブ会場の楽屋に姿を現したシオンの母親であり事務所社長は、満員の観客を見て上機嫌だ。俺たちの苦労も知らず、呑気なもんだ。
あの後もカナタによるマコトとオレの偽造カップル写真の投稿は続いた。それにより怖いくらいSNSフォロー数は増加した。これも、チケット販売に多少寄与してると思う。その証拠にチケットだけでなく、グッズの販売も右肩上がりだ。
タクミとシオン以外のメンバーは発送作業に追われた。その合間に、俺とマコトは歌とダンスの練習。夜は一緒に勉強し、あっという間に一週間が経過した。
「響くん、すごい人気みたいじゃない?親御さんの方は大丈夫なの?」
社長はどうでも良さそうに、でも一応といった様子で俺に尋ねてきた。親、と言われた途端、心が一気に重くなる。SNSのフォロワーが増えたことで、母にバレてしまい、スマートフォンに連絡が来たのだ。『約束が違うじゃない!』と…。
でも、俺はここで居場所を作る、メンバー入りするって決めたから、無視した。
「大丈夫です」
「そう」
自分を鼓舞するように、真新しいステージ衣装に袖を通す。
社長は、念入りに化粧直しを終えると「今日は大手レコード会社の人も来てるから、しっかりね♡」と言って出て行ってしまった。
社長と入れ違いで、イベントスタッフと打ち合わせしていたマコトが戻ってきた。
「響!衣装着たんだな。凄く似合ってる!」
「あ、マコト…。そ、そうかな…?」
マコトは俺を見るなり、アイドル衣装姿を褒めてくれた。少し上気した顔で言われて、何だか、制服じゃなく、初めて私服で会った女の子にドキッとして言うセリフみたいだな、と思ってしまった。『カップル売り』をやり過ぎて、俺の思考がおかしくなってるんだろうか…?
「うん…。出番まで打ち合わせした通り、関係者席で待ってて」
今日、最下位だったメンバーと研修生が交代する。カナタと俺にも順位がつけられて、上位だった方がメンバーに昇格する予定だ。だから今日は全員衣装を着ている。
鏡の前で緊張していると、タクミと目が合った。今日は先日とは違い、睨まれていない。睨まれていないどころか機嫌がいいようで、目を細めて口角を上げ笑いかけられる。今日の結果、かなり自信があるってこと…?
タクミに気を取られている間に、シオンが俺に近付いてきた。マコトがまたスタッフに呼ばれて楽屋を出ていくと、見計らったように隣に立つ。
「カップル売り、上手く行ってるじゃん…。すっかりマコト色にそまっちゃってさ、ちょろいお坊ちゃんは言いなりなんだな。自分ってものがないわけ?」
「……」
『自分がない』と言われて、ドキッとした。確かに俺は今まで親の言うなりに生きてきて、自分がない。
でも、アイドルはまだ始めたばかりで、右も左も分からない状態なのだから、仕方ないじゃないか。いずれ、マコトみたいに自分の意見を言えるようになりたいとは思っている…。
シオンは答えに詰まる俺を、ふん、と、鼻先で笑った。たぶん、カップル売りのせいでマコトに順位を抜かれた事が気に入らないんだろう。
その後、マコト以外のメンバーもスタッフに呼ばれて、ステージに向かっていった。開演時間が迫り、俺とカナタはスタッフジャンバーを羽織って、舞台袖ではなく客席後方の関係者席へと向う。
大歓声の中、ライブは幕を開けた。
今日、メンバーとして呼び込まれたら、関係者席から客席を通ってステージに登る予定だ。考えただけでドキドキする…!
心ここに在らずでライブを見ている間に、もうライブ終盤、トークコーナーの時間となり、事前告知していた『告発タイム』が始まった。
ライブに来た観客は、入り口で渡された専用用紙に『メンバーに言いたいこと』を書き、片側を切り取って投書する。専用用紙には通し番号が振られていて、読み上げられた人は帰りに入り口で、半券と交換し、告発対象であるメンバーのサイン入りチェキが貰えるという仕組みだ。
ちなみに専用用紙には今日の推しを書く欄も設けていて、チケットの売り上げは後日集計し、名前が書かれたメンバーに入れる予定になっている。
投書箱はやらせではないという演出のため、ギリギリまでロビーに置かれていた。スタッフが回収する様子がステージのスクリーンに映し出されると、マコトの狙い通り、客席からは大きな歓声が上がった。
小細工なし、透明な投書箱にまず、マコトが手を入れて紙を一枚取り出した。先週のランキング順に、1人1枚ずつ引くようだ。
「えっと、告発ネーム、サンデーさんからです。『先日、電車でソウマくんを見ました。立ちながら寝てたけど、白目でした。怖いです』。なにそれ怖い!ホラーなもの見せてすみません!でもまだ、あと四人引く中で挽回するかもしれないんで、待っててください!」
「おいマコトくん!もっとフォローして!」
「いや、ソウマ、無理だよ…?じゃあ、次、シオンくん引いて!」
シオンが次に引いたのもソウマあてだった。案外、弄られて、愛されるキャラなのかもしれない。捨て身の炎上作戦だったけど、案外楽しい感じで始まってホッとした。
「次はキョウくんだね。読み上げてください」
「えっと…『先日キョウくんのSNSに写ってたケーキ屋さんにいったけど、めちゃ美味しかったからおすすめです』」
「なんか理想的なほのぼのきました。じゃ、次タクミ」
「『シオンくんのお部屋とか普段着が見たいです。SNSもっとお願いします』」
「わかりました!調整します」
「ちょっと…、マコト…!勝手に決めるなよ」
シオンが慌てて、マコトを止めた。部屋、汚いタイプなんだろうか?
「じゃあ次、ソウマ引いて」
「よっしゃあー!汚名挽回するぞー!」
残りはソウマ1人。ソウマは箱の中に手を入れて、底の方を掻き回している。勢いよく一枚、紙を取り出して、高く手を上げた。
「えーと、告発ネーム『YBI…』」
そこまで言って、ソウマは口籠った。内容を見て、明らかに動揺している。
「…えーっと、これ、どうしよ?!ちょっと読めないから、もう一枚引いて良い?!」
ソウマはどうしても読みたくなかったようで、苦しい言い訳をした。そもそも、「ヤバい投稿がきたら嘘でごまかす」はずが、びっくりして飛んでしまったらしい。
『やらせなし』を謳っていたから観客からは「えー!」と、非難の声が上がった。
「ソウマくん、俺が読むよ!」
マコトはソウマに声をかけたが、ブーイングを受けたソウマの目は据わっている。何だか、嫌な予感しかしない。ソウマから投書を取り上げようとしたマコトを交わして、ソウマは口を開いた。
「告発ネーム『YBI警察。YBIタクミは禁止されているデート営業して、あげくファンにグッズも買うように強要してます』」
「おい、ソウマ…ッ!」
「『証拠あります』…って、マジでーー?!」
「バカ…」とマコトが小さく呟いた。ステージ上のメンバー全員、顔面蒼白状態だ。当然、タクミも。
客席は、大騒ぎになっている。
しかも観客達は本来禁止されているはずのスマートフォンを取り出して、見始めてしまった。
その時、ジャンバーに入れておいた俺のスマートフォンが震えたことに気付く。取り出して見ると、画面には、画像共有の通知が来ていた。先日『消えろ氏ね』なんて画像を受け取ったというのに、設定がそのままだったのだ…!
このタイミングで来た通知は、間違いなく只事ではない。恐る恐る、受け入れるをタップして画像を確認する。すると…。
「カ、カナタくん、これ見てっ!」
俺は震える声で、カナタを呼びスマートフォンの画面を見せた。
「何だこれ…デートのお品書き?うわ、本人も映ってるじゃん。しかも領収書まである…!」
共有されたのはタクミのデート営業をしている現場写真、動かぬ『証拠』だった。YBIはデート営業は禁止しているのに…、デート営業していたから、急にランキング上がったり、さっきも自信あり気だったんだな?なんて事するんだ…。
それより、この画像は、誰が?画像共有機能を使って、誰かがこれを拡散させている。いや、誰かじゃない。犯人は『YBI警察』だ。警察なのに犯人ってなんなんだよ…!
しかも、画像共有機能…。俺に『消えろ、氏ね』って送ったのと同じ手口。
ーーひょっとして、『YBI警察』って、あの日、あのファミレスにもいた?あの犯人、タクミかもしれないと思ってたけど、違ったのか…?
「YBIから出ていけ!」
誰が言い始めたのか、会場から、そんな声が聞こえた。その声はどんどん広がって辺りを飲み込んでいく。
不満の声は塊になって全てタクミに、向けられた。タクミのカラー、紫色のペンライトがステージに向かって次々に投げ込まれる。
「危ないっ!ペンライトは投げないで!」
マコトが叫ぶとペンライトが投げ込まれるのは一旦止まったが、紫色の光はあっという間に会場から消えてしまった。
マコトはタクミの前に立ち庇おうとしたのだが、タクミはなにも言わずに、走って舞台袖へと消えてしまった。
マコトやメンバーは、呆然とその後ろ姿を見つめている。
「新メンバーは?!」
「ランキングは?!」
また、会場から声が上がる。その声に促されるように、ステージ上のスクリーンにポイントの棒グラフが表示された。
「今日から、研修生のポイントも発表することにしたんだ…」
マコトは動揺しながらも、マイクを握ると、観客席後方…、俺の方を真っ直ぐ見つめた。
「一位俺、二位シオン、三位キョウ、四位…響!YBIの新メンバーは、響っ!」
マコトはルールを無視して、研修生を入れたランキングを叫んだ。きゃあー、と先ほどとは打って変わって、俺の名を呼ぶ黄色い歓声が飛ぶ。
でも、足が震えて、動くことができない。
だって、この先をいくってことは、この世界に飛び込むってこと。嫉妬されて恨まれて、出ていけ、消えろって言われたりする、キラキラ眩しいけど、それ以上に厳しくて怖い世界。
「響ーっ!こいよ!!」
ステージの中心で、マコトは叫んだ。
それを聞いた途端、俺は走り出していた。観客を掻き分けて、一直線に。
ーーそこが、俺の新しい居場所なんだ…!




