11.BL営業
「とりあえずSNS始めよっか」
SNSか…。今まで母さんに禁止されていてやった事が無かった。マコトに教えてもらいながらアプリをインストールして登録を進めていく。
「アイコンの写真は大事だよ…!」
マコトはそう言って、上に着ていたシャツを脱いで俺に手渡した。
「マコトくん175センチくらいあるよね?俺、まだ170ないから、そのシャツ、ちょっと大きいかも」
「それがいいんだよ。『俺のを着てる』感が狙いだから」
あ、なるほどそういうこと…。
俺はマコトのちょっとぶかっとしたシャツを着た。テーブルに膝をついて両手を重ね、その上に顎を乗せろと指示される。
「上目遣いで見つめて。そう、甘える感じで!」
「甘える感じってどんな?」
「瞼重めで、口ちょっと開けてとろんとさせて」
「とろ…?!」
わかんねー!そもそもあんまり自分の顔、鏡で見た事がなかった。
マコトは写真を撮り、俺に見せながら具体的に表情を指示する。何度もやり直しを重ね、ついにアイコン写真は完成した。
「かわいい、サイコー!」
マコトは笑いながら登録ボタンを押してしまった。そしてすかさずマコトが俺のSNSをフォローする。
「さっきの写真貼って、『フォローお願いします』って投稿しよう」
マコトに言われた通り投稿すると、早速フォローがつき始めた。マコトがフォローしたからだと思うけど、自分の投稿に反応があるなんて信じられない気持ちだ。『写真かっこよ』『響くんかわいい!』などの好意的なコメントが多い。
今まで兄と比べられて『だめだ』と言われたことはあっても、褒められたことはなかった。だから心の中がむず痒くて、ちょっと暖かくなる。
「嬉しい。こんな、褒めてもらえて」
「そうなの?やっぱり俺の腕が良すぎる…?」
「そうだと思う」
「冗談だよ!俺はちょっと手伝っただけ。響は元がいいから、自信持っていいよ」
『自信』かぁ…。今は想像がつかないけど、YBIで頑張ったら、自分に自信が持てるようになるかもしれない。『居場所』に『自信』までつくなんて、YBIって本当にお買い得だった。
「それとさ、響くん。お願いがあるんだ。俺に、勉強教えてくれない?」
「勉強?資格を取るとか…?」
「いや、そうじゃ無いけど…。漢字も読めないと、将来、テレビ出た時とか、カンペも台本も読めなくて困るじゃん?でも、基礎知識が無さすぎて自分だけだと限界感じてて」
「なるほど…。俺にわかることなら、勿論!」
マコトはにこっと笑ってテキストを差し出して来た。テキストを見ると、漢字を調べながらの勉強で、苦戦していることがうかがえる。
「えーと、立替金とは、会社が一時的に支払いを立て替えたときに使用する勘定科目です…」
「うんうん」
俺がテキストを読んで、マコトは読み仮名をメモしていく。これで教えてるとは言い難い気もするが…。
毎日少しずつ勉強を教える約束をして、その日は終了した。
****
「みんな起きろー!集合!」
朝八時。朝ごはんのいい匂いと共に元気なマコトの声が響く。
「昨日の配信の後、グッズの注文が増えてるんだ。キャンセルされないうちに出荷するぞ。急げ!」
グッズの出荷作業もメンバーでやっているとは驚いた。社長とシオン、タクミの姿はないが、誰も気にしていないからひょっとしていつもいないのだろうか?
商品発送もマコトが司令塔だ。自分でも作業しながら、それぞれに指示を飛ばす。商品を梱包したら送り状をプリンターで印刷して荷物ごとに置いていく。
出荷作業は順調に進んで、リビングは荷物だらけだ。一旦、運送業者に集荷に来てもらい、昼食を取ることになった。
「これいつ終わる?俺今日、登校日なんだよ」
ソウマがやや、遠慮がちに小声でマコトに尋ねた。
「あと三時間くらいかな…?キョウも一緒?」
キョウも黙って頷いた。
登校日…。俺もカレンダーを見た。確かに今日あたり高校の登校日だったかもしれない。ってことは、二人は高校生…?夕方行くってことは、定時制なのかな。
「あとは俺とカナタ、響でなんとかなるよ。適当なところで抜けていいから」
「悪い。助かる」
「ソウマさんが居なくて捗るプラス要素と、キョウくんがいないマイナスを足してプラスマイナスゼロだから大丈夫ですよ」
「ああん!?」
「喧嘩してないで、食べたら再開しよう」
午後も黙々と作業した。数時間後、ソウマとキョウが学校へ行った後も三人で梱包を進める。
更に二時間ほど経過した夕方、マコトは背伸びして、肩を回した。
「俺たちもキリのいいところで一旦今日は終わろ。じゃ、カナタ、響、出かけよっか」
俺とカナタは一瞬顔を見合わせたものの、特に断る理由もなかったので、マコトについて街へ向かった。
「YBIて、実はメジャーデビューしてるの?!」
俺達は全国チェーンのカラオケボックスにやって来た。マコトが入れた曲を聴いて、俺は思わずはしゃいだのだが…。
「響くん、メジャーな訳ないじゃん!YBIは地下中の地下!『今年来るかもしれないメンズ地下アイドルランキング』は三位だけど」
「カナタくん…。で、でも、YBIのオリジナル曲がカラオケに入ってるよ?」
「お金出せば誰でも入れられるんだよ」
マコトは俺とカナタくんの会話に、少し冷たく割って入った。
そうなんだ、知らなかった…。マコトはタッチパネルを操作しながら眉を寄せる。
「全機種対応だと、30万くらいかかるんだ」
「30万?!で…、でも、カラオケって印税が入るんだよね?ファンの子が歌ってくれれば…」
「印税は作詞・作曲のアーティストに入るんだよ」
イントロと共に表示された、全く知らない『作詞・作曲』名を指さしたマコトは、大きく息を吸い込んだ。
「だから金がないんだ~~♪」
「歌詞変えすぎ!!」
マコトは最初の歌詞以外、あとは普通に歌い上げた。上半身はふりを付けながらなのに音もぶれないし、マコトは本当に上手いと思う。歌った後、マコトは俺にマイクを手渡した。
えーとつまり、今日は俺とカナタの歌の練習、と言うわけだな…?友達と、カラオケに行ったこともほぼない俺は緊張しながら息を吸い込んだ。
歌い始めると、途中何度か止められて視線の送り方や振りも指導された。マコトは自分で身振り手振り指導していたが、上手くいかず興奮したのか、かなり距離が近くなる。
カナタはその様子をスマートフォンでずっと撮影していた。
「ちょっと、マコトくん。なんか響くんの『マコト感』がすごいけど大丈夫?」
「初めは俺とカップル売りしようと思ってるからいいんだよ」
「「カップル売り?!」」
マコトはにやっと笑った。昨日、企み顔してたのは、このこと?BL営業じゃなく、「カップル売り」って何…?言葉通り受け取ると、つまり?
カナタは「お似合いではあるけど…」と口ごもった。俺はカナタの複雑そうな表情が気にかかり、マコトがトイレに立った時に質問した。
「カナタくん、カップル売りって何?」
「その名の通りだよ。BL営業でいちゃいちゃするメンバーを固定して、まるでカップルみたいに見せるっていう、BLの最上位なやつ」
「カナタくんはカップル売りに、否定的なの…?」
俺が直球で尋ねると、カナタは小さくため息を吐いた。
「YBIファンに効果はあるんだよ?実際『今年来るかもしれないメンズ地下アイドルランキング』三位になったのも、シオンとタクミのカップル売りのおかげだし」
「シオンとタクミの?」
「そう。それもマコト案で始めたの…。ちょっと不良っぽいタクミとかわいい系のシオンは絵になって、SNSでもプチバズりしたり。最初は二人も人気が出て楽しんでやってたんだけど。近付きすぎたのか、喧嘩しちゃって、今ああでしょ?」
「タクミが、寮を出て行った……」
「そー。その仲裁に入ったマコトともぎくしゃくして」
カナタは飲み物を口に含んで飲み込んだあと、俺を見つめた。
「でも響くんは賢そうだから、大丈夫かなあ…。それに相手はマコトくんだしね」
「マコトくんだったら、揉めないってこと?」
「うん。YBI大好きだから、あの人。間違いは起こさないでしょ」
『間違い』っていうのは、マコトはゲイだけど、俺には何もしない、の意味で合ってる?俺が聞くのを躊躇っていると、カナタは笑った。
「でも俺もYBIが大好きだよ。専門学校生なのに、スロットに生活費どころか学費溶かしちゃった時、店員してたマコトに拾われて、今がある」
「そ、そうなの?!」
「うん。おかげでなんとか卒業できそう。たぶん」
マコトはパチスロ屋で店員していたんだ?色々聞きたいことはあったが、カナタの顔に少し影がさしたので、別の質問をした。
「卒業したら、カナタくんはどうするの…?」
今日も練習は俺ばかりで、カナタはずっとビデオ係だったから、気になったのだ。そんなにYBIが好きなのに歯がゆく思ったのではないだろうか?
「初めはメンバーになろう、って思ってたけど…。俺、どう考えても向いてない。それはマコトくんも同じだと思う。今日だってさ、響くんの練習しかしてないでしょ?」
「そ、そんな…」
「いや、それでいいんだ。俺、卒業したらこの事務所で裏方やりたいと思ってる。情報処理の専門いってたから動画編集とか得意だし。最近はマコトくんと一緒にホームページ作ったり、在庫管理のファイル作ったり結構、役立つと思うんだ」
カナタは指折り、自分の特技を数えている。しかしやはり、表情はどこか冴えない。
「そうなる為には、今回の企画を成功させて、YBIファンを増やさないと」
そうだ。事務所には金がない…。今、一大事なのだ。
「だからさ…俺も、何とか力になりたいんだ」
カナタは俺に、決意を秘めた、真剣な目を向けた。俺も、カナタの目を真剣に見つめ返す。
そうだ、俺も居場所を金で買うだけじゃなく、自分の力で守らなければ…。その為には、まずYBIの正式メンバーにならないと…!
「響くん、俺、色々思うとこもあるけど、マコト案に全力で乗ってこうと思ってる」
「全力で…?」
カナタは頷くと、スマートフォンを弄り始めた。それはものの数分だったと思う。少し経ってトイレに行っていたマコトが部屋に飛び込んで来た。
「カナタ…!お前、いい仕事するじゃねーか!」
マコトに向かってカナタは、無言で親指を突き出した。
訳が分からない…。俺が二人のやり取りの意味を理解したのはそこから更に数分後。自分のスマートフォンにSNSの通知が大量に送られてきたのを見てからだった。




