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第7話 虚無魔法がだめなら別の道  2018.4

 福島第一原発の敷地内で行われた小規模実験が成功し、政府や東電、さらには地元の自治体にも大きな希望が芽生え始めていた。


 リリィ達パーティは、宮下官房長官からの依頼を受け、「第二段階」として、原子炉建屋や使用済み核燃料プールの撤去に向けた具体的なプランを検討することになった。


 しかし、その矢先、地元の一部反対派が激しくデモを始めた。さらに妙な噂が飛び交い始めた。どうも、某国が裏で糸を引いているらしく、地元の反対グループに資金協力をしているとのことだった。彼らは「魔法なんて存在するわけがない」「違法な核廃棄物投棄だ」「政府による隠蔽だ」と主張し、市民の不安を煽っていた。


 マモルがキッチンでコーヒーを淹れていると、リビングからテレビの音量が一気に上がった。ニュース番組が、緊迫した声で報じ始めた。


「現地・福島では、原発廃炉に関する不審な情報がSNS上で急速に拡散しています。『バスで瓦礫を市街地に運んでいる』、『汚染物質を海に投棄している』といった内容が、あたかも事実であるかのように報道されている模様です。」


 カップに注いだコーヒーの香りが立ちのぼる中、マモルは手を止め、画面を見つめた。眉をひそめて、静かにため息をついた。


「まったく、どうしてこうなるんだよ。テレビで官房長官があんなに丁寧に説明したのに、全然、信用されてないなぁ」


 リビングのテーブルでは、リリィさんとジャックさんが官房長官からの資料を読み込んでいた。


「地元住民だけならともかく、外国からの政治的圧力が明らかよね。日本はスパイ天国と言われているらしいわ」とリリィさんが憂鬱そうにつぶやいた。


「外国からのスパイを取り締まる法律が無いというアレですね」とジャックさんが頷いた。


「我々の力がまったく分かっていないな。異世界人ということも含めて、ドカンと一気にやっちまったほうがいいかもな」とガルドさんが腕組みして、不機嫌そうに唸った。


 コモンがテレビの前でうろうろしながらぼやいた。

「彼らはテレビで、見たまま、言われるままを信じるんだよ。そして、面白いと思う方を信じる。現実の悲惨な出来事を愉快に思う人間が多すぎると思う」


■政府との緊急協議


 翌日、三田部長とモニターを通じて話し合いが始まった。彼は深刻そうな表情で言った。

「実は、官房長官から打診があってね。地元の反対派に配慮して、予定よりも丁寧に手順を進めたいそうだよ。つまり、“第二段階”である原子炉建屋や使用済み核燃料プールの撤去計画を、一気に進めるのではなく、細かく段階的に進めていきたいらしい」


 ジャックがすぐに理解してうなずいた。

「つまり、今回の反対世論の熱が冷えるのを待つということですね。弱腰ですね。先送り、事なかれ主義の政治家らしい」


 リリィも同意した。

「そうね。政府にやる気がないなら、私たちは引かざるを得ないわね。勝手にやることはできないわ」


 三田部長は苦い表情でうなずいた。

「ええ。この過熱ぶりは異常ですよ。地元の反対派とは別の、もっと過激な連中が動き始めているかもしれません」


 マモルは複雑そうな顔で、テーブルに着いて言った。

「僕も、発言してもいいですか」


 リリィさんがうなずいた。

「もちろんよ。マモルさんもメンバーの一人だもの」


「なんだかね、テレビニュースを見ても、ネットニュースを見てても、世界中が変な方向に進んでる気がするんです。ヘイトとか、過激な主張ばかりが目立つというか。それに、福島の廃炉の話も、“さっさとやれ”とか“やっぱりやめろ”とか、極端な意見ばかりです。本当に魔法を使って解決できるはずなのに、現実には摩擦と混乱が増してる」


 僕の言葉に、一同は顔を見合わせた。確かに、福島原発廃炉プロジェクトがニュースに大きく取り上げられるたび、ネット上では賛否が入り乱れていた。


「あなたたちの魔法の力って、すごい力だと思うよ。でも、強さだけじゃなくて、もっと多様性もあるんじゃないかと思うんだ」


 リリィさんが、メンバー全員の顔をみながら言った。

「なるほど、廃棄物を虚無空間に送るだけじゃ問題が解決しない場合ということね。一理あるわね。もともと、魔法はこの世界には存在しないものだから、放射性廃棄物が消えてなくなると、人の憶測から、不法投棄として誤解を生みやすいのね。ここの人間にすぐに魔法を理解しろというのは難しいかもしれないわ」


 マモルは少し明るい顔で続けた。

「それでね。魔法って、もっともっと自由で、いろんな道があると思ってたけど、なんだか作業を先延ばしするか、一気に強行してやるか、みたいな話ばかりになってる気がする。僕は、方法とか、敵のことも含めて、もっと詳しく調べるべきだと思うんだ」


 リリィさんが不思議そうに首をかしげると、マモルはちょっと言い淀んだ。


 ジャックが顎に手をやって言った。

「たしかに、我々は、反対派を敵として認識していなかったのは確かだ。反対派は被害者という固定観念にとらわれていた」


 するとマーガレットさんが、ふと目を閉じて、尻尾をぴんと立てた。

「未来の私から情報が届いたニャ。福島の廃炉では、虚無魔法は使わない流れになってるニャ」


 リリィさんが顔を上げた。

「そういえば、放射性物質って、魔法が使える宇宙では、聞いたことがなかったわ。地球の科学が生んだ物質と思っていたけれど、放射性物質のウランとかプルトニウムを調べてみることも必要ね」


 マモルが驚いて言った。

「えっ、放射性物質って、魔法が使える宇宙では、聞いたことがないって変ですね」


 ジャックさんは思わず目を見開き、驚きの声を上げた。

「それは本当に奇妙だよ。宇宙の成り立ちからして、違うのかもしれない。調べる必要があるかもしれない」


 リリィさんが真剣な表情で言った。

「虚無魔法だけに頼るのは、やめたほうがいいかもしれないわ。ほら、錬金術で、放射性物質を別の形に変えられれば、そもそも危険な廃棄物を生まない方法になるんじゃない?」


「錬金術?」とマモルが思わず聞き返すと、


 ジャックさんが頷いた。

「僕たちの世界では、鉱石から別の鉱石に変質させる“錬成”魔法がある。もっと詳しく言うと、錬金術専門の種族もいるんだ。いろいろな素材を生成する技術を持った種族がね。こういう人達に協力を仰いでみるのもいいかもしれない」


「だったら、その錬金術の得意な種族に、“放射性物質”ってやつを渡して、どんなもんなのか見てもらおうぜ」とガルドさんが立ち上がり、拳を握った。


 コモンさんが心配そうな声で口を挟んだ。

「ただ、放射性物質を持っていくにも、厳重な管理が必要だし、下手に日本の外へ持ち出したら国際問題になるぞ。大丈夫か?」


 リリィさんはさらりと言った。

「とにかく、菱紅商社を通して、日本政府に提案してみましょう。私達パーティは、首相や官房長官とある程度は信頼関係が出来てると思うし。それに“より安全な処理方法”が見つかるかもって話なら、悪い顔はしないんじゃない?」


 ジャックさんがすぐ応じた。

「勇者ギルドに行って相談しよう。“錬金術士”をメンバーに加えて、こちらの世界に来てもらおう。放射性物質を持っていかなくてもいいかもしれない」


 マモルが言った。

「放射性物質を調べるなら、どこかの研究所とか、大学にもサンプルがあるんじゃないかな。そこに錬金術士を連れていけば、分かるかもしれない」


 マーガレットさんが振り向いて言った。

「マモル!!今日はめっちゃさえてるニャ!」


 リリィさんがマモルを見ながら言った。

「その通りかもしれない。まずは、勇者ギルドに行ってくるわ。休暇のことや、クエストにしてもらう件もあるし」


 マモルはどこか胸をなでおろすように笑った。

「よかった。反対派を刺激しない別の選択肢もあるかもしれないんですね」

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